第十夜:『耳なしアキラのライブ配信』
かつて芳一という男は、壇ノ浦で滅びた平家の亡霊に請われ、夜な夜な墓地で琵琶を弾き鳴らしました。亡霊たちの喝采に酔いしれる芳一は、自分の体が日に日に削られていることに気づきませんでした。
現代の芳一は、琵琶の代わりにスマートフォンを握り、ライブ配信の画面に向かいます。
「いいね」や「投げ銭」という名の喝采。それは、生きている人間の称賛でしょうか。それとも、あなたの命を狙う「あちら側」の住人の呼び声でしょうか。
今夜は、承認欲求という名の呪いに取り憑かれた男の物語です。
売れないミュージシャンのアキラは、深夜のライブ配信に活路を見出していた。
ある夜、廃寺の跡地でゲリラ配信を行ったところ、見たこともない数の視聴者と、画面を埋め尽くすほどの高額な投げ銭ギフトが舞い込んだ。
コメント欄は「神演奏」「もっと聴かせて」という絶賛の嵐。だが、そのアカウント名はどれも「平……」「安徳……」といった、古めかしい響きのものばかりだった。
以来、アキラは取り憑かれたように毎晩、その場所で配信を続けた。
絶賛される快感。だが、配信を終えるたびに、アキラの体には不可解な痣が増え、顔色はやせ細っていく。
ある夜、心配した友人が、アキラを部屋に閉じ込めた。そして配信できないようにスマホの「位置情報(GPS)」や「プライバシー設定」を最強のセキュリティで固めてくれた。
「いいか、今夜だけは絶対に配信をするな。設定はすべて非公開にした。これであの気味の悪い観客たちからはお前が見えないはずだ」
深夜。アキラのスマホに、凄盛まじい勢いで通知が届く。
【寂しい】【どこだ】【演奏を聴かせろ】
アキラは震えながら耐えていた。だが、一つの通知が彼の理性を壊した。
【投げ銭:1,000,000円(百万円)】
欲に負けたアキラは、一度だけ、一瞬だけならと配信ボタンを押した。
友人が施したプライバシー設定のおかげで、彼の姿は映らない。背景も真っ暗だ。
だが、彼はたった一つのセキュリティ設定を忘れていた。
「マイクのノイズキャンセリング設定」の隙間に隠れた、微かな『環境音』の共有を。
画面の向こうの群衆が、深く仄暗い声で一斉に呟いた。
「……ミツケタ。ソコダ……」
アキラの部屋の扉が、外から激しく叩かれる。
友人が施した最高クラスの「セキュリティ設定」があるため、亡霊たちは中に入れない。だが、『環境音』という「窓」が開いていた。
亡霊たちの冷たい手が、画面の中から這い出してきた。
設定で「顔」も「体」も隠していたアキラだったが、彼はマイクに向かって歌うために、自分の「耳」だけを画面に近づけていた。
「……耳だけ、見えているぞ……」
翌朝、友人が駆けつけると、アキラは部屋の真ん中で気を失っていた。
スマホの画面は割れ、彼の両耳があった場所には、鋭い刃物で切り取られたような生々しい傷跡だけが残されていた。
彼のスマホには、最後の一通の通知が残っていた。
【決済完了:次の配信をお待ちしています】
【住職解説】
芳一は琵琶の音に命を削られました。現代のアキラもまた、画面越しの「承認」や「投げ銭」という亡霊に、自分の肉体と時間を切り売りしてしまいました。
承認欲求という名の「平家の亡霊」
ネット上の喝采は、麻薬のように人を狂わせます。相手が実在するかどうかもわからないまま、自分を晒し、命を削る。その先に待つのは、逃げ場のない「特定と誹謗中傷」の地獄です。
隠しきれない「隙」
どれほど完璧なセキュリティを施しても、「もっと見てほしい」という欲望が必ずどこかに隙を作ります。亡霊はその一点を見逃さず、命を奪うことさえあるのです。
あなたのスマートフォンのカメラやマイク。
それは、世界を見るための窓でしょうか?
それとも、あなたの「隙」を亡霊が覗き見る穴でしょうか。
深夜の通知や配信で、背後からノイズに混じる声が聞こえたとき。
迷わず電源を切ること、それが現代に生きる私たちへの最小限の護りです。
※本稿は、著者が住職として経験してきた事象を背景に、仏教的教訓を伝えるために再構成した「フィクション」です。




