演目33 セシリア
カエサルの魔法を見てから翌日。
『登校後、魔法少女活動室に集合!』
と、早朝にブロンドさんからトコトークで連絡があった。
何のことかと思いつつ、雨上がりの澄み切った晴れ空の下を歩き、朝食としてダブルドナルドに寄ってから登校。
魔法少女活動室のドアを開ければ、既に五人が集まっていた。
奥の執務机にいるマコトはハーブシガーを吹かしている。
「……おはよう」
厳粛とした雰囲気で重苦しいので挨拶してみた。
誰も返してくれない。
一番挨拶してくれそうなマシロは耳と尻尾が垂れて不安そうにこっちを見ている。俺に助けを求められても困る。
「ネロ。とにかく座ってくれ」
「あっはい」
ブロンドさんに言われて部屋の中に入り、いつの間にか二人分の机と椅子が増えているのは気にせずに定位置に座ると、ブロンドさんは軽く咳払いしてから言った。
「朝早くから集まってくれたこと、感謝する。魔法少女協会の方から、マコト、ネロ、マイカの三人が遭遇したとされるもう一体のリリスについて分かったことがあると報告があった。奴はおよそ一カ月前――夢野マホロが死んだのとほぼ同じ時期に行方不明になっていた魔法少女だ。名前はミラ・ヴァレンタイン。空間を操る魔法少女で、ヨーロッパの協会本部に籍を置いていた。私もマコトも、マホロも会ったことがあるベテラン魔法少女だ。どうして彼女がリリスになっていたのか、今まで何故気付かなかったのか……支部長と副支部長、ココンの見解では、本部の隠蔽、協会に所属していない野良魔法少女の存在、未確認のリリスの存在という、三つの可能性を挙げている」
気になるワードがあったので手を挙げる。
「あの、協会に所属していない魔法少女ってあり得るんですか?」
「あり得る。魔法少女はココンと契約することで神々から力を与えられている。その力は奇跡に等しく、得た力によってはココンすら認知しない魔法少女が現れても何らおかしくはない」
「並行世界や未来から来た魔法少女とか?」
「その可能性もある」
あるんだ。
例えとして言ってみただけなのに。
「とにかく、事態は思った以上に面倒なことになりそうだということは頭に入れておいてほしい。以上、解散」
……あれ? 対策とかは?
疑問に思ったが、マコトもブロンドさんもさっさと立ち上がって教室から出て行き、セシリアも続いて出て行ってしまった。
「マイカ、どう思う?」
「さぁ? 先輩たちに何か考えがあるんじゃない? 囮とか、敵を逃がさない為の罠を私たちに知られないように構築してるとか」
「なるほど。マシロはどう思う?」
「わかんない!」
「そっかー」
とりあえずマシロの頭を撫でておいた。気持ち良さそうにしてくれる。
ああ、癒される~。
今日も学校が終わり放課後。
校門を出たところでカエサルはこの件を知っているのか気になって、早速名刺を見つつ電話をしてみた。
三コールで出た。
『カエサルだ。お前は?』
「どうも、皇ネロです」
「ネロか! どうしたんだ? デートのお誘いか? それとも仕事の話か?」
なんか声のトーンが一気に高くなったな。
「デートはそのうちするとして、電話したのは後者の方」
「……簡単な話か?」
「ああ。ミラ・ヴァレンタインって魔法少女は知ってる?」
『……大した調査能力だ。流石は世界一魔法少女が多い国だな』
「そりゃどうも。で、どうなの?」
『知ってる。我々は彼女を追って日本へ来た』
知っていたのか。なら野良魔法少女じゃなくて本部の隠蔽?
何故?
隠すメリットが皆無だ。面子の問題もあり得るが……。
「じゃあ、日本の要請を受けて来たというのは?」
『それは本当だ。我々にとっては都合が良いタイミングだったから受けたに過ぎないがな』
「なるほど。情報を共有して協同で動く気は?」
『今のところはない。だがまぁ、同じローマの偉人の名を持つお前には教えよう。現在、我々はミラが潜んでいると思われる東京を調査中だ』
「は?」
なんで勝手に入ってんの!?
それなら足並み揃えようよ、その方が安全だし効率がいいだろうに。
『来たければくるがいい。だがセシリアは連れて来るな。あいつは教皇直属の魔法少女で、日本へ来たのだって何か密命を帯びている筈だ』
「はぁ?」
いきなりそんなことを言われても……どっちを信じればいいんだ?
