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18

その頃第八棟会議室では物々しい雰囲気で激しい言い合いが繰り広げられていた。


各人の前にはプレートが置かれており、国名と氏名が書かれていた。


何かの役職についているであろう人は、その肩書きまで記されていた。


その中には先ほど駿が訳も分からないうちに参加していた会議に参加していたメンバーも大勢いる様で、先ほどの会議と比べて誰もが表情を曇らし、中には真っ赤にて、今にも殴り掛かろうとするような人までいる。


「あなた達はまた被害者を出すつもりなのか」


フランスの記者である人が日本の責任者Kに怒鳴り散らした。


その怒鳴られた日本人のみ名前の欄には責任者Kと自分の名前を明かしていないようである。


「だれも被害者を出すとは言っていません。この施設のセキュリティーは万全です。あの部屋に登録された人間ならば、例えそれがネズミであってもあの部屋から出ることは不可能です」


「それでも縄で縛っているわけでもあるまい」


「それはそうですが、そんな原始的な方法でなくとも可能です。実際目の前のマイクをご覧なさい。こんなマンガに出てくるようなマイクが発明されると百年前の人間たちは思っていただろうか。現代の技術を信じようじゃありませんか」


そのマイクというのも、今この会議室には二十を超える国の人間が話をしているのだが、当然話す言葉はそれぞれ違う。もちろん数カ国では英語等共通言語で話せるが、どうしても言い回しなど相違が出てしまう。


しかし、このマイクで話すと、一人一人が装着しているイヤフォンからはそれぞれ設定した言語で聞こえるというものだ。


「その現代の技術も失敗はあるようだが」


その落ち着いた声でゆっくり話したその男はアメリカの政府からの代表で誰もがその人物の話しには耳を傾けていた。


日本の責任者Kは待ってましたとでも言わんばかりに頷くと、イヤフォンを外し出入口に立っていたSP風の男に大きく頷いた。


するとその男は出入口を開け、誰かを招き入れた。


各国の人間たちはあまりの衝撃に怒り狂うもの、言葉を失うもの、肩をすくめるもの。


その男は出入口で軽く会釈すると、日本の責任者Kのもとに歩いて行った。


“しっかりとした足取りで”


「皆知っていると思われますが、紹介しましょう。新野毅君です」


新野毅。


それは紛れもなく、死んだはずの彩の父親であった。


彩の父親の登場はWL問題だけでなく政治的な問題にも発展する要素を孕んでいた。


彩の父親が生きているという事は、実験の成功を意味する。


彩も経過良好で、オオカミ人間の問題に日本の技術が大きな前進をみせたと思われていたが、彩の父親の登場で彩の実験の成功は二例目となり、無論成功率は百パーセント。


イッキに日本の技術が世界のトップに躍り出る。


もちろんそうなると政治やお金が大きく動くことは間違いなく、誰にも今後の怒涛の動きは予想を出来ない。


第一棟にいる彩はこの事をもちろん知らないまま。


自分の父親が死んだと思っていたら生きていた。


それを知った彩の精神状態を考えると、大事な時期に彩に少なくない負担がかかるのは避けたい。


という事で、今までひた隠しにしていたようであるが、こうやって各国の責任者が集まるこの場で、実は第一号の実験者は生きていますと発表するところをみると、明らかに最初から狙っていたようにしか思えない。


それは各国の責任者も同様で、「ふざけるな!」「これは信頼を裏切る行為だ」「我々は共同でこの問題に立ち向かっていると思っていたのに」と罵詈雑言は当然のことのようであった。


「皆が怒るのも無理のない話です。何故今になって彼を呼んだのか。それは彼の希望であり、彼の娘である二人目の実験者の成功のためなのです」


各国の責任者は首を傾げたりして何故彩の父親を死んだことにしたのか今の理由では納得が要っていないようである。


「考えてもみてください。彼女はまだ未成年。精神的にも未熟です。


この大事に時期に彼女の心をゆれ動かすことはしたくない」


すると先ほども発言したアメリカ政府の代表者が目を細めながら意見した。


「その気持ちはわかる。それならば、逆に生きていると教えた方が彼女の精神状態も安定すると思われるが」


「通常ならばそうなのでしょう。しかし、彼女は当時自分の父親が我々の研究の仲間だとは知らなったはず。一般の会社員だと思っていたのです。父親の正体をギリギリまで教えないためにも、死んだことにした方がいいのではないかと話し合ってのことなのです」


「それは日本の国民性なのだろう。しかし、私にはどうしても納得が出来ない」


重苦しい沈黙が部屋の中を充満した。

この研究でトップの位にたどり着こうとしている日本と元来最新技術を駆使して研究のトップを走って来たアメリカ。


他国はこの二国間の意見交換に口を挟む勇気を持ち合せていなかった。


するとアメリカ政府の代表者が沈黙を破った。


「一つ、大きなことを聞くが、その職員というべきだろうか、今回の一番の目的である彩氏の父である剛氏をここで実は生きているなどと紹介した理由をお聞かせ願おうか。私も他国も日本の国民性は大いに評価しているし、尊敬もしている。なので国民性の相違はあってしかるべきで、これ以上論議するつもりはない。一番の問題は先程あなたが話したこと。彩氏のためを思うのならば、最後まで隠し通すのが賢明だと思うが。それとも、これは我々への見せつけか。実は実験の成功例は二人目だと」


