墓参り
八時間かけて、五人はカナダのバンクーバーに到着した。ユリとサクラは慣れない長旅で少し疲れた顔をしていた。
「これからどうします?」
オリールは空港で荷物を受け取ると、レウシアに尋ねた。
「……そうだな」
レウシアはユリとサクラに目を遣った。
「とりあえず休ませてもらえないか? 娘たちが疲れているようだから」
「わかりました。祖父の自宅へ向かいましょう」
オリールは慣れた感じで空港内を歩いた。レウシアと蘭はユリとサクラの荷物を持つと、あと少し、と二人を励ました。
五人はタクシーに乗り込んだ。
レウシアはユリの、蘭はサクラの肩を抱きながら四人は窮屈ながら続けてタクシーに乗った。
車を北へ走らせ、一同は西バンクーバーへと向かった。
「懐かしい」
緑豊かな街並み、お洒落な街灯、長い並木道、シェリーの家へ向かう途中、ユリは昔見た街並みを見ながら物思いにふけった。
住宅街から少し離れたところに一軒の家が建っていた。
「あれがおじいちゃんの家だよ」
オリールは付近の家に比べて少し立派な木造建築の家を指差し、バックミラー越しにユリを見た。
「うん」
ユリは真っ直ぐ家を見つめた。その瞳は穏やかさが漂っていたが、その奥にはこの先何が起こっても動じないような力強さがあった。
玄関の前にタクシーが停まると、一同は荷物を下ろした。
「さぁ、どうぞ」
オリールは玄関を開くと、皆を招きいれた。
家の中に入ると、木の香りが溢れていた。
オリールは四人を二階にある二つの客室へと案内した。
「狭いかもしれないけれど、こちらの部屋を使ってください」
「十分だよ。ありがとう」
レウシアは笑顔で答えると、中に入った。部屋には二つのベッドが置かれており、大きな窓からは淡い光が差し込んでいた。
レウシアと蘭は荷物を置いた。
「俺は博士の働いていた研究室へ行ってくる」
「……そう。私は博士の部屋で資料を探してみるわ」
レウシアは今朝から元気のない蘭を抱きしめた。
「いってくる」
レウシアは耳元でつぶやいた。そして、一秒さえ惜しむように、颯爽と家を出て行った。
ユリとサクラも部屋に案内された。物置も兼ねているため部屋の間取りはレウシアたちと同じであったが、周りの荷物で一回り狭く感じた。
二人は自分たちの荷物をベッドの上に置いた。
「ごめんね、狭くて」
「ううん、いきなりお邪魔したのに部屋まで用意してくれてありがとう」
ユリはニコッと笑った。
「さて、どうしようか?」
サクラが尋ねると、ユリは腕を組み考えた。
「とりあえずパパとママのところに行こう」
「そうだね」
三人は一緒に両親の部屋へ向かった。
三人が部屋に行く途中、蘭が顔を覗かせた。
「ちょうどよかった。オリール君、博士の部屋を見せてくれないかしら?」
「え、ええ。祖父の部屋は階段を下りて左手に真っ直ぐ行ったところです。中にあるものは自由に使ってください」
「ありがとう」
オリールはユリの顔を窺いながら答えた。蘭は二人の様子を気にかけたが、黙ったまま逃げるように階段へと向かった。
「パパは?」
ユリが尋ねると、蘭は立ち止まった。
「パパは博士が働いていた研究室へ向かったわ。私も調べたいことがあるからオリール君にこの辺りを案内してもらってね」
蘭の言葉を聞くと、ユリは不満気な顔をした。
「え、でも……」
「帰ってくるまでに夕食を用意しておくから」
蘭は階段を下りると、足早にシェリーの部屋へと向かった。
(少しでも一緒に居たいのに)
ユリは寂しそうにうつむいた。
ユリたちは話し合い、蘭に言われたとおり辺りを散歩することにした。
「どこか行きたいところはある?」
オリールが尋ねると、ユリは大きくうなずいた。
「私、学校に行きたい。私が学んだ小学校に行きたい」
ユリの言葉を聞くと、オリールとサクラは目を見合わせた。ユリの過去に接触することがユリにとって良いことなのか悪いことなのか判断しかねた。
「うん、いいよ。行こう」
サクラはユリの想いを優先することにした。
三人は穏やかな陽射しの中、歩いて三十分ほど掛かる小学校へ向かった。
小学校に着くと、ユリは運動場から校舎裏まで、思い返せる思い出を頼りに見て回った。
オリールとサクラはユリの邪魔をしないように三歩後ろからついていった。
ユリはここで何をした、誰々と遊んだなど、自分の存在を確認するように説明した。
夕陽が傾き始めた。
ユリは赤く染まった校舎を見上げた。
