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就任、図書頭

顕微鏡を作ろう


京には職人を何人か連れてきたけど、こいつらにタダ飯を食わせているのは勿体ないよな。

ということで、職人どもに工房を用意して、売れそう若しくは贈り物にできそうなものを作らせることにした。ちなみに、各種工房については、壬生寺を拡張した上でその内部に作ることにしたよ。

どうやって、壬生寺の連中を説得したのかだって?

寺の周囲に堀と土塁を作ってやると言ったら、壬生寺は喜んで俺に従ったさ。やはり、寺の連中もまだ戦乱は続くと思っているようだね。

ということで、工房で何を作ろうかなー。

簡単に作れて、この時代の技術革新に資する物が良いよね。

そこで思いついたのが、レーウェンフックの単レンズ顕微鏡だった。

必要な物はガラス玉と木片だけだし、新田家にはガラス職人がいるから、この顕微鏡なら簡単に作れるであろう。

ガラス玉は、熱したガラス棒をハサミで適当な大きさに切って、熱いうちに鉄板で挟んでゴロゴロ回転させるのが良いかな?

それとも、細いガラス管を熱して、先端を小球状にする方法で単レンズを作った方が、簡単かな?

ガラス玉さえできれば、あとはガラス玉の厚さの木片に錐で穴を開けて、その穴にガラス玉を埋め込むだけだからな。簡単なもんだろ。

とりあえず、壬生寺の一角に作ったガラス工房にガラス職人を集めて、『かくかくしかじか』と作り方を説明すると、わずか一日で試作品が完成した。

おー、素晴らしい。

顕微鏡で何を見ようかな・・・。おっ、台所に塩があるぞ。

どれどれ・・・。

暗くてよく見えんな、ってプレパラートが必要じゃないか。

「おーい、庄七(ガラス職人の名)。プレパラート・・・、ガラスで四角い板を作ってくれないか。大きさはこれくらいね」

「殿、しばらくお待ちください」

プレパラートは冷やす必要があったので、結局塩の観察は次の日へ持ち越しとなってしまった。

翌日、俺は『塩』『花の花粉』『葉の裏にある気孔』などのプレパラートを作り、準備を整えた上で新田家の皆を呼び寄せた。もちろん、連中が肉眼では見えない小さいものに対してどんな反応をするか見るためにね。

皆は『塩とは四角い物だったのですな』『手に付くとなかなか落ちない花粉が、このような形をしているとは驚きです』『葉の裏に口の様なものがありますぞ。これはいった何でしょうか』などと言い、小さな世界に驚愕している様子であった。

「田んぼの水とか血液とか、色々なものを見てみるがいいさ。ちなみに、酒・味噌・醤油といった発酵食品は、顕微鏡でないと見ることのできない小さい生物、すなわち微生物の働きで作られているんだ。だから、醤油職人は顕微鏡を用いて、少しでも品質の良い品を作るのだぞ」

「「承知致しました」」

「ところで、尹子殿楽しんでいますか」

「面白い形をしているので、日記に書き残すことにします」

(へー、尹子殿は日記を書いているのか。藤原行成の権記みたいに、後世に残すといいんじゃないかな)

うーん、よくよく考えたら、三百年以上先に作られるものを世に出してしまった。

一応、帝とか有力貴族・武将に献上しておいた方が良いかな。

それはともかくとして、レンズを用いて微生物が観察できることについては、1500年頃には既に知る人ぞ知る状態だったんだよね。でも、世間の一般常識になっていなかった。

