噂
中間テストが終わって一週間が過ぎた。
三時間目が終わり次の授業のため、化学室に友人達と向かっているときのことである。
「恵輔、会長からの連絡。今日の役員会は中止で、代わりに明日だって。」
生徒会副会長の嵯峨原崇一が話しかけてきた。
「判った。誰かに伝える必要はある?」
「うーん、さっき相川には話したから、大丈夫。」
クラスの友人達は立ち止まって待ってくれているので、了解の印に恵輔は手を上げて行こうとしたら、その手を捕まれた。
「おまえ、斉藤亜由美って知っているか?」
「去年同じクラスだったけど?」
チラリと周りを見て、コソッと耳元で尋ねられ、首をかしげながら答える。長くなりそうなので、クラスメイト達に先に行ってもらうよう合図する。
斉藤亜由美--出席番号の関係で席が近く、割と話をしたことがある。クラスが変わってからも会えば挨拶ぐらいはする仲だ。陸上部で明るく分け隔てないうえ美人で男子に人気がある。
「彼女がどうかした?」
「うーん、仲良い?」
「……普通だと思うけど?」
「今日、帰り少し良いか?」
いきなり話が変わり、パチパチと瞬きした。
「生徒会室?」
「いや、テラスで待っててくれ。」
崇一は校内で話したくないときに恵輔の使う駅まで一緒に帰ることがある。普段はバス通学だが、恵輔と同じ路線の駅からもバスが出ているので、一緒に寄り道をすることもある。バス利用、駅利用どちらを使っても時間的な差が無いという場所に家があるらしい。行ったことはないため、本当のことは判らない。
「じゃあ、帰りに。」
今度こそ、恵輔は片手をあげて化学室に向かった。急がないと授業が始まってしまいそうだ。
見送った崇一が大きくため息をついたことは気がつかなかった。
曇っているためか、今日は少し肌寒い気がする。崇一と並んで歩きながら、恵輔はふと思った。
何か話があるのだと思ったのだが、崇一は何も言わない。
もちろん黙っているわけでは無く、昨夜見たテレビ番組のことや今日の出来事など、話はする。ただ、そのような話のためにわざわざ一緒に帰ることは、崇一に限ってない。
「話がある。」
切り出したのは駅前のカフェに落ち着いてからである。
「おまえ、斉藤亜由美とつきあっているのか?」
恵輔は危うくコーヒーを吹き出しそうになった。
「なんだそれ?!どこからそんな話がでてきたんだ?!」
「……だよなぁ。俺も聞きたいよ。」
じっと恵輔の様子を見て、崇一は大きく息を吐いた。
「あいつ、お前の好みのタイプじゃないもんなぁ。聞いたとき変だと思ったんだよ。」
ウンウンとうなずきながら、崇一はアイスコーヒーを飲む。
恵輔はそれどころではない。何がどうしてどうなった?という気分である。がしがしと珍しく頭をかきむしる。
「崇一は誰に聞いたの?」
「んー?範子から。」
「相川?お前らやっとうまくいったのか。いつから。」
「ゴールデンウィーク後から。やっとOKもらった。」
去年入学してまもなく恵輔と崇一と範子の三人は生徒会に勧誘された。三人はクラスは違うがそのときからのつきあいである。崇一からは早い時期に範子に好意を持っていることを打ち明けられていた。一方で範子が崇一を意識していることは、恋愛の機微に疎い恵輔でも気がついていた。
「良かったな。おめでとう。」
「ありがとう。なんか変な気分だな。」
コーヒーカップとアイスコーヒーのグラスをカチンと当てる。崇一は少し照れているようだったが、何のためにカフェに入ったのかは覚えていた。
「で、範子が噂を聞いてきたんだ。あいつが聞いたぐらいだから、相当広まっていると俺は考えている。」
恵輔は真剣な表情の親友をじっと見つめた。ユーモアのある崇一がこう言う顔をするときは、何か問題があるときである。恵輔も表情を改めた。
「まず噂の内容な。これはさっき話したとおりだ。『四条恵輔は斉藤亜由美と交際中である』というもの」
「全く身に覚えがない。」
「次にその噂が何で本当のことのように広まったかだ。」
「単に面白そうだから、じゃないのか?」
崇一は他人事によう言う恵輔に首をふった。
「違う。誰かが広げているからだと思う。俺は噂の当人だと考えている。」
恵輔はまじまじと目の前の崇一を見つめた。噂になっているのは二人。恵輔自身は絶対に違う。となれば、広げているのは、考えるまでもない。
「何の、ために…?」
「それはわからないが、嘘から出た誠にしたいんじゃないかと範子は言っていた。」
コーヒーを飲むとものすごく苦い。
「派生した噂では、お前から告白したことになっている。一緒に帰ったことは?」
恵輔はため息をついた。
「一度、本屋によるからって一緒になったことがある。」
今度は崇一が頭をかいた。
「何でそれが告白して一緒に帰ったことになるんだ?俺には全くわからない。」
「僕の方こそ知りたいよ。他にも一緒に帰った女の子はいるのに、そっちは噂になんてなっていないし…。」
恵輔はテーブルに突っ伏した。彼女との噂なら嬉しいかもしれない。と茶色味がかった髪の下級生を思い浮かべる。
「なんだ、恵輔にも春がきたのか?」
崇一の好奇心一杯の声に恵輔はガバリと顔を上げた。心なしか、頬が熱いように思う。
目の前の親友はニヤニヤと人が悪そうに笑っていた。
どこかで茶色味がかった髪の後輩が困ったように微笑んだ気がした。




