第十話:誰も、寝てはならぬ。(その2)
ドッゴォオォ――――――ン。
と、大砲の音は、とても大きい。当然のことだ。
しかしこれは、大砲の音を聞き取れるものに取って当然なだけのことであって、たとえば先ほどのセミのように、その音が聞こえない、聞き取れないものにとっては、それは存在しないも同然である。
そう。
それはまた例えば、トカゲの耳元でライフルをぶっ放した時も、同様である。
ただこちらは、先ほどのセミとは異なり、ライフルの音を聞くことは可能なのだが、それでもやはり、こちらのトカゲも、ぴくりとも動いたりはしない。
これはつまり、彼らトカゲの世界においては、(物騒で野蛮な人間の世界とは異なり)ライフルの発射音が、彼らの生死を脅かす脅威ではないからである。驚いても意味がないし、必要もない。だから、動かない。
そう。
そうしていま、樫山家の周囲50~70mほどの位置に現れた 《壁》も、概念的には、これらの現象と、まあ、ほとんど同じである。
見えない・聞こえない・感じないものは、見えないし、聞こえないし、感じない。人にしろ動物にしろ、他の色んな存在にしろ、自分に関係のないものは、自分に関係のないものとして無視することが出来る――まあ、そういうことだ。
*
「は?」とここでニシナは声を上げた。ふたたび。きっといま、この場にいるメンバーで、この話に付いていけていないのは彼だけなのだろうが、「すんません、言ってる意味が、ぜっんぜん分からないんスけど……」
するとここで、山岸の家の祖母に代わって杏奈ジアが、「それはですね、ニシナさん」と彼に向かって語り出した。きっと、彼への説明というよりは、自身の頭の整理と、他メンバーの理解度を確認するのが目的で。彼女は続ける――「つまりは、こういうことなんです」
*
そう。つまりはこういうことだ。
先ず、「いま、ここ」の世界に住む我々にとって、見えて、聞こえて、感じられる世界は、「いま、ここ」にある世界だけである。
が、しかし、「いま、ここ」にある世界とは別に、それと隣り合い、重なり合っている「こことは違う、いま、ここ」の世界も、同時に、無数に、そうしてランダムに存在する――いわゆる 《並行世界》、《多元宇宙》である。
もちろん。「いま、ここ」の住人である我々に、その「こことは違う、いま、ここ」の世界を、見て、聞いて、感じて、認知することは出来ない。なぜならそれは、その世界が、その「こことは違う、いま、ここ」の住人たちのものだからである。
*
「ここまではいいですか?」と、杏奈ジアは訊いた。これもニシナ個人への確認と言うよりは、他のメンバー――特に山岸の家の祖母と赤い顔の男――に対しての確認・質問であった。が、「大丈夫そうですね」とジアも言うとおり、彼らからの訂正・修正はなかった――ニシナは呆気に取られていたが、それでも、「では、続けます」
*
セミと人間は、たしかに同じ時空間に住んでいるかも知れないが、セミにはセミの世界が、人間には人間の世界があり、それらがいくら隣り合い、重なり合っていたとしても、どちらかがどちらかを認識し、干渉するための道具、技術を持っていなければ、つながり触れることは出来ないし、また仮に出来たとしても、問題の博物学者のように、相手の世界を間違って解釈してしまうこともある。
*
「ちょっと待ってよ、ジア」と、ここで杏奈ニアが口をはさんだ。「それは多分、お姉さまのお家が、その「こことは違う」世界に行っちゃった、ずれ込んだってことを言いたいんだと想うんだけど――」
「うん。そのとおりだ、ニア」ジアは応えた。「その位相のズレが、あそこに「壁」として見えているんだろう」
「あ、うん、そこは分かる」ニアも応えた。ただ、彼女の質問はまだ途中であり、「でも山岸の能力? は、魅惑? 魅了? ひとを惹き付ける能力なんでしょ?」――それがどうして、「こことは違う世界」に家ごと移動出来る話になるのよ?
