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魔法少女のユメのあと  作者: ミディア


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第0話 炎の中で

初投稿になります。

楽しんでいただけますと幸いです。

熱。


接触した途端に意識できたのはそれだけだった。


肌の表面で空気そのものが燃えている。汗が滲むより先に、毛穴の入口で水分が蒸発する。息を吸い込むと、肺の奥まで干からびていく感覚があった。瞬きするたび、眼球の表面がかすかに軋む。鼻の奥に焦げた砂のような匂いが流れ込んでくる。


純粋で暴力的な熱。


視界。


オレンジ、赤、白。三色の境目が煮溶けた炎の渦が、世界をまるごと埋め尽くしていた。空気そのものが燃えている。


そして、手元。


私と炎との間に、青白く輝く障壁が一枚。


()()()()()を編み上げた最大強度の防御魔法。八年ぶりに本気で組んだ障壁がまだ砕けずに耐えている。


あくまでも、()()、だ。


「……っ」


歯を食いしばる。


奥歯の軋む音が自分の頭蓋の中で響いた。


炎そのものは障壁が遮っている。けれど、熱は別の話だった。空気を焦がすこの熱は、障壁の表面を撫でるように這って隙間からあるいは障壁そのものを貫通する形で、ゆっくりと確実に背後へ流れ込もうとしている。


振り向く余裕はない。


振り向けば、前方への集中が一瞬でも緩んでしまう。緩んだ瞬間に障壁は崩れる。


振り向かずとも背後に何があるかはよく分かっていた。


直樹。悠真。徹さん。


地下に避難していたのに、外に出てきてしまった三人。その三人を追うようにして駆け戻ってきた、由衣、亜梨沙、翔真、真凜、教授。そして、少し離れた場所にはもう一人の魔法少女、エルナがいる。彼らの存在が私の魔力に絡んで、はっきりとした感触で伝わってくる。


後ろの皆には別の魔法を張ってあった。温度変化を遮断する薄手の結界。


正面の障壁さえもっていれば、それで十分だったはずだ。


——しかし、もう限界だった。


障壁に、ぴし、と乾いた音が走った。


ガラスが割れる直前に立てる、硬くてごく小さな音。それが幾筋にも増え、線が枝分かれし、網のように障壁全体を覆い始めていく。


砕ける。


魔力の流れを脳裏に展開する。守護の式の中核、構造の根幹部分。修復不可能な亀裂が術式そのものに入っている。


背後の薄い結界では、正面の炎を一秒たりとも止められない。


ほんの一瞬で皆の身体が灰になる。


「——駄目、だ。」


唇が乾ききっていて、声はかすれた。それでも、頭の内側ではっきりそう叫んでいた。


それだけは、駄目だ。


考えろ。


考えろ、立花奏。


()()()()として戦うのであれば、魔力を練り上げ、身体を動かせ。そして、勝つための思考を止めるな。


「……っ!」


——ひとつ、方法がある。


すでに発動している、背後の結界を利用する。


発動済みの魔法式そのものを書き換える。


新しく魔法を発動するのではない。今そこに展開している式を再利用する形で、新しい式を上書きする。正面の防御魔法までとはいかずとも、残りの炎ぐらいは防ぐことが可能な防御魔法へと丸ごと差し替える。


ゼロから組み直すよりは早い。


魔法とは、魔法少女が唱える呪文名と捧げる魔力を入力とすることで、あらかじめ決まった事象が出力される。ここまでが魔法少女の共通認識だ。


では、その途中の処理はどうなっているか。


魔法は入力に基づき、オートで魔法が組みあがり、出力される。


ただでさえあまり研究が進んでいなかった魔法だ。"そういうモノだ"という認識が当時は当たり前だった。


しかし、大学でプログラミングを学んだことで、その問いに気がついた。プログラムが実行されている最中の演算処理について、嫌というほどエラーと向き合ってきた。だからこそ、魔法の内部処理に目を向けることができた。


瞬間的な魔法ならばそこまでだが、障壁のような持続型のタイプであれば、発動している間は魔法はプログラムを実行している状態と変わらない。


つまり、実行中のコードにパッチを当てるように、発動中の魔法を別の魔法に書き換えることは可能だ。変数を差し替え、関数を上書きし、出力先を再定義する。


この戦いの中でも、発動前に既存魔法の魔法式を書き換えることは実践してきた。


だが今回は単純な強化ではなく、障壁効果を熱の遮断から炎の遮断に書き換える必要がある。内部構造を解析して、防御魔法の式に書き換える。その全工程をなるべく正面の障壁を維持しながら、可能な限り素早く完了しなければならない。


「……それでもやるしかない。」


声が震えた。


障壁が突破されて、後ろの結界が形を保っていられるのはおそらく一秒未満。


障壁が破られるまであと数秒。その短い間に書き換えが間に合うかなんてわからない。


それでも——。


目の前の障壁に限界を伝える亀裂が、ぴしりと走った。


私は振り向いた。


正確には振り向きながら、片手を背後へ伸ばしていた。仲間たちを包んでいる結界へ。


銀白の長い髪が熱風に煽られて頬を打つ。


結界を炎を遮断するための魔法へと書き換えを開始する。


急いで張った即席の結界だ。内部構造が荒い。


構造を読み取る。変数を確認する。書き換え先の式を頭の中で組み立てる。


——()()、あいつに殺させてたまるか…


——もう一度繰り返すために、生きていたわけじゃない…!


そのとき、


ばりん!


前方の障壁が、砕けた。


青白い光の破片が散り、一瞬の空白が生まれ、そして——最初に熱が来た。


灼熱の奔流が視界を埋め尽くし、私の身体を飲み込んだ。衝撃が全身を叩き、足が地面から浮きかける。羽織の裾が燃え、藍色の布が炎に溶けるように崩れていく。()()が本能的に伏せられ、()()が逆立った。


書き換えは——まだ終わっていない。


あと瞬きの間ぐらいには到達するであろう炎を予期して私は歯を食いしばる。


私の身体が焼かれている間に。


この心臓が動いている間に。


——間に合わせる。


間に合わせなきゃ、誰が皆を守るのか。



——十二時間前。


僕の一日は、いつもと同じように始まった。

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