第六話:聖母教会の円屋根(その2.5)
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『恋人が、わたしの家で暮らすことになった。
出会ったのは、先週金曜午後のことだった。
いまはまだ、水曜日のお昼前。
我ながら、信じられない程の早わざである。
しかも、誘ったのはわたしの方なのだから。』
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さて。
津田なつきが二度目の東石神井台上陸を決意していたその頃、同じ東石神井台のとあるボロ屋では、その家の女主人・樫山ヤスコが、気分転換 (お仕事からの現実逃避)のための日記を書いていた…………のだが、その最初の五行を書いたところで彼女は、
「“誘ったのはわたしの方”……?」と、手癖で書いた一文に手を止めそうつぶやくと、しばらく考えてからふたたび、「“誘ったのはわたしの方”?!」と、こんどは叫ぶようにつぶやいた。そうして、
「だーめだめだめ、だめだめだめッ」
カータカタカタ、カタカタカタッ
「これじゃあ! ぜんぜん!! 別の意味にも取られちゃうじゃない!!!」
と全行バックスペース。すべての文を消し、顔もまっ赤にしながら、そのまま日記のファイルを閉じた。
別に誰に見せるワケでも見られるワケでもない日記に、「別の意味にも取られる」もなにもあったものでもないが、それでも、これも一種の職業病なのだろう、ついつい誰かが読んでしまうことまで考えてしまうのがヤスコであり、そのため彼女は、
「誘ったのはあくまで、この家で暮らさないかってことであって――」
と、ひとり言い訳するようにつぶやくと、
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「それじゃあ、行って来ます」
「あ、はい、いってらっしゃい。気を付けてね」
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と、今日の朝、仕事に行くまひろを見送ったシーンとか、
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「お部屋、扇風機だけで暑かったらエアコン入れていいからね、遠慮なく」
「あ、はい、ありがとうございます」
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と、昨日の夜、まひろの部屋のお布団を準備してあげたシーンとか、
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「え? 姉貴、同じ部屋で寝るんじゃねえのかよ」
「なに言ってんのよ。さすがにそれは早いし、まひろ君だってこまるでしょ」
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と、おなじ夜、詢吾に訊かれたシーンなんかを想い出しては、
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「だってよ姉貴。普通、恋人同士がおなじ家で暮らすっつったらさ」
「それはそうかも知れないけどさ、わたし達の場合は、付き合ってから日も浅いし、そもそもこの家に来てもらう理由だって」
「いや、でも、だからってよ、いまどきキスもしてない中学生じゃあるまいし」
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と、この後も続いた、あーでもないこーでもない、どーでもよいような姉弟の会話をもついでに想い出していたのだが、
「はて?」
と、ここでヤスコは記憶を止める。そうしてしばらく右手をあげて、ひとり固まり考えて、
「あれ?」
と、続けてヤスコはつぶやいた。ちいさく小首を傾けて、左の手をも上げながら、
「あっれえ?」
それから今度は、普段あんまり使わない、脳細胞をぐるぐる回すと、先週末の金曜日、まひろと初めて出会ったあの日、アップルパイのあの日から、その後の六日ばかりの記憶を、ちょっと急いでさかのぼった。ここぞって部分を、ダイジェスト形式で。
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1.出会い
最初にまひろと出会ったのは、東石神井台の駅のホームだった。出会った瞬間、互いに目と目を離せなくなってしまった。がしかし、ヤスコがまひろに声をかけようとしたその瞬間、電車の扉が閉まり、そのままふたりは別れることになった。
