第四話:酒とバラと沈黙の音(その4.5)
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※作者注
本来であれば、この (その4.5)も、前回の (その4)と一緒にアップされるべき部分だったのですが、坪井南子さんのお喋りがあまりにも、あまりにも長くて紙幅を喰ってしまったため、仕方なく分割するものであります。彼女のあのお喋りを止められない、この作者の力量不足とわらって、どうかご海容頂ければ幸いです。
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と、いうことで。
承前。
「だからね、南子ちゃん」と樫山ヤスコは続けた。本当にこいつはダメな作者だなあ、とか想いつつ、「たしかに。まひろくんに、ウチに来るよう誘ったのは事実だけれどね」
それから、坪井南子に席に着くよう促がして、
「それはね、あのひとが、実家を出ることになって、だけど住む場所が決まらなくて、そしたら何故か、ウチを気に入ったって話になったってだけのことで」と言った。すこし間をおいて、「だからそんな、いきなり、結婚とかなんとか、そんな話とは全然ちがうわよ」
「え?」すると坪井は、「……でもでも、恋人さんになったのは、恋人さんになったんですよね?」と訊き返し、
「え? あ、まあ……」とヤスコは返す。それでもすこし、戸惑いながら、「それは……、そう、だけど……」すると、
「だったらー、やっぱりー」と坪井は続ける。唇を曲げ、視線を自身の頭の斜め上あたりに向けながら、「私の言ったとおりだったってことじゃないんですか?」
「あなた、なにか言ったっけ?」とヤスコ。
「第一話で言ったじゃないですかー」と坪井。「「それでも運命なら、それが運命なんですよ」とかなんとかー、先生の背中を押す役割的なキャラとして。たぶん、二回くらい」
うん。南子ちゃん、そーゆーメタ発言は止めておこうか。
「えー、でもー、この方が読者さんにも分かりやすいって言うか――」
うん。だからね、そーやって、スルッと 《第四の壁》を通り抜けて来るのも止めてもらいたいんだけど――
「南子ちゃん……? どうかしたの?」
あ、ほら、ヤスコ先生も困ってるからさ。
「え?」と坪井。「あー、でも、あれ? ヤスコ先生も 《第四の壁》は壊せるは――」
そう言ってお喋りを続けようとするのだが――だからッ! その想い付くままのおしゃべりで紙数が増えるって言ってんのッ!!
「あ、あ、すみません――」
まったく。君たちの会話を推敲するのも僕なのにさ、余計なこと喋られると喋られただけその分の作業が――、
「あー、はいはい、すみません、すみません」と坪井。やっと分かってくれたのか、「それじゃあメタは抜きで、ふつうの会話に戻ることにしますよ」
と言って、ヤスコとの会話に戻ってくれることになる。そうして、
「ですからね、先生」
と、改めて視線をヤスコの方へと向ける坪井。
「先生もアレですよね? 結局、運命感じちゃったのは感じちゃったんですよね?」
と、彼女の手を握りながら、
「でしたらね、運命感じたですね、愛するふたりがですね、ひとつ屋根の下で暮らすワケですからね、それはね、もうね、そしたら次はね、そしたら自然に」
と、催眠術師か宗教指導者が、お客や信者に何事かを信じ込ませるような口調で言うのだが、
「次に進むべきはですね――まあ、その前にいろいろ愛の営み的なことをして頂いても構いませんが――それでも進むべきはですね」
と、ここで、「愛の営み的」の部分で、ちょっと顔を赤くしてから――かわいいな、この子――それでも少し、「あっ」とは想ったのだろう、
「あっ、ひょっとして、結婚って制度そのものに反対のお立場とか、そーゆーお話ですか?」
とヤスコに訊いた。するとヤスコは、
