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いつの間にか外は激しい雨が地面を撃ちつけていた。


風も相まって台風さながらの激しいものだ。


その中を数台の台の車がゆっくりと走っていた。


黒塗りのハイヤーで窓は外からは見えないようスモークガラスになっており、中の様子は窺い知ることはできない。


異様なのはその数台の車全てが黒塗りのハイヤーで、日本に来日した各国首相が移動する際よく見る光景だが、この山奥では異様とも思える光景であった。


そもそもこの施設が異様なのだが。


そのハイヤーは駿たちがいる第一棟を通り過ぎ一番奥の第八棟に入って行った。


すると第八棟の前では数十人の背広を着た人物が出迎えており頭を何度も下げていた。


ある人物がハイヤーから降りてくるとその数十人の人物達は更に深く頭を下げ、ハイヤーから降りた人物を中へ誘った。


ハイヤーから出てきた人物、それは駿と彩がよく知る人物であった。




第一棟、八二三号室ではリビングテーブルを挟んで駿と彩が話していた。


彩も落ち着きを取り戻したようで冷静に話している。


これまでの彩の出来事を彩自身が話していた。


彩の話によると、こうなる一番のきっかけは砂州軒出版で笹沼に出会った事であった。


駿と砂州軒出版を訪れた後、家に帰り数日間普通に生活をしていた。


ある時、彩の母親が掃除をしに彩の部屋に入り、片づけをしていると一枚の名刺を見つけた。


その名前を見た彩の母親は目を見開いて口に手を当て名刺を落としてしまうほどであった。


その夜彩が学校から帰って来ると、彩の母親に座るよう言われ、テーブルの上には笹沼の名刺が置いてあった。


「この笹沼という男とどこで知り合ったの?」


彩は隠す必要もないと考え、正直に話した。


「話すと長くなるけど、ある雑誌にオオカミ人間の記事が載っていたの。そこまで有名な雑誌ではないからお母さんは知らないと思うんだけど、その記事について聞きたくて、その雑誌を発行している出版社である砂州軒出版に連絡したら話をしたいから直接来てくれと言われたんだよ」


彩の母親は彩が話す間徐々に顔が赤くなっていっていた。


彩が話し終わるや否や彩を怒鳴りつけた。


「金輪際あの男とは会うんじゃない!」


彩は驚きのあまり何の反応もできなかった。


僕に相談しようとしたそうだが、相談すると彩と彩の母親の板挟みにさせてしまうと考え、相談できずにいた。


数日たち、母親との気まずい雰囲気も無くなったある日、今度は僕の話しになった時に彩の父親との話になったという。


いわゆる馴初めというやつだ。


彩の母親は話すと、彩は将来のことよりも、まずは目の前の相手を大事にしなさいと何度も話したという。


その影響か、彩は駿と旅行に行くということを思い立ったという。


しかし、僕と旅行に行くという話をした直後、彩の母親に怒鳴りつけられる原因となった男である笹沼が彩が下校中の道端で待っていた。


「久し振りだね。」


微笑みながら近寄ってくる笹沼から後ずさると笹沼は怪訝な表情をして「どうしたの?」と聞いた。


彩は無視して通り過ぎようとしたが、笹沼が慌てて呼びかけるので立ち止まった。


母親に二度と会うなと怒鳴られた旨を伝え二度と私に近づかないよう言うと、笹沼は観念したかのように自分の本当の正体である機関の話をした。


そして、笹沼は更に思わぬことは話し出した。


「実は君の父親の事故、事故は事故でも、決して偶発的なものではなく、故意によるものだったんだ」


そしてそれは彩の母親も知っていることのようである。


では何故彩の父親は死ななければならなかったのか。


「クローン人間だったんだよ」


笹沼の言葉に彩は吹きだしてしまった。


「そんな作り話みたいな話…」


「じゃあ君がオオカミになってしまう事も作り話だとでもいうのかい?」


彩はその時、雷に打たれたような衝撃があった。


まさか自分の身体のことを両親以外に知っている人がいようとは。


そして、その後彩の父親の死の本当の真相が判明した。


「実験失敗?」


笹沼は頷くと続けた。


「私たちの研究で、オオカミの遺伝子を取り除く方法が判明しつつあったんだ。もうそれは人体実験の段階まで来ていた。そして君のお父さんはこの被験者になったんだよ」


私はもう訳が分からず、今の感情に身を任せて叫んだ。


「何故、私のお父さんだったんですか。他の人だって一杯いただろうに」


笹沼は私が気を落ち着くのを待つかのように少し間を空けると再び話した。


「一般の人では駄目だったんだよ。もちろん君のお母さんでもね。君も知らなかっただろうけど君のお父さんは我々の機関の職員なんだから」


私は笹沼の顔をまじまじと見てしまった。


――私のお父さんがそんな訳のわからない機関の職員?