『とにかくセシリアには気を付けろ。最近の魔法少女協会も教皇庁も――」
何故か、電話がブツリと切れた。
「カエサル? いいところだったのに……とりあえずブロンドさんに相談しよう」
「さっきぶりデスね、ネロ」
「セシリア……」
光の翼を生やしていたセシリアが着地し、翼を消してこちらに近づいて来る。
カエサルの話を聞いたから、どうしても警戒してしまう。
「君は街の調査に出掛けた筈では?」
「調査は終わりました。今日からは誰かと行動を共にできるかと」
「そうか。残念だけど、今日は用事があるから私は付き合えない」
「そうデスか。それは残念デス。あっ、パンとぶどうジュース、おやつにいりませんか?」
魔法少女特有の収納術で、何処からともなく美味しそうな大きいコッペパンと紙パックに入ったぶどうジュースを差し出して来た。
魔法が付与されているらしいが、得体のしれない効果が混ぜられているかもという不信感があるので、受け取らない。
「遠慮しとく。そういうのは必要な人に渡してあげてくれ」
「……そうデスか。では、あなたに必要なので食べさせてあげますね」
「何故そうなる!?」
セシリアがパンを小さく千切ると、口に向かって手を伸ばして来たので大きく下がった。
「これは主の肉と血デス。食べれば恩寵に預かれます。これから皆さんはリリスと戦うことになるのデスから、少しでも力をつけてほしいと思いまして」
「余計なお世話だよ。私は私の力だけで充分さ」
自分の意思を示すように、警戒していると表すように、瞬時に出したハットを被りステッキを持ってポーズを決める。
「主を信じてください。私を信じてください。そうすれば救われますから」
「私はもう救われている」
「……そうデスか」
パンとぶどうジュースがセシリアの手から消える。
そしていきなり変身し、天使の姿となって手を組んで祈り始めた。
「主よ、彼の者をどうかお救いください」
彼女の前に魔法陣が四つ展開された。それは俺の方に向いていて、凄まじい魔力量を感じ取った。
マジか――
指パッチン。
何か仕掛けてくると察した俺は慌てて瞬間移動。彼女の背後に立てば、俺がいた場所は四つの極太ビームが発射されていた。地面を抉り、物を破壊し、熱によって触れずとも溶かしていた。それがかなり先まで続いている。
「いきなりとは物騒だな。今ならまだ、くしゃみと一緒に出てしまいました、で済ませられるが?」
「その必要なありません。時は満ち、機は熟しました。今こそ世界は主が求める楽園へと回帰します。審判は済み、主に仕える私たち天使は終末を告げるトランペットを吹くのデス」
「黙示録でも起こそうって言うのか?」
「はい。それが我が主の決定デス」
笑顔で言うんじゃねぇよ。
セシリアは手にラッパを生成した。
大きく息を吸い、今まさに吹こうとする。
指パッチン。
「シャボン楽器」
ラッパが吹かれる。だが音は鳴らない。
代わりにシャボン玉がぷくぷく出て上昇し、弾けて消えた。
「……あなたの仕業デスね?」
「何がどうしてそういう思考になったのかは知らないが……そっちがその気なら、私は容赦しない」
戦闘態勢に入る為に変身し、ステッキの先端を彼女に向ける。
「仕方ありませんね。あなたをこの手で救済し、預言の成就を果たしましょう」
セシリアは吹くのを諦めてラッパを消し、代わりに魔力で形成された光の弓矢を構えた。
魔法少女同士の殺し合いを始めようとした直後、俺とセシリアの間に学校の方から何かが高速で突き刺さった。
金の盾――ブロンドさんか!
理解した直後、俺とセシリアの間にブロンドさんが黄金の鎧ドレス姿で空から着地した。
「私の目の届く範囲で、魔法少女同士の戦いは止めてもらおうか」
「これは戦いではありません。救済デス」
「いや戦いだから!」
本気なのか誤魔化しなのか、判断がつかないセシリアの応答にツッコミを入れる。ブロンドさんは俺とセシリアの双方を見比べ、突き刺した大盾を手に持つと俺に背を向けて構えた。
「セシリア、私は君の方が危険だと判断したが……何か弁論はあるか?」
「私はネロをこの手で救済するだけデス」
「……よく分かった。とりあえず、暫く眠ってもらおうか」
ブロンドさんは金色の魔力をオーラのように出して纏った。魔力操作や探知の訓練したからこそ分かるが、表出している魔力量に対して密度がありえないぐらいに高い。魔力は粒子みたいなものなのだが、それが圧縮され過ぎたあまり固体化して飴のようになっている。
わーお。
これがブロンドさんの本気か……。
「ハァッ!」
続けてブロンドさんは魔法陣を展開し、魔力の膜を広げた。結界だ。それはある程度の広さになると止まり、巨大な大盾が現れて貼り付き、結界を補強した。
「これで逃げられはしないぞ、セシリア」
「なら、あなたも救済するだけデス!」
光の弓から矢が放たれてブロンドさんに直撃するが、矢が弾けるように消えただけで意にも介さない。
「諦めろ。私の説教を受けるんだ。今素直に従えば、軽くで済ませてやる」
「『黄金騎士』……やはり硬いデスね」
セシリアは高く飛び上がって距離を取ると、祈りのポーズを取ってこちらに向いている大きな魔法陣を複数展開し、そこからさっきよりも太い巨大ビームを発射して来た。
まるで信仰ビームだな。
なんて呑気なことを思いつつ、ブロンドさんの背後に隠れる。
ブロンドさんは大盾を片手で掲げ、大盾にバリアを被せて守る範囲を拡大して受け止めた。足が僅かに地面に沈んだがそれだけ。
後ろに押し退けられることも無く、数秒続いたビームが止まった。周りを見れば守った範囲以外は大穴が開き、熱で溶けていた。
どっちも凄いなぁ。奇術じゃこんなの出来ないしちょっと羨ましい。
「あっ、ブロンドさんちょっといいです?」
「どうした?」
「私ちょっと用事があるんで、結界から出たいんですけど」
「分かった。少し荒っぽいが勘弁してくれ」
「えっ」
ブロンドさんは俺の胸倉を掴むと、軽々と持ち上げた。
「あのまさか投げるんじゃ――」
「ぶっとべ!」
「あああああああああっ!」
思いっきりぶん投げられた。セシリアとは反対方向に空高く飛んでいる。なんかホーミングする矢が何本も飛んで来たが、幾つもの大盾が俺の周囲に出現して悉くを防ぎ、俺は結界をすり抜けて外に出られた。