「それは違います。我々も人の子です。彩氏の実験はもう最終段階の詰めの部分に入っているのです。近日中には大々的に発表することになるでしょう。しかし、誰もがそうであると思われますが、自分の家族が死んでしまったと思っていたものが生きていたとなるのは何事にも勝る出来事で、彩氏への精神的な変化は免れません。先ほどは実験前にあまり精神的に負担を掛けたくないため、父親が事故死したとすることにしたと言いました。しかし、やはり実験が成功しました。その後のことは我々は知りませんではいけないと判断しました。いつどこで父親の存在に気づくか分からないのです。それならば、研究機関内に父親と再開させ、それ以降の精神的ケアも我々の機関でしていこうという判断です」


「どこの国も人権というものがある。貴方方日本にもね。本当の成功というのはその実験した後、実験前と変化がなく、何の影響もなくて初めて成功と言えるのです。我々人類は、今まで実験というものに少なくない犠牲を払ってきた。しかし、その犠牲無くして我々人類はここまで進化してこなかってでしょう。しかし一つ進化していないことがある。それは人権ですよ。我々のような立場の人間が人一人の人生を揺さぶってまで実験をしてはならない段階まで来ているのです。もう我々人類はここまで来てしまったのですよ。いとも簡単に遺伝子を操作する時代に。そうなるとその他の部分での進化を怠ると、我々人類は自らの実験に滅ぼされる」


この事葉はこの部屋にいるすべての人の心に刺さったようで、皆が神妙な表情で押し黙っていた。


するとアメリカ政府の代表者はなおも続けた。


「彩氏の父親の生死まで自らの実験のために利用した。これは立派な人権侵害です。あなた達日本がしたことは犯罪なのですよ。人は生死を操ってはならないのです」


日本の責任者Kは押し黙ってしまった。


しかし、アメリカ政府の代表も他国の代表も彩氏の父親をこの場で紹介した理由を知りたがっていた。


アメリカ政府の代表が発言した内容は誰しもがわかっていることで、それはもちろん日本も同様である。


にも関わらず、堂々と彩の父親を紹介した。


その裏に何の目的があるのか。


はたまた、日本側にどういう考えがあるのか、各国の代表者は首をひねるばかりであった。


「アメリカサイドの言うことはごもっともで、我々も承知してのことです。しかし彼の生死を操ったというのは間違いなのです。彼はクローンなのですから」


再び各国の代表が目を丸くするはめになった。


しかし、今度の各国の代表の心の中はプラスのものなのかマイナスのものなのか。


それぞれの表情から読み取ることができない。


それもそのはず。


あまりのことすぎて、各国の代表の頭の中は整理できずにいるようである。


先ほどから日本の責任者Kと話を通わせているアメリカ政府の代表も開いた口がふさがらないとはこういうことかというような表情で固まってしまっていた。


少し間を置き落ち着きを取り戻したアメリカ政府の代表が「それで」と言い続けた。


「そのクローン人間はオオカミとの関係はゼロになったということでしょうか」


「その通りです。本来ならば、彼は生きたまま人間の遺伝子のみを残したかったのですが、こクローン人間の生成に成功したのは副産物と言えるのではないでしょうか。彼が亡くなったとき、少なくとも彼の遺伝子には大きな変化が起きていました。そこに着目し、研究した結果、思ったよりも早くクローン人間の生成に成功できたのです」


アメリカ政府の代表は何事か考えると発言した。


「クローン人間であっても彩氏から見た父親の生死を操ったのは事実だ。彼女には何と説明するつもりなのですか」


「その通りで、死んでいたと思っていた彼女の思いを根底からひっくり返すつもりはありません。彼女はまだ未成年です。もう少し年月が経ち、慎重な話し合いの元その時が来たら彼女に事の顛末を説明し、彼女の父親のクローン人間でありますが、この世に存在する旨を報告するつもりであります」


その後、各国代表から、彩の父親のクローン人間の質疑応答が相次ぎ、気が付いたら終了予定時間から四時間が過ぎていた。


質疑応答が一区切りしたところで、アメリカ政府の代表が今日のところはこの辺にして次の会議の時に今後のことを話し合おうとし、会議は終了した。


誰もいなくなった会議室ではまだその興奮の空気が漂っていた。


しかし、ちょうどアメリカ政府の代表が座っていた席の天井上部に小さな穴が空いており、そこにはその興奮した空気を吸い込むかのようにひっそりとカメラが隠されており、レンズの一部分のみ見えており、近くに行き、目を凝らさなければ見えないようになっていた。そして、そのカメラが録画中であることを知らせる赤いランプが天井裏で小さく光っていた。

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