仕様変更の嵐? 国王直属の『魔導騎士団』にITスキルを叩き込みます
「……陛下、昨日の『SNSの洗礼』で少しは懲りたかと思っていましたけれど。……まさか、休む間もなく次の『仕様変更(ムチャ振り)』が来るとは思いませんでしたわ」
王宮の広大な訓練場。私は、眩しい日差しを避けようと、お兄様が差し出してくれた日傘の下で、眠たげな目を擦っていました。
(……ねぇ、システムさん。目の前に並んでいる鋼鉄の塊……いえ、騎士団の方々のスペック、スキャンできる?)
《肯定。……王都直属・第一騎士団、総勢500名。……平均筋肉量:過剰。……魔力回路:極めてアナログ。……戦術アルゴリズム:100年前の教本からアップデート形跡なし。……結論として、非常に『重たい(処理効率が悪い)』物理ユニット群です。》
(……やっぱり。……ハードウェア(肉体)だけ鍛えて、OS(頭脳)が初期状態のままなのね)
「レティシアよ、そう言うな。……昨日の件で、情報の管理がいかに過酷かは理解した。……だが、我が国の軍事力もまた、近代化せねばならん。……帝国が魔導演算機を軍事利用していたのは、お前自身が一番よく知っているだろう?」
国王ジュリアン様が、騎士団長を引き連れて歩み寄ってきました。騎士団長――ガウェイン卿は、全身から「筋肉こそが正義」というオーラを放つ巨漢で、私のことを見る目は「小さな子供が何をしに来た」という疑念に満ちています。
「陛下、この小さな令嬢が……我が騎士団を『デバッグ』すると? ……失礼ながら、戦場は魔導板を叩いて済むほど甘い場所ではございません。……剣速、反応、そして魂のぶつかり合い。……それが騎士の道です!」
ガウェイン卿が太い声を響かせると、後ろに控えていた騎士たちからも「そうだ!」「お遊びは領地でやってくれ!」という野次が飛びました。
「……はぁ。……おじさま、熱いのは結構ですけど、その『魂』のせいで、あなたたちの動きには無駄なレイテンシ(遅延)が発生してるんですよ」
私はL-Padを操作し、訓練場全体に透過型の「HUD」を展開しました。騎士たちの視界に、自分たちの関節の動きや、心拍数、魔力の残量が数値化されて浮かび上がります。
「……な、なんだこの文字は!? 視界の端で数字がチラついて集中できん!」
「……それが今のあなたの『ステータス』です。……お父様、ちょっとお手本を見せてあげて?」
「承知した! ……レティシア、パパの雄姿をしっかりロギング(記録)しておいてくれよ!」
お父様(アラリック公爵)が、愛剣を抜かずに一歩前に出ました。彼にはすでに、私が開発した『騎士用・拡張現実(AR)パッチ』が適用されています。
「ガウェイン卿、全力で打ち込んできなさい。……我が娘が作った『予測演算』の精度を、その身で味わうがいい!」
「……よかろう! 公爵殿といえど、手加減はいたしませんぞ! ……ハァッ!!」
ガウェイン卿の剛剣が、空気を切り裂いてお父様へ襲いかかりました。しかし、お父様は最小限の動きで、まるで「剣がどこに来るか分かっている」かのように、紙一重でかわし続けます。
「……な、なぜ当たらん!? ……貴殿、予備動作なしで私の最速の一撃を……!」
「……種明かしをしましょうか。……ガウェイン卿、あなたの筋肉は、攻撃を仕掛ける0.5秒前に、特定の部位が発光……つまり魔力を消費しています。……そのパターンを私のシステムが解析して、お父様の視界に『攻撃予測線』を描画しているんです」
私はL-Padの画面を皆に見えるように空中に投影しました。そこには、ガウェイン卿の攻撃が赤い線で、回避ルートが青い線で示されていました。
「……これが、私の言う『効率化』です。……いくら魂を込めても、物理法則とデータには逆らえません。……お父様、カウンターを」
「了解! ……『クリティカル・ヒット』!」
お父様がガウェイン卿の懐に潜り込み、柄でその鎧の隙間を軽く叩きました。……もしこれが実戦なら、ガウェイン卿の首はすでに飛んでいたでしょう。