私のお父さんは一般何の変哲もないサラリーマンだったはず。


いつものようにスーツを着てビジネス鞄を持って毎日出かけていた。


そして夜帰ってきて、ビールとつまみを美味しそうに食べたり飲んだりしていた。


よく私のお父さんは言っていた。


――もしかしたら私も将来は働かなきゃいけない時代が来るかもしれない。今みたいに母親が家事。育児だという時代ではなくなるかもしれない。でもこの仕事の後のビールの味だけは永遠に美味しいままだと思うぞ。私も早く大きくなると良いな。


そのどこにでもいるお父さんが何でそんな謎の機関にいたのか。


「君のお父さんが被験者に選ばれた理由は君のお父さんの遺伝子に関わることだが、専門的で難しいことだと思うから省くけど、オオカミ人間からオオカミの遺伝子を抜くという実験だったんだ」


「それで何故お父さんは死ななければならなかったのですか」


「それは実験内容にあるんだが、簡単に言うと、オオカミの姿で命を落とせばオオカミの遺伝子が消滅する事が分かったんだ。それで君のお父さんがオオカミの姿で死ぬことを決めたんだ」


私はその後の結果は理解できたので聞きたくなかったが、笹沼はお構いなしに続けた。


「知っての通り、実験は大失敗に終わった。オオカミの姿で命を落としたのは良かったんだが、人間の意識まで失ってしまった」


「さっきから命を落とすって簡単に言ってますが、オオカミの姿でも脳や心臓が駄目になってしまえばどういう形であれ、死んでしまうのではないですか?」


「それがオオカミ人間に至ってはそうではないんだ。これも簡単に言うけど、ようするにオオカミ人間には脳と心臓が二つあるということだね」


確かに私もオオカミになると意識が全くなくなっている。


「よく分からないですけど、それだったらもっと確実な方法は無かったんですか?片方の脳や心臓だけを死滅させる方法が」


「単に脳や心臓を死滅するだけだったならば可能だが、オオカミの遺伝子はまだ残ったままなんだ。オオカミの人間になった時の毛や皮膚、骨等全て死滅させなければならない。やっかいなことに人間の身体には再生能力がある。オオカミの脳や心臓を死滅させても、人間の脳や心臓が生きている限りその再生能力はオオカミの毛や皮膚、骨にも影響するんだ」


「じゃあ、人間の意識のまま身体だけオオカミになることに…」


「その通りだ。理解力があって助かるよ。」


「それで私に会いに来たのは、何故ですか。私のお父さんを実験台にしたことへの謝罪ですか?」


「そうではない。そもそもこの実験は君のお父さんが立候補したんだ。君のためにね」


「私のため?」


「君は今、お付き合いしている人がいるね?君のお父さんから聞いていたよ」


――お父さんがそんな話を?


「それはもう嬉しそうにね。普通の父親は娘に彼氏が出来たとなれば少し複雑な気持ちなんだが、君の場合はオオカミ人間という言い方は悪いが少々特殊な状況にある。それで君が一生恋愛だとか結婚だとかを経験できないんじゃないかってね。それで君に彼氏が出来たと知って一般の父親の倍以上に嬉しかったんだよ」


私は何も言うことができなかった。


お父さんはずっと言っていた。


『良いパートナーを見つけることだよ。歳をとると母さんみたいに気が短くなるから異性が寄って来なくなってしまうよ』


冗談も入っているだろうが、そこにはそんな気持ちが入っていたんだ。


クラスメイトの父親は揃いも揃って彼氏が出来たと伝えたらそっけないと言っていたので、駿君とのことを言いずらかった。


だけど、そんなことなら面と向かって伝えて、家族みんなで喜びたかったし、駿君とも私の家族含めてご飯とか食べたかった。


「だけど、それでお父さんが命の犯してまで実験する理由が見つかりません」


「それは、そもそもそんな危険な実験に立候補する人なんて多いわけがない。そもそも完全にオオカミ人間と分かっている人数が日本でも多くはない。そこから更に私たちの機関の職員に絞り込むと手で数えるくらいしかいなかったんだよ。それで君の年齢を考えても成人までには君が完全な人間にしてあげたいと君のお父さんは立候補したんだ」


私は下唇を咬んで悔しがった。


私のお父さんが死んだとき、不運を嘆くとともに怒りもあった。


何で満月だと分かっているのに何の対策もせずに外に出たのかと。


しかも人通りも車の通りも多い東京のど真ん中で。


しかし、今の笹沼の話を聞いてすべてが合致した。


そんな私を見て笹沼は更に話を続けた。


「この実験の失敗の理由は最近やっと判明した。これも簡単に言うけど、人間の遺伝子の力が弱すぎたんだ」


私は息を呑んだ。


――人間の遺伝子の力が弱すぎる?


