【9】危ないわね……
「アリス様とご一緒出来るなんて嬉しいです!」
「ええ、そうね……」
テンションの違うこの声。前者はこの物語の主人公、エミリア・カトレット嬢。後者はこの物語のラスボス、アリリエス・フォン・レイウェル嬢だ。
なんでこんなにテンション低いかって?そんなの成り行きで面倒な講義を受けることになったからである。しかも物語の主要人物達と共に!
折角それとなく接して、出来れば関わらなければいいかななんて思っていたのになんという嫌がらせか。
因みに現在アリスは、第一回目の魔導師コース特別参加中である。しかも今回の講師はよりによってあのアドニス・ド・レイガーだ。この面倒事に引きずり込まれたのは、彼の所為といっても過言ではない(と確信している)。何故って?そりゃあーー
「それではレイウェル嬢、前に出てこの属性の魔法を使ってみてください。あなたならきっと出来ます」
にこにことそう告げる彼は一見害がなさそうに見えるのだが、こんな風にやたらとアリスを引き込みたがる。控えめに言っても迷惑な話だ。
「レイガー先生、彼女はこの講義に参加して間もないのです。まずは私がやってみても宜しいでしょうか?」
そう言ってすっと前に進み出たのは我らが腐れ縁……ごほん。幼馴染のオリオンだ。こういう時流石は公爵家のご子息、なかなか紳士だと思う。いいぞもっと言ってやれ。
「そうですね、それではアスター君 お願いできますか??」
「はい」
そしてオリオンはアドニスの言う通り、いやそれ以上の魔法を繰り出した。彼もなかなかの魔力の持ち主なのだ。アドニスもこれには満足気にうなずいた。
「流石ですね。それでは皆さんもやってみましょうか。さあペアを組んでお互いに魔力の性質を見てみましょう」
アリスは面倒な組み合わせにならないよう、さっとオリオンのもとへ行った。あと数秒遅ければ もう1人の腐れ縁になりかけているご令嬢が来るところだった。危ない危ない。
「リオン、さっきはありがとう」
こそっと告げるとオリオンは思い出したのか眉を寄せて言った。
「いや、流石に来たばかりなのにどうかと思って。 第一あの先生お前のこと指名しすぎなんだよ」
「本当に。いい迷惑だわ……」
心底迷惑そうに言いながら課題である魔法を発動させるアリス。面倒くさそうにしながらも綺麗な造形魔法を使うアリスの目の前には、立派な氷の彫刻が出来上がっていた。これにはオリオンも苦笑する。
これだけのことを 片手間にやってのけるのだから、注目されてしまうのも無理はないかもしれない。
本人は嫌がっているので何も言わないが……。
「そういえば、あの子は随分と魔力の使い方に慣れたのね?」
アリスの視線の先には、他の女子生徒と組む主人公エミリアの姿が。少し難しそうな顔をしてはいるが、なんとか造形魔法を発動させている。なかなか難しい魔法だと思うが、以前よりきちんと制御ができているようだ。
「あぁ、どうやらあの時アリスに助けられてから猛特訓したらしい」
「そ、そう……」
なぜ私を動機とするのか。もちょっとこう推しキャラ攻略の為とか言わないのかこの子は。言わないか。
猪突猛進さはまだあるが、最初の頃と比べてだいぶ落ち着いたように思う。一体何ルートなのだろう?
まあいいか、関係のないことだ。
側から見ればアリリエスルート(友情)にも見えるのだが、本人は気付く気配もなかった。アリスがまた考え事に耽っていると、
「まあ綺麗ですわ!」
ふと聞こえる感嘆した声。見るとこのコースにはまた珍しい女子生徒がそこにいた。この子は確かエミリアと組んでいた……?
「ラーナ様っ……急にどちらへ……ってアリス様!?」
置いて行かれたのかエミリアが駆け寄って来た。慌てていて気づかなかったのか、アリスを見ると驚きの声を上げる。次いでふわりと笑うと丁寧にお辞儀をした。
「ご機嫌ようアリス様」
「ご機嫌ようエミリア様、今は講義中ですからお気になさらず」
「エミリアさん、お知り合いですの?」
2人の会話に置いてけぼりになっていたラーナが割り込む。
「はい!こちらは私の尊敬するアリス様です!」
……それでは紹介になっていない。きらきらとした目を向けられても困るし曖昧すぎる紹介も困る。内心溜息をつくアリスは少し困ったように笑いながら、続けた。
「アリリエス・フォン・レイウェルと申します」
「まあ、あなたが噂の。わたくしはラーナ・フォン・カルミアですわ」
カルミアーー確か王都の西に領地を構えるカルミア伯爵家。そこのご令嬢か。というか噂ってなんだ噂って。
「こんな所でレイウェル公爵家のご令嬢にお会い出来るなんて思いませんでしたわ。それに見事な氷の造形魔法ですのね」
にこりと笑いながら美しい氷の彫刻に手を伸ばす。ーーーその時だった。
ぱりんっ
突如としてアリリエスの創り出した氷の彫刻が割れた。しかし鋭利なその破片は地に落ちることなく、空中に留まっていた。
「大丈夫か?!」
咄嗟に盾の魔法を張ったオリオンに庇われながら問われる。思わずぽかんとしてしまったアリスはその焦った声に我に返った。
「え……えぇ、大丈夫よありがとう。
ーーーあぁでも大丈夫じゃないかもしれないわ」
「え?」
「ラーナ様、離れてください」
氷の彫刻に一番近いラーナの前に身体を滑らせると、腕を前に掲げ、周囲の人間全てに盾の魔法を発動させるアリス。次の瞬間、空中で静止していた氷の破片がアリス達目掛けて飛んできた。
「な?!」
幸い全てアリスの盾により防がれたそれは、ぶつかった瞬間力を失ったように地に落ちた。
「危ないわね……」
盾の魔法を消すと、地に落ちた氷の破片に向かって手を伸ばす。すると破片はあっという間に蒸発して消えた。一連の出来事に唖然とする生徒達。アリスは背後にかばった少女を振り返る。
「ラーナ様、ご無事ですか?」
「え、えぇ」
突然のことに驚いたのだろう、ラーナの身体は固まってしまっていた。すると
「大丈夫ですか?!」
焦った声のレイガー先生が駆けつけてきた。……どうせならもう少し早く来てくれ。
「お騒がせして申し訳ございません。この通り何ともございませんわ」
「何ともなくないだろ。もう少しで大怪我するところだった」
口を挟んでくる真剣な顔のオリオンに、アリスは苦笑した。根が真面目で優しいと大変だなぁ。
「えぇ、でも怪我なんてしなかったわ。リオンのお陰ね」
そう言って笑うと呆気にとられたようで言葉を詰まらせていた。
「そういうわけです。レイガー先生、原因が何か調べるのは先生にお任せして宜しいでしょうか?」
「勿論です。私に任せて あなたはひとまずゆっくり休んでください。カルミア嬢も」
アリスはにこりと笑う先生にお礼を言うと、ラーナをエミリアに任せ、オリオンを引っ張って訓練場を後にした。