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一年生

 今日の昼休み、恵輔は化学準備室で松沢先生に昨日であった彼女のことを尋ねてみると、担当しているクラスでは無いようで知らなかった。しかし、近くにいた他の教師が知っていて、クラスを教えてくれた。

「二組なんですね。北校舎じゃ、見かけないわけですね。」

 恵輔は納得したようにうなずいた。


 この学校の校舎は上から見ると『ロ』の字型をしている。

 東校舎は二階建てで一階部分は事務室、昇降口、売店とテラスになっている。昇降口の真ん中にあるテラスからは中庭にでることができる。二階部分は校長室、職員室、来賓室、会議室といった教師が使う部屋の他、放送室、印刷室といった生徒が使う実務関係の部屋がある。ちなみに生徒会室もここにある。

 

  西校舎は一階は、保健室、更衣室、宿直室、委員会室などがあり、3階は図書室関係のみ、4階は視聴覚室、美術室などがあり、5階は音楽室と書道室が置かれている。


  そして、南北校舎は3階4階は普通教室がある。南側は1年1組から4組および三年生の教室が、北側は1年5組から8組および二年生の教室が置かれている。北校舎一階は調理室と被服室、南校舎1階は文化部の部室になっている。2階については西校舎を含めすべてが特別教室で、北側は生物室、化学室と各準備室。西側は社会科準備室および国語準備室、英語準備室、南側は数学科の準備室、物理室と物理準備室になっている。

 階段は南北校舎の東端、南校舎の両端にあり、すべての校舎がそれぞれの階でつながっているので、移動は楽である。


 一年二組の佐々宮志穂は南校舎、北校舎の二年五組の四条恵輔とは教室移動の時しか会う機会は無いだろう。あとは昨日のように昇降口だけが接点である。

 クラスが判ったので4階にある一年二組の教室に向かったところ、いつものように視線を感じたが、気にせずに進む。三月までは一年一組だったため毎日通っていた廊下である。

 しかし、さすがに教室に入る事はできず教室の前にいた男子生徒に声をかける。

「佐々宮さん呼んでもらえるかな?」

 急に長身で見目麗しい上級生に声を掛けられて驚いている彼は、初々しさを残している外見である。一緒にいた男子生徒もぽかんと恵輔の顔を見上げた。こちらは運動部らしい外見をしていた。


「佐々宮さんって、このクラスだよね。違ったかな?」

 首を少しかしげて見ると、近くにいた女子生徒たちが顔を紅くして話しかけてきた。

「佐々宮さんなら、お弁当食べた後、どこかに行きましたよぉ。」

「佐々宮さんに何か伝えしょうかぁ?」

「先輩の名前とクラスを教えてください。わたし佐々宮さんの友達で……といいますぅ。」

「わたしの名前は……ですぅ。」

 語尾の後ろにハートマークが付いていそうな話し方である。気がつくと女子数人にまとわりつかれて、恵輔は困ったように手を振った。だんだんと顔が強ばってくる。

「い、いや、えーと、」

「ちょっと退けよ、先輩と話しているのは、俺たちなんだから。すんません、先輩。お前ら、ついてくんなよ。」

 始めに声を掛けた初々しい男子学生が、恵輔の腕をひいて、階段の方へ向かう。すぐ後ろに運動部らしい外見の男子がついてくる。


 階段に着くとすぐに手を離して、ペコリと頭を下げた。

「すんません、俺らがすぐに応えなかったから。大丈夫でしたか?」

「ああ、助かったよ。今年の女の子たちは元気だね。」

 何とも云いようのない顔で恵輔が言うと運動部少年が、笑った。

「一年生歓迎会の時、司会をしているのは誰だって女子たち大騒ぎだったんですよ。知りませんでした?」

「そうそう、他の生徒会役員の人は生徒会長から紹介されたのに、司会の人だけ紹介されなかったから。っと、俺は川原達郎です。こっちは結城怜。」

「結城です。よろしくお願いします。」

 急に改まって自己紹介をする川原たちをみつめて、少し微笑む。

「こちらこそ、よろしく。四条恵輔です。生徒会の書記をしている。…もうすぐ予鈴だね、戻らないと。じゃあ、ありがとう二人とも。」

 腕時計を見て、手に持っていた袋を持ち直しくるりと階段を下りていった。2階まで降りて教室に戻るようだ。その方が安全だろう。


 すっきりとした後ろ姿を見送って、結城が呟いた。

  「……、生徒会長が、先輩だけ紹介しなかったのが何となく判った。」

「俺も判った。先輩が生徒会室にいるのが判ったら、たぶん一年女子が押しかけてきて、仕事にならないからじゃないか?」

「役員の人たちって、みんな芸能人みたいだったけど、四条先輩は系統が違うよね。」

「古典の絵巻物から出てきたみたいだよな。絵のまんまじゃなくて、イメージって云うの?光源氏ってあんな顔だったと思う。」

「光源氏……、確かにそうかも。女の人を侍らしたりはしないだろうけど。」

「そうだな、どっちかっつーと、遊びでつきあったりしないんじゃねーか?」

 川原は先程の会話から、たいていのことは受け入れそうだが、真ん中に一本芯が通っているように感じた。結城も同じ事を思ったのだろう。

「洋服も似合うけど、和服の方が似合うかも。頼朝とかが着ていた着物とか。」

 二人は、想像してみて、頷いた。川原がしみじみ言う。

「似合いすぎるかも。」

 同時に吹き出しとき予鈴が鳴った。二人は周囲と同じように教室へ慌てて戻っていった。

 その後数日間、二人はクラスの女子に文句を言われたのだった。


 


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