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診療所を訪れたレオンはつい最近手に入れた種子島千蔵という名を使って、ターゲットへの接触を試みた。
ジョセフのこしらえた偽造身分証が功を奏し、しかも華族ということで優遇して診察してもらうことになっていた。
「種子島千蔵さま」
看護師の呼びかけで、無事診察室に通された。
その瞬間、自分が偽物だとバレなかったことを安堵した。
「――よく眠れない……ということですか?」
白衣を纏った黒縁眼鏡の医師――鹿島柴三郎は三十半ばほどで、やや身長は低いが整った顔立ちをした優しげな男だった。
柔和な話し口調は患者に寄り添おうとしている姿勢が見て取れるため、一見したところでは、善良な人物にしか思えない。
「はい。このところ、ある気になる女性のことを考えると……夜も眠れなくなりまして」
鹿島は苦笑した。
「恋煩いですか。残念ながら、恋の病に効く妙薬はありませんよ」
一応、冗談は通じる性質らしい。
「ええ……ですから、睡眠薬を処方していただければと」
接触できればなんでもいいので、ジョセフが用意してくれたシナリオどおりの言葉を紡いだ。
恋煩い、の部分は真実だが。
――もう少しマシな脚本は思いつかなかったのか……?
冗談として流されてしまいそうな診療内容だったが、不眠症という部分では医者に掛かる理由にはなり得るようで、お引き取り下さい、とはならなかった。
「そうですね。では睡眠薬を処方しましょうか。それと……ご興味があれば、なのですが……」
鹿島は声を落とした。
「……はい?」
「惚れ薬、というと少々遠い意味合いになってしまいますが……相手をひどく切望するようになる、といった妙薬をお出し致しましょうか?」
「切望……?」
レオンは眉根を寄せた。
「まあ、つまり――少々下世話なものとなってしまうのですけどね……これで懇ろになれるとしたら、どうです?」
鹿島が笑みを浮かべた。
一瞬のことではあったが、そこには少しばかり冷ややかで嘲るような色が乗り、彼の本性が垣間見えたような気がして、レオンが顎に手を置いた。
――依頼人のいうことに、信憑性はありそうだ。
「――そう悩まれずとも、お安くしておきますよ?」
レオンとしては薬の効能について思いを巡らせていたわけではなかったが、そう思われていたのなら好都合だろうか。
「では、睡眠薬とその特殊な薬もいただきましょうか」
「ご健闘、お祈りしております。……お大事に」
鹿島が再び人の好さそうな笑みを浮かべた。
「―――!」
鹿島医院の前で長時間立ち尽くしていた百合亜は、追ってきた男性が出てきたことで、陰に隠れるようにした。
――どうしよう。
一瞬、どういう要件――いかなる病で鹿島医院に訪れたのか気になったため、顔見知りである看護師にでも尋ねてみようかとも思った。
――でも、患者さんのことだからって、教えてもらえるわけないわよね。
見逃さないよう、そして気づかれないように細心の注意を払いつつ、百合亜は『例の男性』を追った。