「付き合ってくれてありがとう」
ユリは二人に笑顔を向けた。夕陽に照らされたその横顔があまりに美しかったのでオリールとサクラは思わず見とれた。
夏にもかかわらず、冷たい風が頬を撫でた。
「帰ろう。ママが夕食を作って待っている」
ユリは二人に微笑みかけた。
(さようなら)
ユリは心の中でつぶやいた。
夕暮れの中を三人は会話を交わすことなく家への帰路を歩んでいった。
三人が家に戻ると、広い食卓一面に料理が並べられていた。
「さあ、席について」
蘭は微笑みながら椅子をずらした。
「パパは?」
「今日は遅くなるって電話があったわ。さあ、夕食を食べて」
ユリはため息をつきながら席に着いた。
蘭は三人に紅茶を差し出した。
「明日は昼に博士の墓参りに行くから朝はゆっくり寝ていていいわよ」
蘭は一言告げると、シェリーの部屋へと向かった。
「ママは食べないの?」
「ええ。パパが帰ってきたら一緒に食べる」
ユリは蘭の言葉を聞くと、あからさまに不満な顔をした。しかし、蘭はその顔を見ることなく部屋へと入っていった。
(もう何回も一緒にご飯を食べられないかもしれないのに)
ユリは静かにうつむいた。心は確かに泣いていたが、その瞳から涙が零れなかった。ユリはその悔しさをかみ締めた。
「ユ、ユリ。これ、おいしいよ。ね、オリール」
「あ、ああ。よかったら食べさせようか?」
サクラとオリールは食卓の雰囲気を和ませようと必死に話をした。
「ありがとう」
ユリは笑顔を作り、相槌を打って答えたが、目は虚ろで笑っていなかった。
夕食を終えると、三人は後片付けをし、それぞれ風呂に入った。そして、夜が更けるまでリビングで話をした。
「パパ、遅いね」
ユリが時計を見ると、すでに日付が変わっていた。
「もう寝ようか?」
サクラは二人の顔を窺った。
「……そうだね」
オリールはユリを気にしながら答えた。
「じゃあ、サクラ一緒に寝よ」
ユリは目一杯明るく振舞うと、サクラと腕を掴んだ。
ユリはサクラを引っ張りながら階段を上った。
「オリール、おやすみ」
ユリとサクラは階段下のオリールに手を振った。
「おやすみ」
オリールは少し寂しそうに手を振った。そして、一階にある自分の部屋へと向かった。
部屋に戻ると、二人は一つのベッドに潜り込んだ。
「今日は疲れたね」
サクラはユリの肩まで布団をかぶせた。
「……うん」
ユリは気のない返事をした。
「どうかしたの?」
サクラはユリの顔を窺った。
「サクラって世話好きだよね。大人びているというのかな?」
「そう?」
サクラは照れくさそう笑った。
「うん。 ……そんなサクラに近づきたくて、何かにつけてサクラと競っていたように思う。それはサクラが自分より上であることを認めたくなかったからだったのかな? 私はただ、自分にサクラ以上の存在価値を見つけたかっただけなのかもしれない」
ユリの目線は自然と下に向いた。
「私が存在しているという証が欲しかっただけなのかもしれない」
ユリは平静を装って話したが、声が震えていた。
「何言っているの? ユリは確かに存在しているじゃない」
サクラはユリを強く抱きしめた。そして、ねっ、と微笑んだ。
ユリは感じなくなった温もりを思い返しながら、瞳を閉じた。
「明日は皆と一緒にいたいな」
ユリはつぶやいた。
「……おやすみなさい」
「おやすみ」
静寂に溶け込むように二人は眠りに就いた。
フライパンを叩く音が家中に響いた。
「ユリ、サクラ、いつまで寝ているの? もうお昼よ」
聞きなれた音に目を覚ますと、ユリとサクラはクスクス笑った。
「起きようか?」
「うん」
二人はゆっくりと体を起こすと、大きく伸びをした。一連の動作がまったく同じだったのが滑稽で二人は互いに笑った。
ユリたちを除く三人はすでに食卓に着いていた。
「早く食べなさい。食事を終えたら博士の墓参りに行くよ」
レウシアは疲れているのか、不機嫌そうな面持ちで言った。
「う、うん」
二人は恐縮しながら席に着くと、黙々と昼食に手をつけた。
食事を終えると、一同は休む暇なくシェリーの墓へと向かった。そして、墓の前に立つと、蘭は花を取替え、レウシアは墓の埃を払った。あらかじめ決まっていたかのように動く二人の背中からは機械じみた冷たさが感じられた。その光景をユリは黙って見つめていた。
「さあ、博士に祈りを」
レウシアの指示で皆は一斉に祈りを捧げた。
(博士、あなたは私に何を見せようとしているのですか?)
