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漆黒に映る  作者: 夏雪
一章
10/12

8─最初の選択は

お読みいただき、ありがとうございます。

更新期間が空くかも…と言いつつ翌日には投稿してますね。不定期すぎて申し訳ありません。


ピリピリ。

棘が、刃が、肌を突き刺す。

疼いた感覚を気にも留めずに、彼の言葉になるほど、と、また一つこちらの常識を覚える。

髪は誇り。

肌は命。

…あぁ、だからか。フィオさんが私を見て、時折顔を歪めていたのは。

思わぬことを納得した。


けれど。

その棘を、刃を、フィオさんに向けるのは、お門違いだ。


「『フィオさんは悪くない。彼を責めないでください。あなたがそれを向ける相手は私です』」


「っえ」

「…ん?」

「は、?」

「……な」

「っリル…!」


各々の反応を見て、注目が私に向いたことに内心安堵する。

フィオさんだけが、困惑と驚愕の混じった目を、初めて会う人達カラフルズは困惑と怪訝さ、疑いのこもった目を、向けた。

それもそう。私が今喋ったのは、《日本語》。一週間前で最後になるはずだった言語だ。彼らに理解できるはずもない。


「フィオさんは悪くない、彼を責めないでください。あなたがそれを向ける相手は私です、と言ったんです」


こちらの言語で、同じ言葉を繰り返す。こちらの人たちは、これだけですべてを理解するから。

息を呑む音。っ、と言葉に詰まる音。目を見開く彼等。

しん、と静寂が落ちる。他人の気配が、それ以上の静けさを生むことはなかった。けれど、静寂はいつか破られる。心地よいものではないそれを、そうしてもらえるのは、正直助かる。私には、その術を持ち合わせていないから。


「…なるほど、な。フィオがああ言ったワケが分かった」


それはやっぱり、組織の長。この空間で今、誰よりも上にいる、黄緑と深緑の人。

納得の言葉を零した彼は、リル、と、私の名を呼んだ。ありきたりに何でしょう、と返して、真っ直ぐに彼を見据えた。

剣呑なその黄緑色の瞳には、堪え切れない焦りと戸惑いと、冷たさが携わっていた。


「君の存在は、はっきり言うと異端そのものだ。同時にそれは危険でもある。…分かる?」


噛み砕いて告げられたそれ。私の見た目からしてみれば、噛み砕かれていたとしても、その言葉がどんな意味を持つのか、分からないのが普通なのだろう。けれど、彼の言う‘異端’である私には、分かる。

この人は捨てる気なのだと。個人としても、組織としても、私の存在はあまりにも危険すぎるから。

それを私は分かっていた。

いつまでも、この穏やかで静かな、変わらない場所にいられるはずがないと。いつかは消えなければならないと。これ以上、誰かの中に留まってはいけないと。

彼からしてみれば、10歳前後の少女を切り捨てることは、心が痛むことなのかもしれない。けれど、私からしてみれば、それは仕方がないことだと、理解できる。


「私なら大丈夫です」

「そうじゃない。君がじゃなくて、」

「そんなことは分かっています」

「分かってない。君は、」


「貴方方にとって、害であり危険因子でしかない、そんなこと分かっています」


彼は目を見開いた。言ったことが当たっていたことにか、淡々と口にしたからか…、どれにせよ、驚いたのだろう。

当然とも言える。彼からしてみれば、私は10歳前後の少女なのだから。


「私はこの世界でただ一人のイレギュラーで、居るだけで、存在するだけで罪です。そんな私を近くに、手元に置いておけばただ事では収まらない。

だから、私なら大丈夫です」


近いうちに、こうなるだろうと分かっていたから。一週間、私なりにフィオさんのことを見てきたつもりだ。その中で分かったことの一つ。判断の誤りはしないだろうな、と。だから、いつか近いうちに彼は、上層部の人間を紹介するだろうな、と思っていた。こんな‘異端’な人間を教えられるのは、それなりの立場の人間でなければ、隠匿することは難しいから。そして、切り捨てることも──。

