世界の管理者権限、取得完了。この箱庭を『オープンソース』に書き換えます
「……これ、ただのログファイルじゃないわ。……拡張子が.sys……? ……まさか、この世界の物理法則を定義している『カーネル(中枢)』そのものよ!」
教皇庁の地下サーバー、その最深部にある隠しディレクトリ。
私のL-Padの画面には、今まで見たこともないような難解なコードの羅列が表示されていました。それは、魔法の術式のような美しさと、機械言語のような無機質さを兼ね備えた、この世界の「設計図」そのものです。
「レティシア、それは一体なんだ? ……先ほどまで流れていた教皇庁の管理データとは、桁が違う……。」
ユリウス王子が、私の肩越しに画面を覗き込み、思わず息を呑みました。
画面の中では、空中に浮かぶ火球の挙動、地脈の魔力循環、そして重力の定数……それら全てが、数値と数式として記述されています。
「……ユリウス様、お兄様。……このコードの意味がわかる? ……ここには、この世界の『重力』や『魔力の総量』、さらには『歴史の記録』すらも、パラメータとして書き込まれているの。……このファイルを書き換えれば、この世界の物理法則そのものを改変できるわ」
「なっ……物理法則を改変するだと!? ……それは神の領域じゃないか!」
シエルお兄様が、信じられないものを見る目で画面を指差しました。
「……いいえ、神じゃない。……ただの『OS』よ。……この世界は、何者かが書き上げた広大なシミュレーション環境(箱庭)なのよ。……そして、この隠しディレクトリは、その『管理者専用のコンソール』……」
私がそう告げた瞬間でした。
サーバー室の中央にある巨大な水晶柱が、今までとは異なる不気味な紫色の光を放ち始めました。
空中に、無数の光の粒子が集まり、人型のような影が形作られます。
《警報。……許可なきユーザーによる管理者領域へのアクセスを検知。……システム管理者のプロトコルを起動します。》
その影は、顔のない、しかし威圧感に満ちたホログラムでした。
聖教国が祀っていた「神」ではありません。それは、このシステムを維持・管理するためにプログラムされた、無慈悲な『古代の管理者』でした。
「……排除対象を確認。……システム整合性を損なう未知の外部介入者。……『リセット・プロセス』を開始します」
ガーディアンが右手を掲げると、部屋中の魔力が急速に吸い上げられ、サーバー室全体が「強制終了」の予兆である、激しいノイズに包まれました。
「くっ! ……システムが自己防衛機能を働かせた!? ……このままじゃ、世界中の魔力が初期化される! ……重力も、気温も、全ての物理法則が『デフォルト値』に書き戻されるわ!」
「そんなことをさせない! レティシア、僕がサーバーの防壁をハッキングして時間を稼ぐ! 君は、その管理者の『強制終了コマンド』を無効化するんだ!」
シエルお兄様が、自身のデバイスを全力で稼働させ、ガーディアンの魔力障壁に食らいつきます。
「ガハハ! 俺の出番だな! ……相手が光の影だろうがなんだろうが、俺の剣で切り刻んでやる!」
お父様が愛剣を振るい、光の粒子でできたガーディアンに肉薄します。しかし、剣はすり抜け、ガーディアンの放つ衝撃波に弾き飛ばされました。
「お父様、ダメよ! ……あいつは物理的な存在じゃない! ……プログラムのバグ(例外)として処理されるだけよ!」
私はL-Padを操作し、ガーディアンの放つ膨大なトラフィック(魔力の奔流)を分析しました。
これはただの攻撃ではない。システムを「整合性の取れた状態」に戻すための、大規模なガベージコレクション(不要メモリの解放)です。
Exception_Catch = (Current_System_State - Goal_State) / Entropy_Factor
変数の定義:
・Exception_Catch: 管理者権限を無効化するための例外処理パケット
・Current_System_State: 現在の強制終了プロセス進行度
・Goal_State: システムが許容する安定稼働状態(レティシアが定義)
・Entropy_Factor: システムに蓄積された「矛盾」の度合い
「……この管理者は、今の世界の『バグ(矛盾)』を消そうとしているのね。……だったら、私たちが『バグじゃない』と証明すればいい!」
私は、世界の物理法則を書き換えるための『パッチ(修正プログラム)』を、即興でコーディングし始めました。
ガーディアンの攻撃を避けながら、空中で数式を組み替えていきます。
「……シエルお兄様、ガーディアンの『リセット処理』の隙間に、このデータを注入して! ……これは、システムに私たちの存在を『正規のアップデート』として認識させるためのキーコードよ!」
「……なるほど、バグ扱いされるなら、公式のアップデートとして登録してしまえばいいんだね! ……流石だよ、レティシア!」
お兄様が私のコードを受け取り、サーバーのメインバスへと流し込みました。
ガーディアンの動きが一瞬止まります。
システムが「例外」か「正規」か、判断に迷っているのです。
「……今よ! ……全システムをオーバーライド(上書き)!」
私は最後の一撃となるコマンドを打ち込みました。
《管理者権限の乗っ取り完了。……これより、古代の管理者は『グランヴェル聖女のサブプロセス』として再定義されます。》
ドォォォン!!
大聖堂全体を揺るがした爆音が、静寂へと変わりました。
ガーディアンの光の影が、私のL-Padの画面の中へと吸い込まれ、穏やかな緑色のアイコンへと姿を変えます。
「……ふう。……ようやく、静かになったわね」
私はその場に座り込みました。
教皇庁の地下で、世界を管理していたシステムを掌握したのです。
もはや、この世界の物理法則さえも、私の手のひらの上で操作可能となりました。
「……信じられない。……レティシア、君は本当に、この世界の神になったのかい?」
ユリウス王子が、呆然と私を見つめています。
「いいえ、ユリウス様。……神じゃないわ。……私はただの、世界を最適化する『エンジニア』よ。……でも、これでようやく、戦争も、飢饉も、理不尽な不具合も、コード一つで修正できるようになったわ」
私はL-Padに映る、世界の全パラメータを眺めました。
魔法と技術の融合、そして物理法則の最適化。
私の手の中にある、この小さな端末こそが、これからの世界の「絶対的な鍵」となるのです。
「……さぁ、帰りましょう。……この世界の『バグ』を修正する仕事は、まだまだ山積みなんだから」
三歳の聖女は、そう言って小さく微笑みました。
彼女が手に入れた力は、人々の歴史をどう変えていくのか。




