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第六話:聖母教会の円屋根(その3)

 と、まあ、そんな感じで。


 作者の私も読み返してみてびっくりなのだが、我らがヒロイン (仮)ヤスコ先生と、その恋人山岸まひろ君のあいだには――あれだけ相思相愛っぷりを見せ付けておきながら――どうもどうやら、チューのひとつも、いまだ交わされてはいない様子なのであった。


「でもでも、手はつなぎましたよね、けっこう早い段階で」


 と自信満々に言うヤスコ先生だが――ごめん。あなた、ナンダカンダで今年でもう (*検閲ガ入リマシタ)才だし、あんまそんな中学生みたいなこと言わないでくれる?


「はあ、」


 ただでさえあなたとまひろ君じゃあ、月とスッポン――とまでは言わないまでも、スペックに差があり過ぎるしさあ、


「はあ……」


 あのひと、見た目もよければ性格もいいし、きちんとお仕事しているようだし、それに、なんだかんだで実家も太いし。


「あー、ねー、それはねー、」


 ほんと、あれだけの高物件、作中に出て来ないだけで、狙ってる人は他にもいっぱいいるだろうしさあ、


「あー、…………やっぱそうですかね?」


 そりゃあね。作者の私も知らないところでね、たとえばなんか、けっこうキッツイフォロワーみたいな? そんなのもいたりするんじゃないかなあ。


     *


「うん、彼氏さん (仮)の方はどこかに出かけて留守のようですね」


 と、言うことで。


 それから数時間後、問題の“けっこうキッツイフォロワー”こと津田なつきは、会社の上司・課長代理の川上洋子に、


「それじゃあ、○○さんへのお使い終わったら、直帰させて頂きますね」


 とだけ残して東石神井台へと移動。問題のお使いとやらもテキパキテキパキ、サッササッサと終わらせると、


「あー、するとあちらは、いまはご姉弟おふたりでお住まいなんですねー」


 と、不動産屋の営業か覆面鑑定士のようなそぶりで樫山家周辺への聞き込みを開始、それと並行して練馬区役所データベースへの不正アクセスなんかもしたりして、


「お家にひとり、なんか冴えない女のひとがいますけど、アレが彼氏さん (仮)のお姉さまのヤスコさんですね」


 と、趣味の野鳥観察用に購入したニコン社製双眼鏡で、書斎でひとり作業を続けるヤスコを観察しているところなのであった。


 あったがここで、さすがの津田なつきも、


「あれ? ひょっとして……」


 と、ヤスコとまひろの関係を疑いかけたりもしたのだが、如何せん、この時のヤスコの姿かたちは、いつでもどこでも的いつもの執筆スタイル――すっぴんメガネに雑にまとめた黒いクセッ毛、年季のはいったヨレヨレシャツに、色気もへったくれもないデニムのショートパンツ――であり、パソコンの前を行ったり来たりしては、ふっと想い付いた感じでカチャカチャカチャカチャ。数行書いてはふたたびはなれて行ったり来たり、書棚にある資料 (マンガ)を読んではケタケタケタッとわらい転げ、また机にもどって数行書いたと想ったら、こんどは部屋にはいって来たネコと、ベッドの上をゴーロゴロゴロ、ゴーロゴロ。とてもマトモな小説家、いや社会人には見えないどころか、


「いーやいやいや、いやいやいや」


 と、年相応の女性に見られないことについては定評のある津田なつきをして、


「よほどのマニアじゃないと無理でしょう、アレは」


 と言わしめるほどに、ヤスコの胸とお尻はまっ平ら、


「まーだ、山岸さんの方が“っぽい”くらいですよ」


 と、なつきにある種の核心を突かせてしまうぐらいに、女性的曲線からも立ち居振る舞いからも、遠くてとおい場所にヤスコはおり、


「やっぱり、お相手は弟さんの方ですね」


 と、それはそれで一部の読者が喜びそうなカップリングに落ち着いてしまう津田なつきなのでもあった。


「昨夜のエプロン姿も、様になってましたしね、弟さん」


     *


「くっちゅん。」


 と、これとほぼ同時刻。問題の“弟さん”こと樫山詢吾は、とってもかわいらしいくしゃみをしていた。こちらはこちらで、あまりに仲が良すぎて一部のお姉さま方からあらぬ疑いをかけられそうな友人・江崎清一の自宅で、彼の原稿を手伝いながら、もちろん二人きり、いまにも手が触れそうな、となり合う机の上で。


     *


※編者注

 右の最後の一文は、もちろんあくまでサービスで、本編の流れとはまったく関係ないどころか、なんなら現実のふたりの席は、作業部屋の端と端。とおく遠くに離れていたりしますので、そのへん皆さま悪しからず、どうかご自愛のほど、よろしくお願い申し上げます。


     *


「どうした? 風邪か?」と、そんな作者のサービス精神も知らぬままに江崎清一は訊いた。詢吾のクシャミを心配しつつ、「エアコンゆるめるか?」


「え? いや、ちがう、大丈夫大丈夫」と、樫山詢吾は応えた。まさか自分が、見知らぬ女性のBL妄想の素材にされているとも知らず、手もとのタオルハンカチを当てながら、「なんかムズムズってしただけ、気にすんな」


「だったらいいけどよ」江崎は言った。「なんか手伝わせてばかりだし、無理しなくていいからな」


「無理はしてねえけどさ」詢吾は応えた。「おまえの方が仕事多いし、いざという時は逆に手伝ってもらうし、それに」それからすこしためらって、「――昨日はありがとな」


「うん?」江崎は言った。作業の手を止め、こちらもすこしためらって、「ああ、」とひと声つぶやいて、「ま、俺にとっても姉さんみたいなもんだからな――元気そうでよかったよ」


「アレ、やっぱヒナノさんに会ってたよな?」と、続けて詢吾は訊き、


「多分な」すこし考えてから、江崎は応えた。「ふんいき変だったもん、帰って来たとき」


「だよなあ」


「仕事してもらったのがよかったのか……あ、いや、やっぱまひろさんだな」


「うん。やっぱ、現恋人の存在はこころ強いよ」


「あのひといい人だよな、昨日ちょっと話しただけだけど」


「実家がいいとこのおじょ……ひとらしいから、俺らとちがって余裕あるし」


「ぶっちゃけ、ヤスコさんのドコがよかったんだろうな――いや、お前のお姉さんを悪く言うつもりはないけどさ」


「なあー、自分の姉を悪く言うつもりはまったくないけどよ、「ひとめぼれです」って言われた時には、「詐欺師かな? このひと」って想ったもんな、正直――奪るもんなんかなにもないのに、我が家」


「ひとめぼれねえ」


「ひとめぼれだとさ」


「なら、仕方ねえか」


「うん、仕方ねえよ」


「ま、お似合いっちゃお似合いだしな」


「まひろさんがイケメン過ぎるけどな」


「なって欲しいよな、仕合せに」


「…………そうだな」


 と、ここまで言うとふたりは、ふたたび互いにペンを取り、ふたたび互いの作業へともどって行った。そうして、しばらくしてから江崎が、ふっと想い出したように、「なあ、詢吾よ」


「なんだ? 江崎」


「ふつう、出来の悪いマンガや小説だったらさ、ここで新キャラ投入したり、まひろさんの過去が描かれたりするじゃん」


「あー、次の波乱ってか展開用にな――出来の悪いマンガや小説だったら」


「そういうの、やっぱりあると想うか?」


「あー、この小説、出来悪いもんな――新キャラくらいはあるんじゃないか」



(続く)

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