第四話:酒とバラと沈黙の音(その4)
月曜の朝は、憂うつだ。
が、しかしそんな現実は、天然の 《超高気圧ガール》こと坪井南子にとってはほとんどなんの関係もない、都市伝説とか流言飛語、未確認飛行物体のようなものであるらしく、
「それでー、私の方にもー、ニアさんからー、メールが来ましてー、まー、もー、彼女もー、興奮って言うかー、あきれ果てたって言うかー、それでも先生の幸せを願ってやまないって言うかー、そんな感じがー、メールの行間からにじみ出ていてですねー」
と、たった三行のメールからそんなとこまで読み取れるとはふつうは想えないのだが、
「あ、でもでも彼女ー、それでもやっぱりー、かーなーりッ、嫉妬って言うかー、悋気って言うかー、やきもち焼いているって言うかー、そんな感じもありましたからー、ちゃーんとフォローしてあげてくださいねー、もうもうもうもう、この女ったらし――」
と、朝もはよから彼女は、2000マイルを飛び越えて来たようなテンションで話すのであった。なめらかな白い砂浜のような肌色で。
「で、で、で、で、もちろん私もー、かーなーりッ、かーなーりー、びっくりしちゃってー、さっそく本田に、「ど、ど、ど、ど、どうしましょう?」ってメールそのまま転送しちゃったんですけどー、そしたらそれには全然返信付かなくてー、「まあ、日曜の夜だしな」って。それでそのままビールあおって寝たんですけどね」
ちなみに。
こう坪井が話すのは、いまだ朝も早い樫山家の一階リビングであり、この家の主で渦中の「女ったらし」こと樫山ヤスコは、彼女のためのコーヒーを準備しているところで、他のメンバー――樫山詢吾と江崎清一――は、坪井をはさむ形でテーブルの左右にすわり、トーストと目玉焼きの朝食を食べているところであった。であったが、
「で、で、で、で、そしたら今度はー、朝の4時だったかなあ? それくらいになってー、先生の前の担当の望月っておぼえてます? 望月?」
と、突然はなしを詢吾に振って来ては、
「あ、あ、うん、俺も前にいちど――」
と、応える彼の言葉も適当に、
「そうそうそうそう、その望月からッ、突然ッ、電話がかかって来たんですよッ! しかもッ! 朝の4時に! 4時ですよ? 信じられます? 信じられませんよね? ふつうは」
と、とにかく喋りにしゃべり続ける坪井南子であった。そのため、
「まあー、だけどそれでもー、なんだかんだで先輩ですしー、彼女もお子さんふたりもいて、それでもお仕事頑張ってますしー、そんな彼女が朝の4時に――あ、そだ、望月のお子さんの写真って見たことあります? 詢吾さん」
「あ、いや、ないけど――」
「もうねー、こっれがねー、すっごくカワイイんですけどー、この……、あれ? スマホのフォルダに入れてたハズなんですけど――」
と、まあ、話頭を転々とし続ける彼女のエネルギーに圧倒されるかたちで、この家の長男・樫山詢吾も、姉にぶつけようとしていた疑問やら怒りやら毒気を抜かされていくかのようであった。坪井は続ける。
「あー、なんかすみません、このスマホには入ってないようなんで……まあ、またなにかの機会にお見せしますね」
「あ? ああ、うん」と詢吾。「で? その望月さんがどうしたって?」
「え? あっ、そうそう」と坪井。スマホを鞄に戻しながら、「そしたら望月がッ!」そう言って続ける。
「そしたら望月がッ! 朝の4時から電話口で、「あんたッ! 知ってるの?!」っていきなり吠えて来てー、「ヤスコ先生! 結婚するらしいわよッ!!」って――」
ガゴッ!
とここで突然、台所から大きな音がして、彼らは同時にそちらを向いた。すると、
「いったー」
と、きっとどこかに頭でもブツけたのだろうか、問題の樫山ヤスコが、額のあたりを手で押さえていた。
「だ、だいじょうぶですか?」と、立ち上がりながら坪井は訊き、
「だいじょうぶだけどさあー」あまり大丈夫じゃなさそうな声でヤスコは返した。「……それより、結婚ってなに?」
すると、
「え? あっ、そうそうそうそう、そうなんですよッ! ヤスコ先生」と坪井。「どうやらー、なんかー、私のメールを読んだ本田がー、会社のグルチャにー、それをそのままー――あ、あの、山岸さんのイケメン写真 (隠し撮り)と一緒にですね――放流したらしくてですね」
ふたたび、いきおいづいたら誰にも止められない、しなやかで舞い上がる南風のような、とにかくうるさいラジオのような、そんな感じで、
「そしたらー、これがー、もうもうもうもう、日曜深夜に関わらず盛り上がりに盛り上がったらしくてですねー」
と、更なる興奮状態? のようになって続ける――大丈夫かな?
「ほらー、うちもー、ナンダカンダで女所帯じゃないですかあー、男の人って言ってもー、皆さま年取った役員のおじさまかー、編集なんてやってる変わり者や間違ったヤクザみたいな人しかいないワケでー」
あ、いちおう、この辺ももちろん、坪井南子個人のセリフ・見解ですので、お間違いなきよう。
「ですからー、あーんな、どっこぞの国のプリンスみたいな顔したイケメンがー、現実に存在していて、しかも、弊社のオフィスにまで来てッ、なんとッ! ヤスコ先生にッ! ひと目ぼれしちゃったりなんかしちゃったりしたとか言うんですからッ!!」
しっかし、ほんと長いな、この子のお喋り。
「そりゃね、もうね、もうもうもうもう、もうですね、就業前からね、弊社編集部の女どもはですね、盛り上がりに盛り上がっておったワケですよッ!!」
「はあ」とここで詢吾。文章のリズムを取るためだけにセリフを言わされる。「なるほどねえ」
「で、で、で、で、関係各所からは各種の情報提供ならびに考察&解説テキストあるいは解説動画が送られて来たりですね、たとえば婚活・妊活サイトの編集さん達からはですね、たいへんに有り難い、ご意見・ご感想・各種のアドバイス等々等々、その他もろもろ祝福のお言葉なども頂いていたりしてですね」
「はあー」とここで江崎。同じく文章のリズムを取るためだけに、「なんか、楽しそうな職場ですね、向学館さんは」と言わされる。
「そうなんですよー」と坪井。「うちの編集者ってー、ほっんとーに、いいひとばかりがそろっていてー」
と、このお話の作者の感覚からは、信じようにも信じ難いセリフを吐くのだが、それはさておき。
「そうそうそうそう、それはさておいていただいて」と坪井は続ける。「そうしてですねッ!」
「そうしてですねッ! その情報の中にはですねッ! なッ! なんとッ!! 「きっと確かな情報筋」からの情報としてッ ヤスコ先生とッ! 山岸さんおふたりのッ! 結婚に関する詳しい情報が――」
って、おい。
君たちも結構な老舗出版社の正社員・正編集者なワケだしさ、そんなニュースソースもデタラメっていうか、そもそも出元の確認も取れていない情報にふり回されたり踊らされたりしたらダメなんじゃないの? ほんと。
「え?」と、ここで坪井。「ちがうんですか?」と踊り出してた両手を下げながら作者に訊くが、「でもでも昨夜、ニアさんが――」
「だからね、南子ちゃん」とここでヤスコ。このお話の作者に代わり、「たしかに。まひろくんに、ウチに来るよう誘ったのは事実だけれどね」
そう言って彼女にコーヒーを渡し、椅子にすわるよう促した。
(続く)




