13お殿様
「オジサン、お殿様ってなに?白塗りの顔?」
それは志村けんさん。
殿様との出会いは40年程。米寿を迎え奥様共まだまだお元気。
5年ほど前に足が痛み、この喫茶は駅近の1970年に市街地改装ビルの中にあり、かなりお年寄りには急な階段しかなく来店がおっくうになってご無沙汰になってしまいました。
当時京都の重電機メーカーの総務畑の偉いさんをしておられた。バブルの年に殿様のお父様がお亡くなりになり一般人が想像する以上の相続税を払わなくてはならずかなり苦労していた。
どのように支払ったかは定かではないが、今は払い終わってる。戦前はこの一帯の多くの田地田畠は殿様の土地だったが農地開放でかなり減った。とはいえブルジュアである。
喫茶店である日、話しかけられて、
「ガリバー、ちょっと相談がある。うちの家で話を聞いてくれないか」
理由分からず訪問するとそこは城跡近くの1000坪程のお宅。チャイムを押すと門を開けるのは手間なので勝手口から入ってくれとのことから玄関脇の応接間に通された。
応接間と言ってもウチの団地サイズの応接間に比べ5倍は広く、段通が引かれゴージャスというか趣がある。
話の内容は10棟100軒程の持ち物件の管理の代行をして欲しい相談だった。
簡単だったのでお金になるので快諾した。それから殿様の事情聴取がはじまり、両親と同居してる事、バイトで生活をしてる、年金は店主にかけてもらってる事を話した。
殿様が出すお金は入居に関する改装工事代金の工事業者見積もりから15%乗せて請求する事。
貯水タンクのある物件の水道代の集金。
週一回賃貸物件の清掃をする事で月平均10万程の身入りがあるから退職金積立に回したり貯金をすることを指導された。将来の生活を危惧してのアドバイスをしてくれたのか「早く嫁をもらえ」で話を締めた。
初めは慣れず大変でしたが、何年かすると慣れた。
慣れたら、業者の作業が雑だとか、鍵のセッティングが悪いから扉が開かなくなったとかその度に畳に正座して、今回の仕事を完了のち他の人に回してもいいと願ったりしたのが五、六回はあった。
殿ご乱心、世が世なら切腹ものだったかもしれん・・しかしお暇はいただかず。
20年前隣街の駅前に高層マンションが完成した際、「甲斐性無しがマンション買って、みんなを驚かせろ」言われ、調子に乗って当時2800万の物件を母親から兄に内緒でお金を出してもらい、プラス貯金を全て切り崩し800万程のローンをした。
殿様の采配は成功し、駅前マンションは山手の老人の羨望の的で20万程の家賃収入が有りお袋が亡くなる前にローンは返済している。
殿様の仕事はマンションのローン返済後からしばらくして、街の賃貸物件は供給過剰になり築30年40年の物件は人気が無く空き家が目立ち始めリノベーションとか建て替えなど僕の手に負えなくなり、街の賃貸不動屋さんに一括借上げされたのを契機に殿様の仕事全てから僕は手を引いた。
もし僕に家族が居れば殿様は、命の恩人と思うのだが独り者なので何も思わない。




