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昇降口

初めて投稿します。つたない文章ですが、よろしくお願いします。

 どこかでピアノの音がする。

 優しい調べが夕方の校舎の空気を振るわせている。

 


 昇降口を出たところで、一人の男子学生が空を見上げていた。すらりとした姿は姿勢が良く、学生服を着ているのにもかかわらずモデルのようである。

 ため息をついて頭を振ると癖のない漆黒の髪がさらさらと揺れる。長め前髪の合間から見える瞳も漆黒である。涼しげな目元にすっきりとした鼻梁、そこらのアイドルよりもきれいな顔立ちだ。雨で煙る校舎前に佇んでいる姿は、優雅ですらある。

 しかし、本人はほとほと困り果てていた。

「こんなことなら、崇一に待っててもらえば良かったかなぁ。でも、あいつも傘なかったかも…。」

 ぶつぶつつぶやきながら、四条恵輔は20分ほど前のことを思いだしていた。


 中間テストの一週間前から部活動は禁止になる。が、生徒会役員は、なぜか役員会を開いていた。秋に控えている文化祭の準備である。生徒会長を除く役員全員が「なんで今日なんだ?」という疑問を持っていたが、誰一人として口にしなかった。

「だから!今年のテーマは去年よりももっと勢いがあった方がいい!」

「そんなことは、わかっているわよ。だからといって、勢いだけというわけにもいかないでしょう!私が言いたいのは…!」

 生徒会室の一番奥、窓に一番近い席で言い合っている二人。役員全員がそろう前から争っていたらしい。らしいというのも始めを誰も見ていないからである。

 大柄のスポーツマンタイプの男子学生が生徒会長、柏木直人生徒会長で、三年生である。一年の後期から現在まで生徒会長をしている。途中選挙はあったものの見事再選を果たした。顔ヨシ、頭ヨシ、運動神経ヨシの三拍子がそろった無敵の生徒会長である。なので、校内にはホントかウソかファンクラブがあるらしい。

 対する女子生徒は、大塚美波書記、三年生。会長と同じく一年の後期から生徒会役員をしている。活動的なショートカットで、他の役員をこき使う姿は女王様のようである。「それがいい」とうっとりとする生徒がいるとかいないとか、こちらも校内にファンクラブがあるらしい。

 無敵会長と女王様書記の争いはいつものことである。なぜかこの二人、三年間同じクラスのうえ、同じ中学出身でついで云えば恋人同士であったりする。学校の七不思議である。


 ぼんやりと二人の様子を見ていた恵輔は他の役員が自分を見ているのに気がついた。首をかしげて隣に座っている副会長で同学年の嵯峨原崇一を見る。

「あれ止めてくれない?」

 崇一は言い争っている先輩二人をあごで指した。恵輔がもう一人いる三年生役員を見やると、渡辺彰会計は拝むような仕草をして、こちらを見ていた。恵輔はため息をついた。

 周りを見るともう一人の二年生、相川範子会計も済まなそうに見ている。その隣の文化祭実行委員長三年生、垣原雄二もさらに隣の副委員長で二年生の須藤明宏もこちらを拝んでいた。

 恵輔は深々とため息をついた。なんで僕がと思ったが、口にしたところで意味はない。恵輔は、女王様と同じ書記をしている。二人の間に立つのはいつものことであった。

 「柏木先輩、大塚先輩。このまま話していても決まりませんから、また次回までに幾つか案を考えてきて、その中から決めましょう。もうすぐ六時になりますから、昇降口が閉まります。」

 恵輔の静かだがよく通る声で、無敵会長と女王様の言い争いはぴたりと止まった。二人は鏡のように同時にいすに腰を下ろす。

 「…わかった。次回はテスト最終日、HR終わり次第ここに集合。午後にもかかるはずだから各自昼飯の用意をしてくること。」

 柏木の言葉を聞いて恵輔が手を上げる。

 「すみません。翌日の土曜から試合なんで、僕は欠席します。」

 柏木と大塚を除いた全員が焦ったように恵輔を振り返った。「二人を止める安全弁がいないなんて、大変なことになる」と顔に書いてあったが、恵輔は気づかないふりをする。

 「わかった。頑張れよ。」

 「応援には行けないけど、頑張ってね。さぁ、帰りましょう。」

 いつの間にか帰り支度を済ませた大塚が立ち上がると、それを合図にみんな動き出す。最後に柏木が部屋を出て、鍵を掛ける。


 何となく窓の外を眺めていた恵輔は、崇一に声を掛けられて我に返った。

気がつけば、少し離れたところに崇一が立っているだけで、他のメンバーはすでに階段を下りているようだった。

 小走りに階段にたどり着くと、上の階から降りてきた人物に声を掛けられた。

 「四条、ちょうど良かった。おまえのクラスの日誌がまだなんだ。化学準備室にいるから持ってきてくれ。」

 化学教師の松沢は、去年からの担任であり、恵輔を生徒会に引き込んだ人間である。ついでに恵輔一人の部の顧問を引き受けてくれた人物でもある。気心が知れているとはいえ、頭が上がらないのである。

 「あーっと、わかりました。崇一、先に帰ってくれ。」

 「待ってようか?」

 「いや、いいよ。どうせ校門までだし、また明日な。」

 踊り場で待っていた崇一に声を掛けて、恵輔は廊下に戻りつつため息をついた。

 日誌を届けた後、来週の試合の件で少し話をして松沢と分かれた時には六時を回っていた。靴を履き替えて昇降口を出たところで、雨が降っていることに気がついたのであった。

 そして始めに戻る。


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