昔聞いたことがある。


私が他の人より長く生きられないとお父さんから説明されたのはつい最近。


駿君と出会う直前だった。


その時にお父さんから聞いたんだ。


『彩の身体の作りは他の人と違って遺伝子が弱いんだ。それは年をとるにつれて顕著になる。だから、お父さんは他のお父さんと比べて寿命が非常に短い。だから、お母さんのことは頼んだぞ』


お父さんが死ぬ数週間前のことだ。


笹沼にその事を話すと、笹沼には初耳のことだったようで驚きの表情を隠せないでいた。


しかし、すぐに元の平然とした表情に戻ると「そういうことか」と続けた。


「もちろん、俺も納得した訳じゃなかった。まだ五体満足の君のお父さんが実験台になることは無いと。そりゃあ他の誰でも良いかと言われれば堂々巡りになってしまうが、どうしても友人である君のお父さんには情があるからね。だけど君のお父さんは断固として譲らなかったんだよ。時間がないからって」


笹沼は少し顔を歪めると続けた。


「もっと時間がないって言葉を深く考えるべきだった。研究がもう実験段階になって、焦る気持ちがそういう言葉を出したと簡単に思っていた。僕みたいな普通の人間には君のお父さんの気持ちが理解できていなかったし、寿命が近くに迫っていることも気づいてあげられなかった」


「話は大体の事は分かりました。まだ気持ち的に許すとかそういう段階ではないと思うので、時間が経つにつれ私の気持ちもはっきりすると思います」


そして、彩は笹沼がわざわざ会いに来た理由を聞いた。


「君のお父さんの話しをした後なだけに少々言いづらいところがあるが、要するに君にお父さんの跡を継いでもらいたいんだ」


――私に?


「君のお父さんの身体を調べ、やっと研究が完成した。今後国内だけでなく海外にも普及するだろうさ」


――私達は実験道具なの?


私はそう思うと頭に血が上り笹沼に強くあたってしまった。


「私はそんな安い人間ですか!私の父は実験の道具だったんですか!この期に及んでまた私に実験に協力しろだなんて良く言えたものですね!」


笹沼は返す言葉がないようである。


しかし、表情は決して変わらず少し考えると平然と答えた。


「これは君のためなんだよ。君はあと数年で死んでしまう事が分かってるんだ」


何を言っているのだ、この男は。


私が後数年で死ぬ?


こんなぴんぴんしているのに冗談じゃない。


「じゃあどうしたら良いんですか?研究に協力したら寿命が延びるんですか」


「成功したら、普通の人間になるからね。普通の人間と同様に生きることができる」


その後、具体的な内容を聞いた私は最終的には首を縦に振っていた。


笹沼がいる機関に協力するというよりも、お父さんの死を無駄にしたくないという気持ちが大半をしめてのことであった。




僕は彩の話しを聞いてもそれが現実だとはとても思えなかった。


それだけ荒唐無稽な話に聞こえてしまっていた。


そもそも、人間の身体がオオカミになってしまうというその現実が荒唐無稽なものなのだから。


しかし、それは正真正銘の現実で、僕はいよいよ現実と空想の区別があやしくなってきた。


そもそも空想の話しは今のところ彩の口からは出ていないのであろうが。


「駿君には全てが信じられないような話だと思うけど、実際に私の身体に起こっていることだし、現実としてまだ私は生きてる。これが何よりの証拠だと思うの」


「その実験は成功したのか?もうオオカミになることは無いと」


彩は少し間を空けると、どっちつかずな表情で答えた。


「実験自体は成功のようなんだけど、オオカミの遺伝子が百パーセント死滅したかと言われれば答えはノーみたい。だけど、そのオオカミの遺伝子は動物に例えると、もう瀕死の状態のようで上手くいけばもう数カ月で百パーセントの人間になるようなんだよね」


「それでも数カ月はかかるんだね。ということは最低でもその数カ月はこの施設にいるという事になるのかな?」


「その通り。オオカミの遺伝子が完全に死滅しても、私の身体が駿君みたいに健康体で動いてくれるのかは、まだ分からないみたい。駿君と同じくらいの身体なのに、二種類の遺伝子が体内にあったんだよ。そのぶん人間の遺伝子は駿君の半分という事になるからね」


「そんなの…」


「でもなんか大丈夫そうなの。私は見ての通りピンピンしてるし。人間の遺伝子ってまだ完全に分かっているわけではなくて、まだ研究しているところなんだって。完全に分かっていたら、人工的に作られた人間がそこらじゅうに発生しそう」


「でも、彩が無事であれば僕はそれでいいよ」


彩は僕の言葉を聞くと何故かクスクスと笑い「らしくないね」と言い、部屋の外で待っている笹沼たちを呼びに出た。

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