真実ー2
二人はシェリーの家を出た。オリールの顔をまともに見ることができなかったユリは、小さく頭を下げた。
(存在したからには意味がある。いい言葉だ。しかし、私たちの存在している意味は……)
鈍い声がユリの頭に響いた。
ユリはレウシアの手を離すとシェリーの家のほうへ振り返った。そこには昔カナダの公園で見た、サクラを迎えに来た中年の姿があった。
「シェリー博士?」
レウシアはユリの言葉を聞き振り返った。すると、シェリーの家の前には年齢こそ若いものの確かにシェリーの姿があった。
(真実を知り、何を想う?)
(べ、別に何も想わない。今までどおり過ごし、刻が来たら消えるわ)
ユリは戸惑いを浮かべながらも頭の中でその存在と会話した。
(我々が消えなければならないと、なぜ決め付ける? 我々が本物で片側が偽者かもしれないのだぞ)
(どちらが本物かなんて関係ない。私はサクラに生きていて欲しい)
ユリは堂々とした面持ちで想いを伝えた。すると、その存在は呆れ顔を浮かべた。
(愚かだな。好きにするといい)
その存在はシェリーの家へと入っていった。
ユリもレウシアとともに急いでシェリーの家へと戻った。
「どうしたの? 忘れ物?」
勢いよく入ってきたユリを見て、リビングに居たオリールは目を丸くして尋ねた。
「ごめんね。勝手に入ってきて。博士はまだ研究室?」
「あ、うん」
オリールの言葉を聞くと、ユリは研究室へ目を向けた。
研究室で何かが割れる音がした。
「何の音?」
あたふたするオリールを尻目にユリとレウシアは慌てて研究室へ入っていった。
研究室には机の横で腰を抜かしたシェリーの姿があった。
「博士?」
レウシアが声を掛けると、シェリーはレウシアの横にいたユリを睨み付けた。
「化け物め。仲間を呼んだな」
ユリは辺りを注意深く見回した。すると、本棚の前に壊れた電気スタンドが落ちていた。
「私を殺しても何一つ解決しないぞ」
「そ、そんなつもりは……」
ユリは慌てて首を横に振った。
電気スタンドの上に、一昔前のシェリーの上半身が浮かび上がった。
「何が望みだ?」
シェリーが尋ねると、その存在は含み笑顔でシェリーを見下した。
(お前が存在する限り、私の存在は影となる)
ユリとシェリーの頭にだけ声が響いた。
「当然だ。貴様は存在すべきものではないだろう」
シェリーは自分の体を後方へ引きずらした。
(なぜ決め付ける? お前の記憶はお前が勝手に創ったものかもしれない。お前の感情もまた勝手に創ったのかもしれない。感覚も流れる血も……)
シェリーはその言葉を聞きながら、頭が錯乱し始めた。
「何を言っている? そんなわけないだろう」
冷や汗をかくシェリーの姿を見て、その存在は満面に笑みを浮かべた。
(お前は本当に生きているのか? 私を見ろ。この少女を見ろ。本物とされている者とどこが違う? 私の存在を否定すのことはお前の存在を否定することだとわからないのか?)
