暗殺者は推しの幸せを願う
敏腕暗殺者の現在の任務。
それは、推しの見守り。
なお誰にも依頼されていない。
木の上に今日も暗殺者はいた。
診療所から少し離れた森。
絶妙に見つからない位置。
絶妙によく見える位置。
プロの技術である。
「今日も元気だな……」
双眼鏡を覗きながら呟く。
視線の先ではシャルロットが洗濯物を干していた。
白いシーツが風に揺れる。
金髪が陽光を反射する。
美しい。
「尊い……」
思わず拝む。
なお暗殺者である。
しばらくするとクルルとかいう男が帰ってくる。
シャルロットが笑う。
クルルも笑う。
荷物を受け取る。
自然なやり取り。
まるで家族。
暗殺者は
「うっ」
うめいて、胸を押さえた。
なんだろうか、この気持ちは。
推しが幸せそうで嬉しい。
だが、推しの隣にいる男が気になる。
「親戚?」
絶対にちがう。
クルル子爵がシッティン公爵家との血縁があるなんて聞いたことはない。
「兄?」
もっと違う。
「夫?」
双眼鏡を落としかけた。
「落ち着け俺」
深呼吸。
推しは自由である。
恋愛も自由である。
もちろん、ファンは祝福すべきである。
頭では分かっている。
だが感情は別だった。
「本当にどういう関係なんだ」
今日も同じ結論だった。
数日後。
暗殺者は重大な発見をする。
クルルとシャルロットが喧嘩していた。
「自分を大事にしなさいよ!」
「仕事なんだから仕方ないだろ!」
「仕方なくないわ!」
シャルロットが怒っている。
クルルが困っている。
オーウェンが笑っている。
「なるほど」
暗殺者は頷いた。
「夫婦だな」
勝手に結論を出した。
なお違う。
全然違う。
さらに数日後。
シャルロットが森で迷子を拾って、背負って帰ってきた。
ふらふらだった。
「優しい……」
あまりの推しの優しさに泣いた。
推しが優しい。
知っていた。
だが改めて見ると泣ける。
「こんな良い人を暗殺しろとか言った皇太子許せねえな」
完全に忘れているが、依頼を受けたのは自分である。
そしてある日。
暗殺者は決定的な瞬間を目撃する。
家の裏で薪割りをしているクルルの後ろに座るシャルロット。
シャルロットはしばらく黙って座っていた。
そして、
『私、あなたのことが好きよ』
シャルロットはクルルに告白をした。
「ぶふっ」
暗殺者は吹き出した。
木の上から落ちそうになった。
「え?」
推しが告白した。
今、確実に、告白した。
「え?」
二回確認した。
事実は変わらなかった。
シャルロットは顔を真っ赤にして走り去る。
クルルは固まる。
暗殺者も固まる。
「推しが恋をしている……」
空を見上げた。
なんだろう。
嬉しい。
寂しい。
嬉しい。
寂しい。
複雑だった。
だが最後に残ったのは一つだった。
推しが笑っていて嬉しい。
それだけだった。
暗殺者は静かに頷く。
「幸せになれよ……」
誰にも聞こえない声で呟いた。
そしてその夜。
日記にこう書いた。
今日の推し。
とても可愛かった。
恋をしていた。
幸せそうだった。
幸せになってほしい。
なお、その日記が発見されたら即逮捕案件である。
本人だけがそれに気づいていなかった。




