雨
恵輔は空を見上げた。まだ当分は止みそうにない。校舎内にはテスト前のため人の気配はない。オートロックの昇降口の明かりはとうに落ちている。職員通用口は校舎の反対側にある。あちらに行けばインターフォンで入口を開けてもらえるはずだが、職員室に人がいるかはわからない。ほとんどの先生は教科準備室で仕事をしている。化学の松沢先生は職員会議の時しか職員室に行かないとか、云っていたことがある。
駅まで15分。途中にコンビニはない。走っていくかと覚悟を決めたとき、横の扉が開いた。驚いてそちらを見つめているうちに、茶色みがかった髪を両脇でお下げにした小柄な女子生徒が扉を閉めた。
「あ…」
思わずもれた声に鞄に手を突っ込んでいた女子生徒がビクリとして、体勢を崩した。
「あぶない!」
転びそうになった彼女の腕をつかんで支えて、ほっと息を漏らす。自分のせいで転ばせて、相手にけがをさせたりしないで良かった。
「大丈夫?」
「は、い。……あ、の、手を…」
彼女はうつむいたまま、はずかしそう小さな声で言う。
「あ、ごめんね。」
恵輔が慌てて、手を離すと初めて彼女は顔を上げた。ちょっとだけ息をのんだ。
透けるような白い肌に長いまつげに縁取られた大きな瞳、ちょんとした鼻、小ぶりの唇はきれいなピンク色に色づいている。大人しそうな雰囲気ではあるが、まっすぐに恵輔を見上げてくる。
「ありがとうございました。それじゃあ、さようなら。」
にっこり笑って、折りたたみ傘を広げて三段ほどの階段を下りて門に向かって歩き出した。恵輔が何となく水色の格子柄の傘を眺めていると、彼女はふりかえり、戻ってくる。
階段の下までたどりつくと、恵輔を見上げて話しかけてきた。
「同じ駅なので、一緒に帰りませんか?」
恵輔は眉を寄せた。一人でいると知らない女子が寄ってくる。そういう女子ははっきり言ってうっとうしい。べたべた腕や肩に触るし、会話が成立しない、そのくせなれなれしい。この一年生―見慣れた顔ではないし、制服が真新しいため―も同じだろうか。
黙っている恵輔をみつめて、彼女は首をかしげた。
「あれ?どなたかと待ち合わせでしたか?…でも先生は私が最後って言っていましたけど…?」
「え?」
彼女はお下げの先をいじりながら、尋ねてくる。
「…傘、持っていますか?」
恵輔は瞬きした。時計を見ると六時半を過ぎたところである。
「実は、持っていないんだ。駅まで入れてくれると助かるんだけど、いい?」
「もちろんです。どうぞ。」
恵輔は彼女が掲げる水色の傘の中にするりと入ると、彼女の手から傘を取る。男子の平均身長以上ある恵輔とでは身長に差がありすぎて、つらそうだからである。
歩道のない道を歩きながら、恵輔は自己紹介した。
「僕は二年の四条恵輔。君は?」
「一年の佐々宮志穂です。四条先輩は、生徒会の方ですよね。新入生歓迎会で司会をされていた…?」
志穂は左肩に通学鞄を掛け、胸の前で少し大きめの手提げバックを両手で抱えて、恵輔を見上げくる。上目遣いが何となく可愛らしい。
「あれは忘れてほしいなぁ。僕の仕事じゃなかったのに急に押しつけられて、うまくできなかった。」
何となく視線をそらして、応じると後ろから車が来るのが見えた。端によって車をやり過ごす。近寄ったせいか、ふわりと志穂から良い香りがしたように感じた。
恵輔は、変質者のようだと自分に突っ込みたくなった。
「えぇ?あんなに上手だったのに?私だったら、混乱してとんでもない事になっていそう。」
首を振る志穂を見てクスリと笑ってしまった。くるくると表情が変わるのが、可愛らしい。妹はいないが、いたらこんな感じだろうかなどと思った。
初対面なので、会話は弾まなかったが、ぽつりぽつりと話すのは楽しく、駅までの15分は短かった。