*
さて。
それではここで、オーストラリアに住むカメガエルの一種を例に取って考えてみよう。
彼らも、問題のセミ同様、オスが鳴き、メスがそれに応えて相手を選ぶ有性生殖種であるが、ここで興味深いのは、彼らのメスがオスを選ぶときの基準である。
社会的な背景などは何も考えず、一夫多妻制を夢見るバカな男どもには分からないかも知れないが、メスがオスを選ぶ最も重要な部分。それは、単純な身体の大きさや強さ、見た目のよさなどだけではなく、それよりもっとずっと重要な、『いかに、自分との相性がよいか』である。
そう。
それは例えば、問題のカメガエルのメスについて言えば、彼女たちは、オスの鳴き声を聞くことで、その高さあるいは低さから彼らの体重を推測、『自分の体重の約70%の重さのオス』を選び、彼らとつがう――ということになっている。
何故か?
それは、彼女らの産卵場所が池のど真ん中にあり、産卵の間中、彼女たちは相手のオスを、その背中に乗せ続けなければいけないからである。
*
「は?」と、ここでサラが声を上げた。彼女はいま、リビング端のテーブルに座っていたのだが、「その間オスはなにをしてんだ? メスの背中につかまってるだけなのか?」
*
うん。
おどろかれ、憤られるのも仕方ないかも知れないが、まさしくこの時オスは――まあ、その、なんだ、生殖に必要な、アレをすることはするが――メスの背中に乗せられたまま、なーんもしないのである
*
「はあ?」サラは続けた。なぜかニシナを一瞥してから、「これだから男ってヤツは」と吐き捨てるように、「苦労するのは、女ばかりだな」
*
もちろん。
「女もつらいけど、男もつらいのよ」と、奥田民生さんも歌っていらっしゃるとおり、オスにはオスなりの苦労なり苦悩なり葛藤なりがあるのだろうが、それでも、こと生殖・繁殖における苦労ごとの99%は、メスが担うことになっており、これは、こればっかりはどうしても、有性生殖種の生命の構造上仕方がないことなのである。
そう。
まさに、まさにこの一事において彼女たちは、文字通り、死にもの狂いなのである。
*
「はあー」サラは言った。今度は山岸の家の祖母と、柳瀬ヒトミの方をジッと見てから、「なんか、こう、」結局自分には、関係ないことかも知れないが、「皆さん、すっごいんですね」
*
と言ったところで。
ここで話を、件のカメガエルに戻すと、つまり彼女たちは、「身体がおっきければおっきいほど、いいオスなのよね♡」みたいな、バカな男が妄想で作り出す女キャラのような、そんなノーテンキなことは絶対言わないし、決して考えない。
そんな重いだけのオスを背負って、約7時間にもおよぶ産卵行為を、池のど真ん中で行なうなんてことは――ただでさえ死に物狂いなのに――絶対にあり得ないからである。
なので、彼女たちは歌を聞く。必死で。『約70%の重さのオス』を見極め、彼らを選ぶために。
そう。
そうしてこれが、山岸まひろの能力の秘密にもつながるのでもある。
*
「ですよね? 山岸さん」と、杏奈ジアは言った。山岸の家の祖母の方を向き、やられたといった表情で――「どんな技術かは」
「どんな技術かは、まだ分かりませんが、まひろさんに会ったときに感じる違和感、最初ニアは彼女を男だと想い、私は彼女を、最初から女性として見ていた、あの違和感。アレは、コレだったんですよね?」それから、「彼女、会う人ごとに、声や見た目、表に出て来る性格なんかを、微妙に、自由に、変化させてますよね?」そうして、とても興味深そうに、「しかも、たぶんに無自覚に」
「“技術”と言われると、なんか違う気もするけどね」山岸の家の祖母は応えた。「あんた、ほんとに頭がいいんだね」そっと不破を見、「そうだよ」そう苦笑しながら、「みんなあの子を、自分といちばん相性がいい相手だって、そう錯覚しちゃうんだよ」
(続く)




