36
百合亜にした宣言よりはやや押しの――二〇分弱で戻ってきたレオンの表情は冴えなかった。
――『お仕事』失敗されたのかしら。
だが、それを尋ねようにも百合亜は『千蔵』の裏の顔を知らないことになっている。
――仕方ないけど、この場でどうなったのか聞けないことはもどかしいわ。後日、ジョセフさんに尋ねるしかないということよね。
追加の注文をせず、三杯お代わりをしたお冷やに口をつけつつ、百合亜も思い悩んでいた。
好きな人がどういう状況かを聞けないなんて……。
「ああ、いけない。そろそろ映画の時間だね。行こうか」
しばらくゆったりとした時間を過ごしたあと、腕時計を見遣ると、一七時半を回っていた。
映画館の場所までは一〇〇メートルほどの距離で、急ぐ必要はないとはいえ、レオンはあまり映画館に足を踏み入れた経験がなかった。
ゆえに、勝手が分かっているとは言い難く、ギリギリに駆けこんで失態を晒すことは避けたい。
デート中とは思えないほど緊張した表情を見せるレオンに対し、百合亜は柔和な笑みを浮かべた。
「楽しみですわ。とても」
――俺としたことが……二〇分も待たせてしまったというのはとんだ失態だ。この貴重な時間を……無駄に……。
「あの、お気を落とされないでください。次はきっと……」
何をしくじったのか、突っ込んだ発言は出来ないが、百合亜は沈んだ表情のレオンを精一杯励ました。
「あ、いえ。仕事自体は順調なのですが……百合亜さんをお待たせしてしまったことがふがいないと……申し訳ない。一〇分で戻ると言ったのに、倍の時間、ひとりにさせてしまった……」
――? 今の話は本当なのかしら……?
仕事が順調――といったところを怪訝に感じた百合亜は、彼が嘘を吐く人間ではないと思いたかったが、そもそも偽名を使った上に身分も偽っていることを考えると、正直者と評していいのか分からない。
「大丈夫です。お仕事、お忙しいのにわたしとの時間を作ってくださったのですものね」
自分に対して誠実に接してくれようとしているその意志は大事にしたい――ということで、百合亜は微笑んだ。
――百合亜さんは女神か……⁉
柔らかな笑みを前に、一気に光が差し込んできたような錯覚を覚えた。
――こんなふがいない俺を寛容に受け入れてくれるとは、素晴らしい、本当に素敵な女性だ。
彼女の発言と態度に励まされたレオンの表情は一気に晴れやかなものと変わり、映画館へ向かうため外へ出た。




