真に平等
すべての人に後ろ盾がない状態が真に平等だろうというところ。
正直機会だけが平等でもそれは前提がそもそも不平等ですよねと思う部分がありつつ。
というか機会の平等化というのは指標によっては普通に不平等でしかないですし。
能力はあるけど能力を発揮する場がない、だとか、よくある話ですよねと。
誰だってやる不平等が、能力が全く同じなら間違いなく外見だとか内面だとかの好みで選びますよね、とか、ありますよねと。
そもそも全く不平等だと思う部分の一つに、なんらかの障害を抱える人がいたとして、その人が受け得る保護に有無と強弱があるという時点で不平等。
というか、そういう保護自体正直正常動作の誤差範囲に入ってるかどうかという基準でしか判定されてないですよねという点もありつつ。
さらに言えば認定基準にも納得いかない部分が多々あるところでもあり。
実際一切障害を持っているように見えない人物が障害者手帳持って一部免税されてるだとかそういう話も聞きますし。
というか知り合いに数人います、そういう人。
実際に見てみて何かしらの障害を抱えてるようには見えないですけどね、それでも手帳の有無で税金の軽重が変わる。
逆に、明らかに日常生活におけるハンディキャップを持ってる人でもそういう保護を一切受けられない人もやはり知り合いにいます。
これのどこが平等なのか、と。
まあもっと言ってしまえば十全な健康状態で十全な仕事ができる人材が不十分な健康状態で不十分な仕事しかできない人材より少ない賃金で働いてたりする場合も多々あるというのもありますけども。
それで、どこが平等?
健康体だからという理由で絞られて負担を強いられて低賃金で長時間拘束されるのが平等なのか? と。
いや、身体障害だとかわかりやすい障害持ってる人に同じように働いて同じように成果を出せとは言わないですけどね。
平等不平等以上にナンセンスですし、そういうのは。
ただ、だからっていわゆる『普通の人』が食い物にされるというのも面白くない。
私自身もカテゴリ的にはその『普通の人』の側に入るからそう思う部分はあるんでしょうけどね。
身内にそういう保護が必要な人もいませんし。
そういう意味では視野が狭い意見ではあると思います。
というか実際狭い意見です。
意識的に狭くしてますし。
まあ結局何が言いたいかって、平等平等といっても無理なんで……最低でも今ある全てをぶっ壊す勢いでやらないと無理なんで実質無理だというところ。
実際にじゃあ簡単なところから始めるとして生活保護だとか年金だとか、全部なくしたとしてそれで平等かと問われれば全然平等だとは思いませんもんね、私も。
結論としては、平等なんて空想は控えておきませんか、とか思う部分がある。
暴論でしめるとすると、平等という妄想に取り付かれた精神病患者にならないように気をつけていきたいところですね、という感じですかね。
こじらせるとただの変則型ファシストでしかなくなる気もしますし。




