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『現役僧侶が見た令和の地獄――怪談は今も生きている』  作者: 蒼龍 堅明


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11/11

第十一夜:『雪女:沈黙の契約』

「誰にも言わないで」

その約束一つで、私たちは大切な何かを守っています。

古くから伝わる『雪女』は、吹雪の夜に交わした「秘密」を破った瞬間に、幸せが霧のように消え去る悲劇です。


現代の私たちは、指先一つで世界中に秘密をバラまくことができます。

承認欲求に負け、あるいは酒の勢いで、「ここだけの話」をスマホに打ち込んだとき。

あなたの背後には、凍りつくような冷気が忍び寄っているかもしれません。

秋田の山間部、視界を奪うほどの激しい地吹雪の夜だった。

若手社員の武史は、車が立ち往生し、死を覚悟した。その時、真っ白な闇の中から、透き通るような肌をした美しい女が現れ、彼を古い避難小屋へと導いた。

「今夜のことは、誰にも言わないで。もし口にしたら、あなたの命を奪いに行くわ」

女はそう囁くと、雪の中に消えた。


それから数年。武史は都会で大成功を収め、美しい妻に恵まれていた。

あの夜のことは、幸運な奇跡だと思っていた。

だがある夜、武史は酒に酔い、ふとスマートフォンの「匿名掲示板」を開いた。

『一生に一度の不思議な体験談を語れ』というスレッド。

彼は、心のどこかにあった「あの非現実的な体験を誰かに自慢したい」という誘惑に勝てなかった。


『実は、10年前の秋田の地吹雪で……』


匿名だから大丈夫。誰にもバレるはずがない。

彼は指を滑らせ、雪女の容姿、交わした言葉、そして「口外するな」と言われた約束まで、すべてを書き込んだ。

【送信】ボタンを押した瞬間。


寝室のエアコンが急激に唸りを上げ、室温が氷点下まで急降下した。

窓は凍りつき、スマホの画面にびっしりと霜が降りる。

ふと横を見ると、愛する妻が、あの夜と同じ冷たい目で武史を見下ろしていた。


「……誰にも言わないって、約束したのに」


妻の肌が雪のように白く透け、吐息が白く凍る。

「匿名なら、私にバレないとでも思ったの? ネットの海も、雪原も、私にとっては地続きなのよ」

武史が謝ろうとしたが、唇はすでに凍りついて動かない。

翌朝、都内のマンションの一室で、真夏にもかかわらず「凍死」した男が発見された。

彼のスマホの画面には、書き込みが完了しなかった下書きの文字が凍りついたまま残っていた。

【住職解説】


『雪女』が示すのは、言葉の重さと沈黙の尊さです。約束を破る者には、幸せを維持する資格はありません。現代においても、軽い気持ちで「ここだけの話」を公開することは、雪女の吹雪のように冷徹な報いを招きます。


承認欲求という名の吹雪

 武史は、自分だけの特別な体験を「共有」したくて堪りませんでした。現代人は、自分の内側にだけ留めておくべき「尊い秘密」さえも、SNSや匿名掲示板に切り売りしてしまいます。手に入れた「いいね」は、命を削る代償となることもあるのです。


ネットに匿名などない

 名前を隠したとしても、発信した「業」は消えません。神仏や亡霊は、IPアドレス以上に正確に、あなたの魂を見極めます。


あなたが今、誰にも言わず抱えている「秘密」。

それは、あなたが手にしている幸せを繋ぎ止める、最後の一本の糸かもしれません。


指が疼いて「ここだけの話」を書きたくなったら、まず窓の外を見て、雪が降っていないか確かめることです。


※本稿は、著者が住職として経験してきた事象を背景に、仏教的教訓を伝えるために再構成した「フィクション」です。

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