フィオさんにはできただろうか、そう思うけれど、彼だって危害を与える側なのだと知ったから、今ならきっとできただろうと、肯定できる。

大丈夫、という言葉を助長させるよう、精一杯、笑みを作る。


「…分かっていないよ、君は。

────ただ生きるのだって、楽じゃない」


「知ってます」


私は箱入りだと思われているのだろうか。…いや、自立するには幼すぎると見られているだけか。それもその筈だ。だから、仕方ない。彼がそう言ってしまうのも。納得したくないのも。


「衣食住の保障もなく、お金が降って湧いてくるはずがないことも」


あの快適すぎた空間は、もう、戻ってこない。外は雑音で溢れている。私が好んだ静けさは、二度と得られない。──だとしても、それは私自身の問題だ。


「ですが、関係ないでしょう?私がどこで野垂れ死のうと、どう生きていようと、どこで何をしていようと、既に手離すことを決めている貴方方に、私の未来を案じられる必要はありません」


気付いていないとでも思ったのか?幼く見られていることは、癪だけれども仕方がないとは思っていたけれど、ここまで意図が見透かせると考えれば、悪くないかもしれない。この体になってしまってからの、初めての利点だ。

目の前のその人は顔を歪めた。

視界の端でフィオさんが、その人の後ろで、そこにいる人達が、同じように顔を歪めているのが見えた。

…少し、言葉がキツかったかもしれない。けれど、これは事実だ。それをそのまま口にして何がいけないのだろうか。同時に、私の本心でもあるけれど。


「リル、自分が何を言ったか分かってる?

君はまだ世界に対して余りにも疎い。俺が教えたことは必要最低限の内の初歩的なことだけだ。

いくら馴染んでいるとはいえ、危険すぎる」


宥めるように、諌めるように。

まるで引き留めようとでもするかのように、焦りと否定を込めた声色で、フィオさんが断言する。

彼の言うことは尤もだ。こう言われてしまえば、誰であれ口を閉ざし、それを否定することはしないだろう。

それはそうだけど、と口籠るのも当然で、けれどそれより先の言葉を普通なら言えず終いだ。

…普通、なら。


「そうなんでしょうね」

「なら、」

「でも」


なら、前言を撤回しろ。若しくは、留まることを匂わせるようなことを、言うつもりだったであろうフィオさんの言葉を遮って、否定詞を強めに告げた。

…そう、でも、だ。

そうなのだとしても。

例え、危険すぎるのだとしても。

私は、もう、世界に何も望まない。私を拘束していた、虚無と冷酷で溢れた無機質な世界から、切り離してもらえたのだから。

真っ直ぐ、気圧されないように。ぎゅっと、芯になるかのように胸が締め上げられる。

怖くない、ワケじゃない。だけどこれは、私の覚悟だ。

スッ、と、自然と背筋が伸びた。


「私は言いました。‘もう’、と。フィオさんは‘まだ’と言いました。例えフィオさんにとっては短い時間だったとしても、私にとっては十分すぎる時間なんです。

これ以上、私は貴方の、ひいては貴方方の元に、烏滸がましくも居られるはずがない。

()()()私を利用しようとすらしなかった、貴方方の親切は、分かっているつもりです」


フィオさんに対して、情が湧かなかったわけじゃない。それはフィオさんも然り、なのだろう。けれど、恩を返そうと思っている以上、私は最低一度でも、彼から離れる必要があるから。

異端で、異質で、それでいて禁忌である私を、忘れてもらうために。

でなければ、こんな重いモノを、彼は、彼等は、傍で抱えていなければならなくなってしまうから。

だから。


「数日後には、此処を去ります。

少しの間でしたが、ありがとうございました」



これが最善の選択なのだと、疑うことすら無い。




一先ず、という感じですね。次回はこの話から少し後のことになります。大体1か月くらいかな?と思われます。


よろしくお願いします。

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