六十二話 黒熊。
「お帰りなさい。リナリー」
冒険者ギルドの受付カウンターでベルディアがリナリーを出迎える。
リナリーは胸ポケットから取り出したクエスト完了の書類とアレンとリナリーのギルドカードを取り出してみせる。
「クエスト完了したわ」
「はい。お疲れ様でした。えっと、B評価ね」
「そうね。それよりも黒熊討伐クエストはまだ残ってないかしら?」
「それよりもって。貴女ね……指名依頼に、B評価ってなかなか多くもらえるものでもないのだけど」
ベルディアはリナリーの様子に苦笑する。
「そうかも知れないけど。今は良いのよ」
「そうね……えっと、残っているみたいよ? 受けるの?」
「え、そうなの? ルーカスは受けてないのね」
「あぁ、ルーカスの……ゴールドアックスは昇級基準を達して全員C級の冒険者に上がっているわ」
「ぐうう、そういうことね……アレン!」
悔し気な表情を浮かべたリナリーは、バッと振り向いてアレンを見た。
突然に声を掛けられた少し離れたところでリナリーを待っていたアレンが戸惑う。
「え? 何? どうした?」
「いいから、きて」
アレンは首を傾げながら、受付カウンターに近寄っていく。
「ん? どうしたの?」
「これから、この……黒熊討伐クエストを受けましょう!」
「え、どうしてそうなったの?」
「ルーカス達がC級の冒険者に上がったのよ。負けてられないわ」
「本当に受けるの? さっき言っていた獣を効率的に仕留める魔法は……なんかイメージできているの?」
「一応ね。それを実戦でいろいろ練習してみたいのよ」
「気持ちは分かるけど……」
「時間的にはまだ昼前で……黒熊の住処を充分に往復できるし。最悪、素材価値とか考えなかったら一、二メートルくらいの黒熊だったら魔法で簡単に吹き飛ばせるわ? どう? 大丈夫でしょ?」
「……んーわかった」
こうして、俺とリナリーは手早く装備を整えると黒熊討伐に向かうことになったのだった。
アレンとリナリーは黒熊が生息するブレインの森を南に進んでいた。
「はぁはぁ」
先ほどからアレンの前を歩く、リナリーの息が荒かった。
「大丈夫か?」
「だい……丈夫よ」
「やっぱり明日からにした方がよかったんじゃ?」
「駄目よ。明日になったら、誰かに討伐されちゃっているかもしれないじゃない」
「……そうか」
「はぁはぁ、そうよ。私に任せておけば黒熊なんてすぐに仕留めてみせるんだから。それにしても、この森の南側ってぬかるんでいたりして歩き難いわね」
アレンは前を歩くリナリーを見ながら、口元にあてて考えを巡らせる。
本当に大丈夫だろうか?
リナリーがへとへとじゃ……魔法の精度や威力に落ちて危険じゃないか?
まぁ、俺が居る限り大丈夫なんだが、下手に手を出してもなぁ。
俺は壁役に徹しておくか。
さすがに貴重な魔法使いだ。こんなところで失うのも勿体ない。
さて、どうするかなぁ。
ただ、そうなると問題が一つ。
その問題と言うのが、どういう訳かリナリーとパーティーを組んだ当初からずっとリナリーには監視の目があるんだよなぁ。
もちろん、今も少し離れた場所で付いて来ている。
うむ、正直に気付かないフリをするも一苦労である。
たまに俺にも尾行してくるから困る。
下手に撒くのもなぁ。
プロの尾行者を撒いてしまう、子供なんてこの世に何人居るだろうか?
もし、その尾行者はリナリーがピンチになった時、どういう行動に出るのだろうか?
んー偶然を装って、助けに入ってくる?
それとも助けを求めて走る?
そもそも、護衛目的の尾行者とは限らないのか? ストーカー的な? 誘拐目的?
まぁ、その尾行者がどう出るか、観察するしかないな……ん?
しばらく考えを巡らしていたアレンであったが、不意に立ち止まる。
「……」
「……ん? どうしたの?」
アレンが立ち止まったことに気付いた、リナリーが振り返った。
「いや、黒熊の住処ってもう少し先って、ギルドでもらった地図には書いてあったよね?」
「そうだけど。それがどうしたのよ?」
「いや……前に居るなーって思って」
「え?」
アレンが進行方向を指さす。そして、リナリーがアレンの指の先に視線をやる。
丁度、アレン達の前には木々を押しのけて、巨大な黒熊が姿を現した。
ぐおおぉおおおおおおおおお!