その存在がユリを指差すと、ユリは黙ってうつむいた。
「もう止めて」
ユリは悲鳴に近い声を上げた。
(愚かな娘だ。 ……まあ良い。今回はこれくらいで消えるとしよう)
その存在はニンマリ笑うと、空気に溶け込むように消えていった。
ユリの声を聞き、オリールが部屋に入ってきた。すると、その存在は静かに消えていった。
「大丈夫?」
オリールは一瞬見えた人影より、ユリの様子を気にかけた。ユリは青ざめた顔で小さくうなずいた。
シェリーは近くにある本棚から本を取り出すと、ユリに向かって投げた。
「出て行け。二度と顔を見せるな」
「おじいちゃん?」
オリールは腰を抜かしたシェリーを見つけると、駆け寄った。
「レウシア、お前もだ」
シェリーは鬼のような形相で言い放った。
「……わかりました」
レウシアはユリの手を引いた。しかし、力の入らないユリはその場で座り込んだ。
「ユリ」
「オリール。二度とあれに近づくな」
駆け寄ろうとするオリールの手を掴むと、シェリーはオリールを睨み付けた。オリールはたちまち恐縮し、その場で立ち止まった。
レウシアは黙ったままユリを抱き上げた。
「私たちの家へ帰ろう」
レウシアが優しく声を掛けると、ユリは涙を流し始めた。
「うん」
ユリは声を震わせながら返事をした。
ユリはしっかりとレウシアの背中に掴まると、二人はシェリーの家を出て行った。その後姿をオリールは歯がゆそうに見つめていた。
「どうしてあんなことを言ったの? 彼女は僕の大切な……」
「あれは人間ではない」
シェリーはオリールの言葉を遮った。
「何を言っているの?」
「一刻も早くここを出よう。飛行機の中で話す」
シェリーはオリールの肩を借り、ゆっくりと立ち上がった。そして、旅行のために荷造りしてあった荷物に研究資料などを入れなおした。
オリールは疑い眼でシェリーを見ながらも、渋々仕度をし始めた。
ユリは疲れたのか、レウシアの背中でうつらうつらし始めた。それを察したレウシアは背中を優しく揺らしながら、昔ユリに歌った子守唄を歌い始めた。ユリは懐かしさが込み上げ、照れくさそうに笑った。
「懐かしい」
かえって眠気が覚めたユリは背中に強くしがみつくと、一緒に歌いながら帰っていった。
家の前に着くと、ユリは背中から降りた。
「今までもこれからも何も変わらない。私たちは家族だ」
「うん。わかっている」
二人は玄関前で立ち止まると、互いの目を見て小さくうなずいた。
玄関のドアを開くと、朝食の香りが漂ってきた。
「おかえりなさい」
ドアが閉まると同時に蘭がキッチンから顔を覗かせた。そして、二人の顔を見ると、ユリがすべてを知ったことを悟った。
「ただいま」
健気に笑うユリの姿が両親の心を深く打ち付けた。
「おかえり。ご飯できたからサクラを起こしてくれる?」
「はーい」
ユリは元気に返事をすると、階段を駆け上がった。
「ユリは知ってしまったの?」
「ああ」
恐る恐る尋ねた蘭は、レウシアの言葉を聞いて愕然とした。そして、二人は顔を曇らせた。それからレウシアはシェリーの家であったことを簡単に蘭に説明した。
ユリはサクラの部屋に入ると、ベッドで眠るサクラの前で立ち止まった。
(本当によく似ている)
ユリは目の前にいる自分と瓜二つの存在を見て、複雑な顔をした。
(……私が偽者)
ユリがサクラに向かって言った気持ち悪いという言葉がそのまま自分に返ってきた。
「サクラ、朝だよ」
サクラの肩を揺するユリは、その手が首に向かう衝動に駆られた。
(信じられない。私、何を考えているの?)
ユリは自分の震える両手を見つめた。
サクラは目を覚ますと、ゆっくり体を起こした。
「おはよう」
サクラの声を聞くと、ユリは我に返った。
ユリは咄嗟に両手を後ろに隠した。
「お、おはよう」
ユリは慌てて笑顔を作った。
「朝ご飯できたって」
「そう。じゃあ、起きようかな」
ユリが手を差し出すと、サクラはその手を掴み立ち上がった。
二人がリビングに入ると、食卓には湯気たった朝食が並べられていた。
「おいしそう」
ユリは真っ先に自分の席に着くと、おかずの一品を指で掴み食べた。
「うん、おいしい」
ユリは先に座っていた両親に微笑みかけた。
サクラもつられるように席に着くと、同じようにおかずを食べた。
「うん、おいしい。でもいつもよりしょっぱいね」
サクラが言うと、一瞬空気が重くなった。
(……今日も味がしない。もう疑いようがないのかな)