微生物学が発展するのはパスツール(1822~1895)が出て以降だから、ヨーロッパ人は300年以上微生物学を放っておいた、ということになる。

であれば、ヨーロッパ人に代わって日本人が微生物学を発展させたとしても、別に誰からも文句を言われる筋合いはあるまい、なんてね。

まあ、顕微鏡を作ったからって今すぐどうなるって訳では無いが、微生物の研究が進めば、それと関係している発酵食品の質もだんだんと良くなるであろう。

そして、ゆくゆくは自然科学分野において日本が世界一になったらいいな、なんてことも思ったりした。


そうそう、顕微鏡も良いけど、俺的にはやはり天体望遠鏡が欲しいかな。

この時代は大気汚染など無いから、海や山に行かずとも天の川がはっきり見えるんだよね。

天体望遠鏡で惑星や星雲を見たら、さぞかし美しかろう。

ということで、ガラス職人に凸レンズを作らせることにした。

でも、どうやって凸レンズを作れば良いのだろうか。

令和の時代なら、熱して柔らかくしたガラスを金型でプレスするのだろうが、この時代でそれができるのか。

それとも、金型に溶けたガラスを上手い具合に流し込めば、表面張力で勝手にレンズになるのだろうか。

うーん良く分からんが、時間がかかっても良いので、ここらへんはガラス職人に任せるとしよう。


就任、図書頭ズショノカミ


「中央政府内における新田家の担当部署が、ようやく決まったようだな」

壬生寺に届いた綸旨を早速開いてみると、そこには『新田家に図書寮の事務全般を任せ、併せて新田義貞を図書頭に任ずる』と書かれていた。

図書寮?武者所の間違いじゃないのか。

歴史が変わった?何故と疑問はつきぬが、まあしょうがない。図書寮の仕事をやってやろうではないか。

実は、前世の俺は図書館で働きたいという希望も持っていたんだよね。

図書館のカウンターで本を読みつつ、図書貸し出しの仕事をする。

うん、なかなか良いんじゃないかな。

でもなあ、この時代の図書寮の仕事ってどう進めれば良いんだろうか。

そうだ、こういう時こそ、世尊寺経尹に役立ってもらおう。

「義助、図書寮の仕事について経尹殿の意見を聞きたいから、世尊寺家に使いの者を出してくれないか。あと、お前らも明日から図書寮で仕事だから、今の内に準備しておけよ」

「はい兄者、承知しました」


「・・・・・」

俺が世尊寺家を訪ねると、経尹は自ら俺を出迎えてくれた。

その際、息子の行尹を俺に紹介してくれた。

「行尹にございます。義貞様がお困りの際は、何なりと私めにお申し付けくだされ」

「それじゃあ、図書寮の仕事を手伝ってもらおうか」

「承知致しました」

チャッチャラー、世尊寺行尹が仲間になった。

話を戻す。

俺は、此度の人事における疑問点について、経尹の意見を聞いてみることにした。

「早速で申し訳ないが、俺は図書頭に任じられたのでな。何故、武者所でなく図書寮なのか。その辺りについて、経尹殿の意見を聞きたいと思い、こうして訪ねて来た次第だ」

「そのことですが、朝廷内でも不審に思う者が多いですな。実際、公家たちの中で新田家に悪意を持っている者はおらぬでしょう。新田家を危険視しているのは、武家と新政権の上層部だけだと思われます。此度のことは、新田家を軍事部門から切り離すべく足利殿が上層部に工作したと、そんな感じではないでしょうか」

「だとすると、当面は図書寮の仕事に精を出して、権力には興味ないといった姿勢を見せておいた方が良さそうだな」

「左様にございます」

「あと聞いておきたいのは・・・、図書寮の仕事ってどうやって進めればいいのか教えてくれ」

「主な仕事は二つあり、一つは国家の蔵書を管理すること。もう一つは、紙・墨・筆などの製造を行うことです。仕事の進め方については、前任者に聞くのが早いと思います。図書寮の仕事を代々務めていたのは・・・、和気家・丹波家・賀茂家ですかな。なあに、図書寮の仕事など義貞殿なら簡単にこなせましょう」

「そうだと良いのだが・・・。そうそう、尹子殿の病も癒えて、最近は新田家の仕事を手伝ってくれるようになったので、何かの折に会いに来るといいさ」

こう経尹に言い残し、俺は世尊寺家を後にするのだった。


卜部兼好


翌日、世尊寺行尹や新田家の皆さんを連れて図書寮を訪問し、前任者から事務引継をした後に仕事を開始した。

蔵書の管理と紙・墨作りについては、某本好きの転生者もやっていたことだから、なんとかなるんじゃね、なんてね。

本の虫干しは、秋になってからやれば良いであろう。

今やるべきは、紙・墨・筆の製造か。

紙については、よく先輩転生者が増産して資金源にしているのを聞くことだし、とりあえず楮・大麻の増産と水車作りを進めておくのが良いかな。

水車は、楮や大麻の繊維を砕くといった製紙業だけでなく、揚水や製粉・精米・紡績、果ては大砲の弾道を繰り抜く際にも使えるから、いくつ作ろうが多すぎるということはあるまい。