2.再会 (その1)
その後、坪井南子といくつかの用事を済ませたヤスコは、向学館へと向かい、そこでヤスコを探しに来たというまひろと再会、「すっごく、待ったんですよ」というまひろの言葉に、年甲斐もなく少女のようにときめくヤスコ。
3.デート~ふたたびの別れ
向学館文芸部一同の後押しもあり、パイを食べたり夜の公園を散歩するふたりだが、あわやキスか?! というタイミングでまひろの兄が現われ、ふたたびそのまま、別れてしまう。
4.再会 (その2)
翌日、神の御業か悪魔の所業か、なにかの直感が働いたヤスコは、最初にまひろと出会った東石神井台の駅へと向かう。するとなんと、悪魔の手引きでまひろと再会。ここはチューだろ? と流石の作者も想ったが、残り紙数のこともあり、その辺のことはあいまいなままに、第一話終了。
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「はて?」
と、ここでヤスコはつぶやいた。ふたたび。さらに小首を傾げつつ、
「いやいやいやいや」
作者さんは気を遣って「あいまいなまま」と書いてくれたが、実際のところ、あんな白昼&衆人環視のシーンで、チューなど出来るはずもない。ということは、
「まあ……してはいないわよね」
ヤスコは続けた。両手はそのまま上げたまま、残りの記憶を引き出そうとする。
「今度は曜日ごとに見てみましょう」
出来るだけロマンティックな場面を選ぶことにして――まずは、「再会 (その2)」の続き。いきなりの土砂降りが彼らを襲った、土曜の午後からである。
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5.土曜日 (続き)
土砂降りの雨のなか、どこにも行き場のないふたり。手と手を取って濡れながら、弟以外誰もいるはずのない我が家へと逃げ込み……するとなぜか千佳子が来てたのよね、子供ら連れて。 しかもそのあと、ニアちゃんまで登場しちゃうし、皆でごはん食べちゃうし、わたしはわたしで酔っ払って醜態さらしちゃうし…………。 あ、でも、そのあと目を覚ましたら、なぜかなぜだか二人っきりで。そこでこのままいい感じにキスのひとつでも…………しようとしたら、フェンチャーチに邪魔されたんだったわ…………うーーーーーーん?
6.日曜日
そうそう、この日よ、この日。駅前のタワマン見学に行って、そのあと「うちに来ない?」ってまひろ君をさそって…………。あの、駅のホームでおどろいた顔をしたまひろ君、かわいかったわよね……、で、そうそう。夜のホームに人影はまばらで、ニアちゃんもジアちゃんもここまでは追って来てなくて、さすがにこれだけの感動シーン、そのまま流れでチューのひとつやふたつ…………してないわね。丁度電車が来たので普通にお見送りして別れたんだったわ。
7.月曜日
いやいや、そうそう、こっちよこっち。雑誌の取材ではあったけど、それでもわたしは純白のウェディングドレス。まひろ君はオールホワイトのフロックコート。プロのカメラマンに写真まで撮って頂いて、しかも! まひろ君の口から!! 「それでも、僕と一緒に、一緒の人生を、歩いてくれませんか?」って! キャーッ! もうもうこれこれ、これよこれ、プロポーズじゃない? プロポーズよね? プロポーズってことにしてもいいわよね? ねー、ほんとねー、もうもう、そうそう、この流れでねー、そのままの勢いでねー、ふたりはあっついキッスを…………交わしてないわね。ドアの向こうでお店のひとが何故だか泣き出して、なんかうやむやになったんだ…………あれえ?
8.火曜日
これ、もう、昨日じゃない? 昨日は…………そりゃ、まあ、まひろ君が我が家に来た最初の夜なワケですけれど。なんかさー、もうさー、締め切り含めて昼間に色々あってさー、つっかれててさー、なんかー、江崎くんもー、カレー作りに来てくれてたしさー、まー、それはそれでありがたかったんだけどー、あ、そうそう、カレーと言えば問題は詢吾よ、詢吾。あのバカ、《とんかつ日之出屋》さんのロースとんかつに見事に籠絡されやがってさー、まあ、かいがいしいのかいがいしくないのって、まひろ君に新妻みたいに尽くしやがってさー、なんかあいつの方がまひろ君の恋人みたいだったしさー、恋人はわたしだっつーのッ!!!
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と、言うことで。
「はぁー」
と、樫山ヤスコは深いため息を吐いた。たしかに詢吾の言うとおり、“誘う”どころかこれでは、
「キスもしてない中学生よね、これじゃあ」
(続く)