訓練場に、しんと静まり返った空気が流れました。
脳筋……いえ、伝統を重んじる騎士たちが、初めて「技術」の恐怖を目の当たりにした瞬間でした。
「……レティシア様。……これは、卑怯ではありませんか? ……相手の動きを先読みするなど、戦いの美徳に反します」
一人の若い騎士が、悔しそうに声を上げました。私は彼に向かって、淡々と告げました。
「……戦場で死ぬのが『美徳』だと言うなら、勝手にすればいいわ。……でも、私のデバッグの目的は『誰も死なせないこと』なの。……無駄なダメージをカットし、生存率を最大化する。……そのために必要なのは、根性じゃなくて、最適化された術式よ」
私はL-Padの画面を、より詳細な「部隊運用画面」に切り替えました。
「……これを見て。……今の騎士団の陣形、魔力の干渉がひどくて、お互いの出力を殺し合っているわ。……魔力効率を最大化するための数式を、今ここに展開するから、全員その通りに配置について」
私は空中に、騎士たちの立ち位置を示す複雑な幾何学模様を描き出しました。
E_eff = Σ (M_i * cos θ_i) / Interference_Constant
※ここで E_{eff} は陣形全体の魔力効率、 M_i は個人の魔力出力、 \theta_i は魔力の位相差を示す。
「……システムさん。各騎士のL-Pad(支給済み)に、最適ポジションへのナビゲーションを開始して」
《了解。……全騎士ユニットに対し、ポジション誘導を表示。……なお、命令に従わない個体には、警告として『微弱な電気ショック』を付与します。》
(……あ、それいいわね。……デバッグは時に、強制力が必要だもの)
「……い、痛っ!? ……なんだ、この板が震えて、こっちへ行けと命令してくるぞ!」
「……お、おい。……言われた通りに並んだら、なんだか急に魔力が溢れてくる気がするんだが……」
混乱しながらも、騎士たちが私の示した位置に整列した瞬間――。
訓練場全体を包むように、かつてないほど強固な「集団防壁」が展開されました。その強度は、以前の騎士団が展開していたものの十倍以上です。
「……こ、これは……。……わずか500人で、城壁一つ分に匹敵する魔力密度か!?」
ガウェイン卿が、己の手のひらを見つめて驚愕しています。
「……これが、私の提案する『騎士団 2.0』の仕様書よ」
国王陛下は、その光景を呆然と眺めていましたが、やがて満足げに深く頷きました。
「……素晴らしい。……レティシア、お前の力はやはり恐ろしいな。……だが、これで我が国の守りは鉄壁となる」
「……まだ喜ぶのは早いですよ、陛下。……これから、全騎士の『コードレビュー』……つまり、一人一人の無駄な動き(スパゲッティ・モーション)を洗い出す地獄の特訓が始まるんですから」
私は不敵な笑みを浮かべ、L-Padの「トレーニング・モード」を起動しました。
「……さて。……最初のタスク(課題)は、『一分間に一万回の素振りを、誤差0.01ミリ以内で行う』ことよ。……失敗した人には、私のシステムが自動で『再試行』命令を送るから、寝る暇なんてないと思ってね?」
「……一、一万回!? ……しかも誤差なしだと!?」
「……助けてくれ! この聖女様、中身は悪魔のエンジニアだ!!」
訓練場に、騎士たちの悲鳴が響き渡りました。
しかし、その悲鳴の中には、今まで感じたことのない「未知の力」への高揚感も混じっていました。
お兄様のシエルは、そんな彼らを憐れむように見ながら、小声で呟きました。
「……みんな、諦めるんだね。……レティシアの『仕様書』に逆らって生き延びたプログラム(人間)を、僕は一人も知らないから……」
三歳の聖女による「騎士団の大規模アップデート」。
アナログな武力の象徴であった騎士団が、今、最先端の「論理」によって、最強の軍事ネットワークへと書き換えられていくのでした。