楮は、新田家の連中に命じて空き地に植えさせるので良いかな。

大麻は湿地に植えるとして、水車については(世尊寺)行尹に任せてみよう。貴族なんだから、水車ぐらい作れないようでは困るぞ。

こんな感じで数日図書寮の仕事をしていたのだが、ふとあることに気付いた。

「鎌倉攻めの際、大根の兵士が俺を助けてくれたのだが、そのお礼を吉田兼好に言っていないではないか」と。

早速。吉田兼好を探すために忍びを放つが、なかなか見つからない。

(うーん、うちの忍びは結構優秀なはずなんだけど、これは探し方が悪いのか)

俺は、そう思って探し方を変えようとしたのだが、ある忍びが風変わりな人物を連れてきて、こう言うのであった。

「京中を探しても吉田兼好という人物は見つからなかったので、その代わりといっては何ですが、吉田神社に住んでいる卜部兼好ウラベカネヨシという坊主を連れてきました」と。

俺は、その名前に反応した。

(吉田神社に住む兼好カネヨシという名の法師。こいつはひょっとして本物か・・・)

ともかく、無理矢理連れてきたことを謝罪しないとな。

「卜部殿、お忙しいところをお呼び立てしてしまい、誠に申し訳ない。実は、吉田兼好と申す者が書いた随筆の中に『大根を何にも効く優れた薬として毎日二本食べていた男が、ある時敵襲に遭って危機に陥った時、大根の兵士が二人現れて敵を皆追い払った』という話が載っているのだが、俺もその話のように毎日大根を食べていたら、鎌倉攻めで危機に陥った際に大根の兵士が救ってくれのだ。そういうわけで、吉田兼好にひとことお礼を言わなければいかん、と思い方々を探しているのだが、未だに見つからない有様だ」

「ほー、僕も随筆を書くので、その話には興味があるんだな。つまり、信じる者は救われるといった説話なんだな。新田左馬助様から聞いた話として、僕の随筆に載せても良いかな」

「かまいませんが、貴方の随筆が完成したら真っ先に読ませて下さい。それが条件です」

「その程度なら、お安いご用なんだな」

「ところで、せっかく兼好殿がいらしてくれたのだから、何かお礼をしたいと思っております。何がよろしいか」

俺が、こう兼好に質問すると、兼好は次のような歌を詠んだ。


「よ」もスズ(し)

「ね」ざめのかり(ほ)

「た」まくら(も)

「ま」そでもアキ(に)

「へ」だてなきか(ぜ)


俺はすぐさま、米と銭を用意させた。

兼好は、俺の行動の早さにビックリしているぞ。

答え合わせだが、「」を上から読むと「米賜へ:米ちょうだい」となり、()を下から読むと(銭も欲し:お金も欲しい)となるよ。

えー、兼好にはいつでも好きなときに訪ねてくるが良い、と伝えておいたぞ。

ああいう、隠者っぽい人に規則正しい生活や仕事をさせるのは無理だろうなあ。

だけど、金銭面で不自由させず好き勝手に文学をやらせたら、きっと素晴らしい作品を書くのであろう。

平和な世の中になったら、印刷・出版業を発展させて、文学で飯を食える国にするのも良いかもしれんな・・・。


余談だが、後日兼好から随筆が完成したとの報告を受けた。

随筆の書き出しは『つれづれなるままに・・・」で、まさしく俺の知る徒然草であった。

ただ、第六十八段の登場人物は『押領使風の役をしていた者』から『上州の新田左馬助義貞』に変わっていたけどね。

妙なところで歴史が変わってしまったが、兼好であれば難しいことは考えずに『身近な人の心配事を解決してあげて、自身は正しく生きていればそれで良し』と言うんだろうな、なんてことも思ったりした。

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