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#096 「再び学園へ」

 朝の灯ヶ峰学園。

 春の陽射しが校舎の壁をやわらかく照らし、窓の外では梅の花が、ほころびはじめていた。白い花弁が風に揺れるたび、かすかに甘い香りが、空気に混じる。

 チャイムが鳴る少し前。特別クラスの教室には、すでに6人の姿が揃っていた。まだ誰も席には完全に落ち着かず、それぞれが、どこか“戻りきっていない時間”を抱えているようだった。


「うわ、懐かしいなぁ……この感じ。」

 隼人が鞄を席に軽く放り投げる。


「ほんの数日しか空いてないのにね。」

 いちかが笑う。


「でも、なんか空気が違う気がする。」

 要が、ゆっくりと周囲を見渡した。


 はるなは窓際に立ち、外の景色を見つめていた。グラウンドでは、1年生たちが新しい学期の準備をしている。まだ少しぎこちない動きや、はしゃぐ声。そのざわめきが、春の風と一緒に教室へと流れ込んでくる。

「……戻ってきたんだね。」

 はるなが、そっとつぶやく。


 その声に、想太が隣で小さく笑った。

「うん。でも、“同じ”ではないかも。」

「どうして?」

「だって、俺たち、あの旅でちょっと成長したじゃん。」

 はるなは一瞬だけ目を細め、やがて小さく頷いた。

「……そうだね。」

 頬に差し込む春の光が、やわらかく彼女を包み込む。


 そのとき。

 教室のスピーカーから、聞き慣れた声が静かに響いた。

『おはようございます。特別クラスの皆さん。』


「あっ、“ともり”!」

 いちかが嬉しそうに手を振る。


『本日より通常授業を再開します。皆さんの“観測値”は安定しています。』


「観測値って……出席率みたいに言うなよ。」

 隼人が笑うと、教室にくすくすとした笑いが広がる。


『修学旅行での幸福データは、全体平均を上回っています。とくに――』


「ちょっと、“ともり”、それ以上は言わないで!」

 はるなが慌てて遮る。


 想太が吹き出した。

「ま、幸せだったってことだな。」


「うるさい!」

 はるなが頬をふくらませる。


『記録によると、皆さんの間には“変化”がありました。その変化を、“成長”と定義します。』

 “ともり”の声は、静かだった。けれどその言葉は、教室の空気の奥に、やわらかく沈んでいく。

『灯ヶ峰学園AIは、あなたたちのような“変化する日常”を観測し続けたいと考えています。』

 ふっと、教室に小さな沈黙が落ちた。

 誰も言葉を返さない。けれど、その沈黙は重くはなく、どこかあたたかく、胸の奥に残るものだった。


「“ともり”ってさ、たまに詩人みたいなこと言うよね。」

 いちかが、ふっと笑う。


『詩的観測モードを起動しました。』

「違う違う! 冗談だってば!」

 いちかが慌てて手を振り、教室が一気に笑いに包まれた。その賑やかさの中で。


 はるなは、そっとノートを開いた。ページの隅に、小さく言葉を書き込む。

『変わること。それが、日常を続けるということ。』

 書き終えたあと、彼女はその文字を指先でなぞる。

 インクの感触を確かめるように。その意味を、自分の中に落とし込むように。そして、静かに微笑んだ。


 昼休み。

 中庭のベンチに、6人がいつものように集まっていた。

 青空は高く、春の風が、やわらかく髪を揺らす。どこか遠くで、部活動の掛け声が聞こえる。そのすべてが、少しずつ日常を形づくっていく。


「で、次はどんなイベントがあるんだ?」

 隼人が空を見上げながら言う。


「新学期早々、“文化シンポジウム”だって。」

 要がスマートフォンを見ながら答えた。


「文化シンポジウム? なんか難しそう……」

 いちかが首を傾げる。


「たぶん、前の“AI倫理会議”の延長線だよ。」

 美弥が穏やかに微笑んだ。


「つまり、私たちの“日常”が、もう誰かの議題になってるってことね。」

 その言葉に、ほんのわずかな沈黙が生まれる。


「議題、か……」

 想太が小さくつぶやく。


「でも、“ともり”が見てるなら、きっと大丈夫だよ。」

 はるなが、やさしく言った。

『はい。観測、継続中です。』

 “ともり”の声が、空気の中に溶けていく。


 それはまるで、春の風のように目には見えないけれど、確かにそこにあるものだった。青空の向こうに、白い雲がゆっくりと流れていく。その動きは静かで、けれど止まることはない。

 彼らの新しい“日常”もまた、同じように、ゆっくりと――確かに、動き続けていた。

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