ユリは静かにうつむいた。
「そ、そう。でもおいしいじゃない」
蘭は慌てて言うと、他のおかずを二人によそおい始めた。
味覚がほとんど無くなってもおいしそうに食べるユリを見て、蘭は目を潤ませた。
「ばか、泣くんじゃない」
レウシアは二人に聞こえないよう、小声で蘭に言った。すると、蘭は小さく何度もうなずいた。
朝食を終えると、四人はリビングにあるテレビの前でソファーに座った。
「旅行はどこに行きたい?」
レウシアが尋ねると、ユリとサクラは一斉にレウシアのほうへ顔を向けた。
「休み取れるの?」
「ああ。今の仕事が終わったら休みをもらえることになった。一週間後か二週間後になるけれど、早く終わらせるからどこかに行こう」
レウシアは二人に微笑みかけた。
「どこにする?」
サクラが尋ねると、ユリは旅行雑誌の内容を思い浮かべた。
「海外? 国内?」
サクラが尋ねると、ユリは両親の顔をジッと見た。
「私、カナダに行きたい」
ユリの言葉を聞くと、両親は目を見合わせた。
「それは駄目だ」
レウシアは慌てた様子で答えた。それに合わせて蘭は何度もうなずいた。
重い空気が張り詰めた。その中でユリは決して目を逸らすことなくレウシアの目を見ていた。
「……私なら大丈夫だよ。だからカナダへ行こう」
「そうじゃないんだ」
張り詰めた空気を裂くようにサクラが口を開いた。しかし、レウシアは睨み付けるようにサクラを見た。
「ごめんね、サクラ。あなたにはつらい思いをさせてしまった」
ユリの言葉を聞いてサクラはハッとした。
「もしかして……」
「十五年が過渡期なんだって。私、消えるんだって」
沈黙が続いた。すると、突然ユリは自分のことを鼻で笑った。
「ドッペルゲンガーなんかにされていたんだから辛かったよね」
ユリは明るい口調で続けた。すると、他の三人はたちまちうつむいた。
「辛くなんてないよ。ユリがいてくれて心強く思ったし、今だって幸せなんだから」
サクラは悲しい顔をしながら訴えかけるように言った。それを聞くと、ユリは何度もうなずいた。
「私もだよ。幸せだよ」
ユリはサクラのほうを見て微笑むと、ユリは再度レウシアのほうへ振り返った。
「大丈夫だから。だから……」
「駄目だ」
レウシアは断固として譲らなかった。カナダへ行ったらユリと別れなければならない気がしたからである。サクラも蘭も同じ気持ちであった。
「二人とも消える必要はない」
レウシアは強く言うと席を立った。
「どこへ行くの?」
「部屋で博士の研究データを分析している」レウシアは蘭に答えると、顔を強張らせたまま部屋へと戻っていった。
残された三人はただうつむいた。
「二人とも?」
一つの疑問をサクラは口にした。
「私が消えればユリは助かる?」
ユリは首を横に振った。
「そうじゃないの。あなたと私が消えるか、私が消えるか」
ユリが答えると、蘭は静かにうつむいた。
「どういうこと?」
「博士の家で聞いたこと、起こったこと、一から話すわ」
ドッペルゲンガーについてシェリーに聞いたことから、ユリがドッペルゲンガーであることを知ったこと、シェリーのドッペルゲンガーが現れたことなど、ユリは落ち着いた顔をして坦々と話した。しかし、サクラはその顔がどこか哀愁を帯びているように感じた。
話を聞き終えると、サクラは遠くないだろう別れを感じ愕然とした。
「……どうしよう」
「仕方ないよ。刻が来るまで今まで通りに暮らして、刻が来たら私は静かに消える」
ユリは心を決めていた。その姿を見てサクラは言葉を失った。すると、蘭が二人に歩み寄った。
「大丈夫よ。何か打開策があるはずだから」
蘭は二人の頭を撫でた。ユリは子猫のように手のひらに頭をすり寄せると、蘭に抱きつき甘えた。
「パパを信じているよ。でも、こう言っておいたほうが、気が楽なの」
「……大丈夫だから」
ユリは本音を洩らした。蘭はユリを抱きしめると、サクラも抱き寄せた。そして、二人は蘭の腕の中で目を合わせると、互いの気持ちをごまかす様に笑った。
四人で昼食を食べ終わると、ユリとサクラは各々の部屋へ行き、両親はレウシアの部屋でデータの分析を行った。
夕食後も同じことが繰り返された。時折ユリとサクラはともにテレビを見たが、その他は各々の部屋で過ごした。そして、二人は夕食後に両親の顔を見ることはなかった。
(私のせいで家族は疎遠になってしまった。限られた時間、少しでも長く居たいのに)
ユリは部屋で一人、気を沈めた。




