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レンガ造りのアパート――自身の住処に戻ったレオンは、一応、周囲を警戒するようにして部屋に入った。
「……まあ、大丈夫か。それにしても……」
百合亜にはジョセフの店まで尾行されているなどと、まったく気づかなかった。
「音楽家というのは、気配を感じさせずに相手に近づくようなことが可能なのだろうか」
最低限の生活必需品しか置かれていない、シンプルな室内でレオンはトンチンカンな感想を抱きつつ、ジョセフに渡された写真立ての中の人物を手に取って眺める。
――やはり、可憐で美しい……。
頬を染めながら見合い相手の写真を棚に戻した。
「――鹿島柴三郎……」
今回のターゲットは医師だ。
職業に貴賤はないとはいえ、自分は命を奪う側、対して医師は命を救う立場にある。
――もしも、俺の行動によって救われる筈の命が助からなくなったとしたら……。
華族だからといって全員全員が悪だというわけではない。
おそらく、鹿島は華族のためになくてはならない存在である、とは思うが……。
依頼人の娘の様子を見て――以前ならもっと同情的になり、躊躇することなく依頼遂行が出来たことだろう。
しかし、華族の令嬢に恋心を抱いた上に、身分を偽って見合いまで。
自分の立ち位置が分からなくなり、混乱しているところだった。
「……今までの信用問題もある。速やかに依頼を受け、実行に移さなければならないことも分かる……が」
今までにない葛藤を抱え、レオンは額に手を当てた。
なにより、彼女にすべてを偽り――安眠屋の仕事をしていることが百合亜にバレたら――
――厄介な感情を持ったものだ……。
何も持たない人間が何かを持つと、同時に悩みを抱えることになるのかと、ハッとさせられる。
足を洗った家族持ちの同業者を何人か見てきて、それを疑問に思ったものだが、今ならなんとなくその気持ちが分かるような気がした。
「もう少し、様子を探るか……」
問題を先延ばしにしていいことはない。
だが、焦って行動したことによって、不利益が生じるようになることもマズいと自分に言い聞かせ、今はひとまず目を閉じた。




