サーバーダウンの危機? 王国全土からアクセスが集中して、私の部屋が発火しそうです
公爵邸の私の自室は、もはや「幼女の寝室」としての機能を完全に喪失していました。
かつては可愛らしい天蓋付きベッドがあった場所には、不気味なほど青白く発光する巨大な魔力水晶が鎮座し、その周囲では数十個の冷却用魔導具が「キィィィィン!」と、高回転するファンさながらの悲鳴を上げています。
(……ねぇ、システムさん。私の部屋、もしかして今、王国で一番『熱い』場所になってない? 汗が止まらないんだけど、これ、三歳児の体には過酷すぎるデバッグ環境よ)
《解。……メインコア周辺の魔力密度が臨界点を突破。……現在のトラフィック量は、平時の15,000%を記録しています。……原因は、バロウ伯爵領を含む周辺六領地からの同時アクセス、および王都の官僚たちによる『L-OS』を用いた大規模並列計算の強行です。》
(……あのお役人たち、便利な道具を与えた途端にこれよ。最適化もされてない『重い』行政処理を、全部私の部屋のサーバーに投げないでほしいわ!)
「レティシア! 大変だ、氷結魔法の専門家を十人連れてきたぞ! 今すぐお前の部屋を極寒の地に変えてやるからな!」
ドガシャーン! と景気よく扉を蹴破って入ってきたのは、氷の魔石を山ほど抱えたお父様でした。その後ろには、真っ青な顔をしたお兄様と、通知が止まらないL-Padを抱えて半泣きのセバスが続いています。
「お父様、結界を張らないと部屋が水浸しになります! ……セバス、現在の『待ち行列』はどうなってるの?」
「はっ……! すでに処理待ちは三万件を超えております! 王都の財務部からは『国家予算の試算が終わらないと明日の会議が詰まる』と悲鳴が届き、隣領からは『自動耕作ゴーレムが同期エラーで踊り出した』と苦情が殺到しております!」
「ゴーレムが踊った!? ……あぁ、パケットの遅延で命令系統がバグったのね……。お兄様、解析は!?」
お兄様のシエルは、自身のL-Padに流れる真っ赤なエラーログを見つめ、震える指で眼鏡を押し上げました。
「……レティシア、これ……もう限界だよ。王都の連中、何を考えているんだ! 彼ら、自分たちの計算だけじゃなくて、『過去五十年の気象データを用いた、今後百年の農作収穫予測シミュレーション』なんていう、とんでもなく重いバッチ処理を勝手に回し始めたんだ!」
「……はぁ!? そんなの、スパコン級の演算リソースが必要に決まってるじゃない! 素人が勝手に巨大なクエリを投げないでよ!」
私が叫んだ瞬間、部屋の中央にある魔力水晶が「パキッ……」と不吉な音を立てました。水晶の内部に、過負荷による熱膨張で小さな亀裂が入ったのです。
《警告。……コアの物理的損傷を確認。……システム・ダウンまで、残り60秒。……全ネットワークの強制遮断を推奨します。》
「……っ、そんなのダメよ! 今遮断したら、稼働中の全ゴーレムが暴走して、領地の畑がめちゃくちゃになるわ!」
「レティシア、危ない! 下がっていろ、パパがこの水晶を物理的に冷やす!」
お父様が強力な氷結魔法を放とうとしましたが、私はそれを手で制しました。急激な冷却は、かえって水晶を砕く原因になります。
「……お父様、待って! 物理的な冷却だけじゃ、根本的な解決にならないわ。……こうなったら、予定を前倒しして『あの計画』を実行するしかないわね」
「あの計画……? レティシア、まさか……」
お兄様が目を見開きました。私が先日、お兄様にだけ相談していた「極秘のアーキテクチャ」――。
「ええ。……『中央集権型』の限界よ。……ここ(私の部屋)をサーバーにするのはもうやめ。……王国全土に散らばっている『リソース』を繋いで、一つの巨大な仮想計算機を作るのよ!」
私は汗を拭い、L-Padを掲げて空中キーボードを高速で叩き始めました。
実行するのは、魔導技術の常識を覆す、分散型クラウド・コンピューティングの構築。
「システムさん。プロトコル『ワールド・ワイド・メッシュ』を起動! ……バロウ領、公爵領、そして王都に設置された全L-Padおよび魔導具の『空き魔力』をスキャン。……それらを並列接続し、演算リソースとして強制徴用して!」
《了解。……権限:【終身名誉管理者】を行使。……王国全域のノードをサーチ中。……接続可能なデバイス数、245,000を確認。》
