8─最初の選択は
お読みいただき、ありがとうございます。
更新期間が空くかも…と言いつつ翌日には投稿してますね。不定期すぎて申し訳ありません。
ピリピリ。
棘が、刃が、肌を突き刺す。
疼いた感覚を気にも留めずに、彼の言葉になるほど、と、また一つこちらの常識を覚える。
髪は誇り。
肌は命。
…あぁ、だからか。フィオさんが私を見て、時折顔を歪めていたのは。
思わぬことを納得した。
けれど。
その棘を、刃を、フィオさんに向けるのは、お門違いだ。
「『フィオさんは悪くない。彼を責めないでください。あなたがそれを向ける相手は私です』」
「っえ」
「…ん?」
「は、?」
「……な」
「っリル…!」
各々の反応を見て、注目が私に向いたことに内心安堵する。
フィオさんだけが、困惑と驚愕の混じった目を、初めて会う人達は困惑と怪訝さ、疑いのこもった目を、向けた。
それもそう。私が今喋ったのは、《日本語》。一週間前で最後になるはずだった言語だ。彼らに理解できるはずもない。
「フィオさんは悪くない、彼を責めないでください。あなたがそれを向ける相手は私です、と言ったんです」
こちらの言語で、同じ言葉を繰り返す。こちらの人たちは、これだけですべてを理解するから。
息を呑む音。っ、と言葉に詰まる音。目を見開く彼等。
しん、と静寂が落ちる。他人の気配が、それ以上の静けさを生むことはなかった。けれど、静寂はいつか破られる。心地よいものではないそれを、そうしてもらえるのは、正直助かる。私には、その術を持ち合わせていないから。
「…なるほど、な。フィオがああ言ったワケが分かった」
それはやっぱり、組織の長。この空間で今、誰よりも上にいる、黄緑と深緑の人。
納得の言葉を零した彼は、リル、と、私の名を呼んだ。ありきたりに何でしょう、と返して、真っ直ぐに彼を見据えた。
剣呑なその黄緑色の瞳には、堪え切れない焦りと戸惑いと、冷たさが携わっていた。
「君の存在は、はっきり言うと異端そのものだ。同時にそれは危険でもある。…分かる?」
噛み砕いて告げられたそれ。私の見た目からしてみれば、噛み砕かれていたとしても、その言葉がどんな意味を持つのか、分からないのが普通なのだろう。けれど、彼の言う‘異端’である私には、分かる。
この人は捨てる気なのだと。個人としても、組織としても、私の存在はあまりにも危険すぎるから。
それを私は分かっていた。
いつまでも、この穏やかで静かな、変わらない場所にいられるはずがないと。いつかは消えなければならないと。これ以上、誰かの中に留まってはいけないと。
彼からしてみれば、10歳前後の少女を切り捨てることは、心が痛むことなのかもしれない。けれど、私からしてみれば、それは仕方がないことだと、理解できる。
「私なら大丈夫です」
「そうじゃない。君がじゃなくて、」
「そんなことは分かっています」
「分かってない。君は、」
「貴方方にとって、害であり危険因子でしかない、そんなこと分かっています」
彼は目を見開いた。言ったことが当たっていたことにか、淡々と口にしたからか…、どれにせよ、驚いたのだろう。
当然とも言える。彼からしてみれば、私は10歳前後の少女なのだから。
「私はこの世界でただ一人のイレギュラーで、居るだけで、存在するだけで罪です。そんな私を近くに、手元に置いておけばただ事では収まらない。
だから、私なら大丈夫です」
近いうちに、こうなるだろうと分かっていたから。一週間、私なりにフィオさんのことを見てきたつもりだ。その中で分かったことの一つ。判断の誤りはしないだろうな、と。だから、いつか近いうちに彼は、上層部の人間を紹介するだろうな、と思っていた。こんな‘異端’な人間を教えられるのは、それなりの立場の人間でなければ、隠匿することは難しいから。そして、切り捨てることも──。
