エピローグ 魔宝珠と二つの樹
廃村での出来事から一週間程度で、サートルは第四部隊の鍛錬――まずは座学に合流することができた。実技に関してはしばらく見学をしていたが、今日からゆっくり慣らすことになっている。
鍛錬場に行く前に、エルダがひょっこり城に顔を出してきた。店に一度行ってから来たらしい。廊下の脇で肩から鞄をかけている彼女と向き合った。
「ごめんね、鍛錬の前に。これを渡したくて……」
そう言って手渡してくれたのは、紺碧色の魔宝珠が正方形の型にはめられ、さらに茶色の宝珠も一緒についている、フック付きのアクセリーだった。でこぼこしていた魔宝珠は綺麗に四角く研磨され、ささやかに輝いていた。
「これは……」
「どういうのがいいかなって考えて、少し形を変えて細工してみた。丸よりも四角い方がかっこいいから、そっちにしたの。あとベルトを通すズボンの穴に引っかけられるような作りにして……よかったら付けてみて」
サートルはエルダに言われたとおりに、右側にあるベルト穴に引っかけてみた。目立ちすぎず地味すぎない宝珠が腰のあたりで輝いている。体をひねったり、足を動かしたりしたが、特に動きに違和感はなかった。
「そこにあればすぐに召喚できるでしょう。あと服とも馴染んでいるから、他の人にからかわれることもないだろうし……。ジェードさんに聞いたら、男の人ってあまり魔宝珠をアクセサリーとして使わないんだって。でもそれならいいと思わない?」
サートルは宝珠を軽く手で触れてから頷いた。手で届く範囲にあるのが、何よりもいい。
ペンダントや腕輪だと、体に密着しているため、それがあると不自然な感じがしてしまうが、これなら問題ないだろう。
「ありがとう、エルダ、色々と気を使ってくれて。すげぇ嬉しい。これならすぐに召喚できる」
サートルが感想を言うと、緊張していた面持ちのエルダは表情を崩した。
「そう言ってくれて嬉しい。男性向けの細工って初めてだから、ドキドキしていたの……。これからはこういうのも作れるって、他の男性客に勧めてみる」
「それがいいぜ」
どんどん彼女の技術が広まればいいと切に思った。
受け渡しが済むと、エルダは廊下の奥を覗き込んだ。
「今から鍛錬場に行くのよね」
「そうだ。怪我で動けなかったから、今日は軽く慣らすだけだ」
「お願いだから無理しないでよ。――ジェードさんに言われて、今日は出張して、第四部隊の宝珠を磨いてこいって言われたの。一緒に行ってもいい?」
「あ、ああ。それくらい別にいいが。……もしかして昨日、先輩たちがそわそわしていたのはエルダのせいか?」
「え、私が何?」
「……時間もやばいから、さっさと行くぞ」
エルダの言葉を遮り、サートルは彼女の鞄をとって歩き始めた。おずおずと隣を歩かれる。
「……ありがとう」
「……おい、意外と中身重いぞ。お前の兄弟子は何を持たしたんだ……」
磨くと言っていたから、てっきり布だけかと思ったが、どうやらそれ以外にも必要な工具が入っているようだ。
足早に廊下を進んでいくと、途中で数名の人間とすれ違った。一人で黙々と歩いていく学者、穏やかな笑みを浮かべて歩く金髪の女性、そして地図を広げながら話をしている黒髪と銀髪の青年たちなど。
「――隊長も突然仕事をふってきやがって。シュリッセル町に行け? しかも明日には出ろって急すぎだろ」
「まあまあ。あの唐突さは今に始まったことじゃないでしょ。愚痴をこぼす暇があったら準備するよ」
「お前は気持ちの入れ替えが早いな……。わかったよ、早く済ませればいいんだろう。まったく模擬戦の約束をしていたのに、予定が狂うぜ……」
青年たちの会話を聞いて、サートルは何気なく振り返った。聞いたことがある町の固有名詞が耳に残ったのだ。
「サートル?」
エルダが立ち止まっていたサートルに声をかけてくる。
「いや何でもない。行こう」
ラウロー町の帰りに、シュリッセル町に寄るだろうか。いや、寄るように提案してみよう――それを思い出させてくれるような、彼らの会話だった。
エルダがそわそわしながら城の廊下を歩いている。その様子が面白く、新鮮だった。常に先に行っている気がした彼女だが、それは時と場合によって随分と違うようだ。
外に続く廊下に出ると、並んで生えている二本の樹が視界に入った。それらの枝葉は、まるで追いつき追い抜こうとしているかのように、空に向けて伸びていた。
いつかこの二本は、奥に見えるような立派な大樹になるのだろうか――。
それはその大樹自身が秘めた成長力と、周りから受ける栄養などによって、大きく変わってくるのかもしれない。
二本の樹を見ながらサートル、そしてエルダも心の中で願った。
――願わくば、二人の心の中で芽生えた樹が、より大きなものとなりますように――
宝珠を実らす絆の樹 了
次回、番外編を更新して、完結となります。




