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エリアナ・ヘルマンは自由を求めていた。
例えば、好きな内容の本を好きなように読むこと。美味しそうだと思った菓子を制止されずに食べること。誰かの好みではない自分の好きな色のドレスを着ること。
そして、今は──目の前の婚約者から一刻も早く逃れることを渇望していた。
「なあエリー、機嫌を直しておくれよ」
婚約者の名前はマリウス。この国三番目の王子で、結婚前の王族にして極度の女好きで遊び人と噂が出回るような男だった。
実際、エリアナの髪に触れ梳く掌も、先程までほとんど裸のような女性の腰に回していた。
婚約者との交流のため、呼ばれて行った先で、自分とは違う女性と今にも口付けをしそうな状況を目撃するとは誰も思うまい。
淑女の微笑みを忘れうっかり顔を引き攣らせてしまったせいで、去ることもできずに弁明を聞く羽目になっている。
マリウスの弁明を「そうですわね」「勿論ですわ」「わかっております」とリズミカルに受け流し、エリアナはようやくその場を去ることができた。内心げんなりとしながら帰路に着き、できることなら家族が外出していることを祈りながら屋敷に入り、次の瞬間待ち構えていた父と顔を合わせた。
「おお、帰ったか!マリウス様とはどうだった?」
「少しお話を。何事もありませんでしたわ、お父様」
浮気のことは何も言わなかった。言えないのではなく、言わなかったのだ。
なぜなら以前同じようなことがあり、父と母に泣きついたことがあった。もうあんな人は嫌だと、結婚したところで自分を大事にしてくれるはずがないと。しかし返ってきた反応といったら、「そんなこと普通だわ」「愛人がいるからなんだというんだ?」「この結婚は我が家をさらに繁栄させるんだぞ」「そんな理由で婚約破棄だなんて」「我慢しなさい」等。
その瞬間にエリアナは諦めた。彼らに余計なことを言うだけ面倒なことになると。
彼女はいつも美しく磨かれ、いつも贅沢な服や装飾をもらっていて、立派な教育を受けていて、体型を維持するための食事を考えてもらっていて、そしてそれがとても恵まれたことだと理解している。
しかしそれらは、子爵という低い爵位を押し上げるため、政略結婚に使える美しい駒を育てているにすぎないことも、途中から理解した。
その両親の努力は実を結び、エリアナはすっかりよく教育された美しい娘になった。そして、マリウスに見初められ、晴れてヘルマン子爵家は王族の親戚という切符を手にしたのである。
何も問題はなかった。
エリアナが我慢さえ続けられれば。