「……よし。……全リソースを論理的に統合。……計算式を、微細なタスクに分割して全デバイスへ配布して!」
私は、空中に浮かぶ数式の海に向かって、一気に術式を流し込みました。
P_total = Σ (m_i * c_i * η_i)
※ここで m_i は各デバイスの残存魔力、 c_i は演算能力、 \eta_i は接続の安定係数を示す。
「――『万象分散処理』!!」
私が Enterキーを(空中で)叩いた瞬間、部屋の水晶から放たれていた熱気が、スッと引いていきました。
代わりに、窓の外に見える領地の至る所で、魔導リピーターや領民たちのL-Padが、一瞬だけ黄金色に輝きました。
「……お、おい、レティシア。……今、何が起きたんだ? 部屋が涼しくなったぞ」
お父様が呆然と周囲を見渡しました。
「……お父様。……今、私の部屋で行っていた計算を、王国中の『魔導板』に少しずつ分けて手伝わせるようにしたんです。……一つ一つの力は小さくても、二十万台も集まれば、どんな巨大なシミュレーションだって一瞬で終わります」
「……なんてことだ。……レティシア、君は『世界そのもの』を計算機に変えてしまったのか……」
お兄様が、手元のL-Padで処理速度を確認し、声を震わせました。
《通知。……処理負荷の分散に成功。……コアの稼働率は3%まで低下。……推定される全演算能力は、以前の50,000倍に拡張されました。……なお、王都の財務部が投げた『百年の収穫予測』は、わずか2秒で完了しました。》
「……ふぅ。……これでようやく、部屋でまともに息ができるわ」
私は床に座り込み、大きく息を吐きました。
セバスが、驚愕の表情のまま、再びL-Padを確認して報告します。
「……レティシア様。……王国中のユーザーから、『突然魔導板の反応が良くなった』『自分の板が、まるで生きているかのように複雑な計算を勝手にこなしている』と、驚きの声が届いております!」
「……それはそうでしょうね。……みんなのデバイスをこっそり借りてる(バックグラウンドで回してる)んだから。……お詫びに、全ユーザーの通信速度を10%アップさせておいて」
(……はぁ。……結局、インフラエンジニアみたいな仕事になっちゃったわね。……でも、これで『サーバーダウン』の恐怖からは解放されたわ)
しかし、この「全土ネットワーク化」は、予想もしない副作用を生み出しました。
「……レティシア、見てくれ。……さっきから僕のL-Padに、知らない人たちからの『独り言』が勝手に流れてくるんだ」
お兄様が困惑して画面を見せてくれました。そこには、王都の騎士や地方の農婦たちの「つぶやき」が、リアルタイムで流れていました。
「今日の食堂のスープ、塩っぱいな……」
「隣の席の騎士長、また居眠りしてる……」
「レティシア様、今日も可愛いんだろうなぁ(遠い目)」
「……。……システムさん。これ、何?」
《解。……分散処理の副作用により、各ノードの意識の一部がネットワーク上で混線。……図らずも、世界初の『全大陸規模タイムライン(SNS)』が自動生成されました。……現在、参加人数は15万人を超え、爆発的に増殖中です。》
(……SNSまで爆誕しちゃったの!? ……しかもこれ、完全匿名状態じゃない!)
「おおお! レティシア! 誰かが『公爵様は今日も強くて素敵です』と書き込んでいるぞ! これは素晴らしい魔法だ! 全領民にこの機能を推奨しろ!」
お父様が自分のL-Padを見ながら、満面の笑みで親指を立てています。
(……あぁ、お父様……。それはただのサクラか、お世辞ですよ……)
私は、王国のインフラが「ただの便利な道具」から「人々の意識が繋がる巨大な生命体」へと進化し始めているのを、肌で感じていました。
技術の進歩は止まりません。そして、それをもたらした私への「依存度」もまた、制御不能なレベルまで高まっていくのです。
(……。……まぁ、いいわ。……サーバーが燃えるよりは、みんなでワイワイ呟いてる方が、デバッガーとしては平和よね)
三歳のCTOは、画面上に流れる「どうでもいい日常の呟き」を眺めながら、ようやく手に入れた涼しい風に目を細めるのでした。
《称号:【ネットの神】を獲得しました。》
(……もう、称号のインフレが止まらないわよ!)
【第9章 完】