フィオさんにはできただろうか、そう思うけれど、彼だって危害を与える側なのだと知ったから、今ならきっとできただろうと、肯定できる。
大丈夫、という言葉を助長させるよう、精一杯、笑みを作る。
「…分かっていないよ、君は。
────ただ生きるのだって、楽じゃない」
「知ってます」
私は箱入りだと思われているのだろうか。…いや、自立するには幼すぎると見られているだけか。それもその筈だ。だから、仕方ない。彼がそう言ってしまうのも。納得したくないのも。
「衣食住の保障もなく、お金が降って湧いてくるはずがないことも」
あの快適すぎた空間は、もう、戻ってこない。外は雑音で溢れている。私が好んだ静けさは、二度と得られない。──だとしても、それは私自身の問題だ。
「ですが、関係ないでしょう?私がどこで野垂れ死のうと、どう生きていようと、どこで何をしていようと、既に手離すことを決めている貴方方に、私の未来を案じられる必要はありません」
気付いていないとでも思ったのか?幼く見られていることは、癪だけれども仕方がないとは思っていたけれど、ここまで意図が見透かせると考えれば、悪くないかもしれない。この体になってしまってからの、初めての利点だ。
目の前のその人は顔を歪めた。
視界の端でフィオさんが、その人の後ろで、そこにいる人達が、同じように顔を歪めているのが見えた。
…少し、言葉がキツかったかもしれない。けれど、これは事実だ。それをそのまま口にして何がいけないのだろうか。同時に、私の本心でもあるけれど。
「リル、自分が何を言ったか分かってる?
君はまだ世界に対して余りにも疎い。俺が教えたことは必要最低限の内の初歩的なことだけだ。
いくら馴染んでいるとはいえ、危険すぎる」
宥めるように、諌めるように。
まるで引き留めようとでもするかのように、焦りと否定を込めた声色で、フィオさんが断言する。
彼の言うことは尤もだ。こう言われてしまえば、誰であれ口を閉ざし、それを否定することはしないだろう。
それはそうだけど、と口籠るのも当然で、けれどそれより先の言葉を普通なら言えず終いだ。
…普通、なら。
「そうなんでしょうね」
「なら、」
「でも」
なら、前言を撤回しろ。若しくは、留まることを匂わせるようなことを、言うつもりだったであろうフィオさんの言葉を遮って、否定詞を強めに告げた。
…そう、でも、だ。
そうなのだとしても。
例え、危険すぎるのだとしても。
私は、もう、世界に何も望まない。私を拘束していた、虚無と冷酷で溢れた無機質な世界から、切り離してもらえたのだから。
真っ直ぐ、気圧されないように。ぎゅっと、芯になるかのように胸が締め上げられる。
怖くない、ワケじゃない。だけどこれは、私の覚悟だ。
スッ、と、自然と背筋が伸びた。
「私は言いました。‘もう’、と。フィオさんは‘まだ’と言いました。例えフィオさんにとっては短い時間だったとしても、私にとっては十分すぎる時間なんです。
これ以上、私は貴方の、ひいては貴方方の元に、烏滸がましくも居られるはずがない。
こんな私を利用しようとすらしなかった、貴方方の親切は、分かっているつもりです」
フィオさんに対して、情が湧かなかったわけじゃない。それはフィオさんも然り、なのだろう。けれど、恩を返そうと思っている以上、私は最低一度でも、彼から離れる必要があるから。
異端で、異質で、それでいて禁忌である私を、忘れてもらうために。
でなければ、こんな重いモノを、彼は、彼等は、傍で抱えていなければならなくなってしまうから。
だから。
「数日後には、此処を去ります。
少しの間でしたが、ありがとうございました」
これが最善の選択なのだと、疑うことすら無い。
一先ず、という感じですね。次回はこの話から少し後のことになります。大体1か月くらいかな?と思われます。
よろしくお願いします。




