第二話:雨の中のネコ (その2)
その日、その大雨の日、三尾千佳子が山岸まひろに与えた忠告は簡単なものだった。
「ヤスコを泣かしたら、ただじゃあおかない」
こう見えて彼女は傷付きやすく、そのうえなんでもひとりで抱えこもうとする悪いくせがあって、友人でながい付き合いのある自分になら気付けることも、恋人のあんたは逆に気付けないかも知れない。だから、
「だから、この子とのことでなんかあったら、まずはあたしに相談しな」
そうして、まひろの横に立つヤスコに向かっては、「あんたも」と、すこし涙をためながら、
「あんたも、こいつのことでなんかあったら……、すぐに連絡しな」とそう言って、ヤスコに抱きつくのであった。「この前みたいなのは、ほっんと、もう、いやだからね」
「ちょ、ちょっと、ちかこ」
と、そんな彼女からからだを離そうとしながらヤスコは応えた。それと言うのも、そもそも彼女はハグが苦手だったからだし、それよりなにより、「いまわたし、雨でずぶ濡れなんだから」
と、彼女のことを考えてのことでもあった。がしかし、
「いいじゃないか、むかしみたいにさ。“ずぶ濡れガールズ”で」
と千佳子。離れようとするヤスコをさらにつよく抱きしめる。
なのでヤスコも、そんな彼女に負け、その肩をかるく抱きしめるのだが、それでも、
「そう言ってくれるのはうれしいけどさあ」
と、となりに立つまひろの方を見ながら、
「お客さんに風邪ひかせるわけにもいかないでしょ?」そうして、「だれかバスタオルもって来てくれない? 2枚?」
するとこの言葉に千佳子は、やっとはっとなったのか、ヤスコからからだを離すと――それでも彼女の肩を持ったまま――あっけにとられたままのまひろを見た。
「ああ、もう、ごめんね、彼氏さん」と千佳子。「たしかに。お客さんにさむい想いをさせちゃあいけないわよね」
それから彼女は後ろを向くと、どうにかこうにかハグの輪に入ろうとしている子どもたちに向かって、
「ユイ、ユウ」と指さしながら指示をした。「ヤスコお姉さんと彼氏さんにバスタオルもって来てあげて。大きいの、2枚」
すると先ずは長女のユイが、
「ラジャー」と、水兵のように応えると、「あおいのでいい?」
「なんでもいいよ」と千佳子は続けた。「赤でも青でも、とにかく、よく拭けそうなやつ」
すると次には長男のユウトが、
「ってかヤスコ、結婚すんの?」と、少年期特有の、女の子のような声で訊いた。「おれとの約束は?」
しかしこの質問、彼にとっては切実なこの問い掛けも、
「バカなこと言ってないの、ユウ」という、妹のことばで取り消されることになった。「タオル取りに行くわよ、ほら」
「約束?」と、ドタバタと奥にもどって行く子どもたちの背中をながめながら山岸まひろは訊いた。
「わたしが落ち込んでた時にね」と、樫山ヤスコは応えた。照れくさそうに、鼻の頭をかきながら、「今日みたいにね、みんなで来てくれたのよ」
すると次には三尾千佳子が、「あいつはほんとにバカだけど、」と、彼らの会話に加わりながら続けた。
「あいつはほんとにバカだけど、バカなりに必死ではげまそうとしたんだろうね。現に今日もあいつから――」
がしかし、ここでふたたび、彼女ははっとすると、
「そういやあたし、あいさつもまだだったわね」と改めてまひろの方を向き、「あたし、あの子らの母親で、ヤスコとは大学時代からの――」
そう言いかけたところで、彼女はみたびはっとした。
「なんだいあんた、くちびるまっ青じゃないか」まひろの肩に手を当てて、その指先を握ってやって、「あーあ、こんなに冷えちゃって。よし、ヤスコ」
「なに?」
「レモンケーキ作るついでにお風呂あらっといたからさ、さきにふたりではいっておいでよ。そのあいだに出来るだろうから、ケーキもごはんも」
(続く)