ユリは一番の疑問を問いかけ、耳を傾けた。しかし、当然何の返答もなかった。
ユリは祈りを長く続けていた。
一通り祈りを終えると、レウシアと蘭は片付けをした。
「私はまた博士の研究室へ行く」
レウシアの言葉を聞くと、ユリは呆れた顔をした。
「何でそばに居てくれないの?」
ユリは小声でつぶやいた。
「これからもずっとそばにいるよ。そのために調べなければならないことがあるんだ」
レウシアはため息をつきながら、目線をユリに合わせた。しかし、ユリはレウシアと目を合わせることなく、何度も首を横に振った。
「わかっているでしょう? 私だってわかっているんだ。これからなんてない」
「何てことを言うんだ」
レウシアはユリの顔を両手で押さえると、無理やり目を合わせた。
「私は今一緒に居たい」
ユリはレウシアの手を力一杯振り払った。
「私が消えたとして、こんな感情のこもっていない、機械的な祈りを捧げられたくない。私が消え、皆が私のことを思い出したとき、つらい思いをされるのではないかと不安なの。思い出さないようにされるのではないかと考えると怖くて仕方ない」
ユリは震える手を胸の前に組んだ。
「みんなの中で私は笑っていたい」
ユリは胸に支えていた思いを打ち明けた。すると、瞳からは零れるはずのない涙が零れ落ちた。
皆は言葉を失った。
「……すまなかった。しかし……」
レウシアの言葉を蘭は口元に手を当て、遮った。
「ごめんね」
蘭は涙を流しながらユリを強く抱きしめた。ユリはその温もりを感じ、いっそう涙を流した。
「調べることは子供たちが寝てからでもできるでしょう」
蘭はレウシアのほうを見た。
「……ああ。そうだな」
レウシアは大きく深呼吸をすると、穏やかな顔でうなずいた。
一同は墓参りをやり直すことにした。レウシアは丁寧に墓の埃を払い、蘭は花の見栄えがいいように何度もセッティングし直した。そして、一同は再び祈りを捧げた。
「……さあ、帰ろう」
レウシアはいつまでも手を合わせるユリに声を掛けた。
「うん」
ユリは穏やかな表情で返事をした。
ユリとレウシアは手を繋ぐと、歩幅を合わせて歩いていった。
シェリーの家に戻ると、皆で夕食を食べ、トランプゲームやボードゲームなどをして盛り上がった。
夜が更け、皆は一息ついた。
「明日、私たちの家に行こう」
ユリはためらいがちに口を開いた。
他の四人はうつむいて考えた。
「……行かないで欲しい」
意外にもオリールが真っ先に答えた。
「大丈夫だよ。そこで私が消えるとは限らないじゃない」
「……」
ユリは明るく振舞った。オリールは手を震わせ、静かにうつむいた。
(オリール?)
ユリは青ざめるオリールを見て首を傾げた。
沈黙が続き、重い空気が辺りを包んだ。そんな中、サクラはユリにゆっくり歩み寄った。
「もし、私が死ぬことでユリが助かるなら……」
「サクラ、ありがとう。でも、私はいずれ消えなければならない。それは人が死ぬのと同じこと。それに……」
ユリは言葉を詰まらせた。
「それに、人を殺す方法はいくつもあるけれど、私がサクラを殺せる方法なんて一つも思いつかないんだから」
ユリは声を震わせながら涙を流した。サクラはユリの心を揺るがせてしまったことを悔いた。
野鳥の声が闇夜に響いた。
「もう寝るね」
ユリはゆっくり立ち上がると皆に笑顔を送った。すると、皆も精一杯笑顔を返した。
「一緒に寝よう」
サクラも立ち上がると、ユリに手のひらを差し出した。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
二人は手を繋ぐと、両親とオリールと挨拶を交わし、階段を上がっていった。
レウシアは自分の非力さを悔やみ、テーブルに拳を打ちつけた。
部屋に入ると、二人は今日もまた一つのベッドで眠った。
(今日が最後…… いや、そんなことはないよね)
二人は決して言葉にできない想いを心の中で反復した。そして、静かに一日が終わりを告げた。