「え? いや、別に――」
と改めて、いま現在のまひろとの少々複雑な関係を想い返すと同時に、いつかの壁の向こうで見た、実母の写真も想い出しつつ、
「そんなこともないけど――」
と、考えもよくまとまらないまま、雲のようにモヤモヤッとしたまま応えるのだが、そんなヤスコの想いなど知らないまま、
「だったら、詢吾さんも同居には賛成して頂けてるってことでしょうし」
と言って坪井は続ける。一瞬、詢吾の方を向き、「ですよね?」と、彼に念を押した。
が、するとこまったのは詢吾である。
つい15分ほど前 (体感時間3時間ほど前)までは、姉・ヤスコに訊きたいことが山のようにあった彼なのだが、終わりなき夏の色に僕らを連れ去ってしまうような坪井の (あんまり意味のない)高気圧マシンガントークに、どうやらそれらを忘れてしまっていたようで、
なのでそのため、どうにかこうにか、そんな怒りやわだかまりを想い出そうとしながら、
「そりゃ、まあ、」
とゆっくり、考えるような感じで、言葉をつないだ。ふたたび坪井が、勝手にしゃべり出さないよう、注意しながら、
「まひろさんは、いいひとだと想うよ。ほんと、いいひとだと想う。姉貴にほれたってのも、きっとウソじゃないだろうし。でも――」
それから彼は、のこっていたトーストを半分に割くと、その片方を口に入れようとして、
「でも、ほら、俺も浮かれてて、あの場では気付かなかったけどさ」そう言って坪井と江崎の方をそっと見た。「……千佳子さんから聞いたんだけどさ」
それから両手のトーストを、結局どちらも、両方とも、皿にもどしてから、
「あのひと……、その……」と今度は、ヤスコの頭の上あたりに視線を向けた。「……なんだよな?」
彼のこの言葉にヤスコは、突然、なにかしらの怒りを、彼に抱きそうになった。
が、しかしそれでも、彼がヤスコの過去をきちんと理解した上で、その言葉を言っていることに想い至ると、怒りで開きかけてた口を閉じ、
「そうね」とゆっくり、首を縦にふった。
「だったらさ」と詢吾は続けた。言ってはいけない言葉だとは想いつつ、それでもやっぱり、姉のことを想って。「だったらやっぱり」
「だったらやっぱり。前途はないとは言わないまでも、多難は多難だよな。例のお兄さんのこととかもあるし、俺の、その、まひろさんへの接し方をどうするかってこと――あ、いや、ボーヨーって言った方がいいかも知れないな、前途。ボーヨー、ボーヨー」
それから彼は、手もとのコーヒーを、ひと口飲んだ。すこし、自嘲気味に。するとヤスコは、
「やっぱり、似てるわね」
と、ふたたび下を向いた弟の顔を見ながら想った。
彼のお母さん――それはつまり、ヤスコの継母のことでもあるが――は無邪気なひとで、なにかある度に大きな声で笑うのが常だった。
そのため、ヤスコら他の家族も、彼女につられてよく笑っていたし、そのため、いまもヤスコが一番鮮明に想い出せる彼女の想い出というのは、そんな彼女のわらい声でもあった。
いわゆる生活上の苦労を一番に背負い、一番だれにも見せようとしなかった、彼女のわらい声を。
「ボーヨーってなんだよ?」江崎が訊いた。場を和ますつもりか、こちらはすこし、皮肉めいた口調で。「汽笛の音か? それとも、そういう生き物か?」
詢吾は応えた。「前途だよ」
自身の別れた配偶者や、この家に姉とふたり暮らしになった経緯などを話し出しそうになったが、それでもそれを、なんとか止めて、
「前途?」と訊き返す江崎に、
「前途だよ」とくり返した。「前途茫洋、ボーヨー、ボーヨー」そう軽い節を付け、それから、
「姉貴にはさ」とふたたび、ヤスコの方を見て、「姉貴にはさ、もちろん仕合せになっては欲しいけどさ、それよりもさ、それと同じくらいにはさ、不仕合せにはなって欲しくないんだよな、ほんとに」
(続く)




