6、give sweets to special on the board
「随分と長く掛かったね・・・、僕の事なんか忘れてたでしょ?」
大部屋に戻ると、室内を掃除する乗組員の影に隠れて隅で小さくなっているノワを見付けた。
「忘れてる訳無いだろ」
言いながら駆け寄った俺。側まで行くとノワは、開けた窓から吹き込んだ雨風の所為でガッツリ濡れたままだった。今はもう窓は閉じられていて雨風は吹き込んでいないが、じっとしたままで冷えたのだろう、触ると体が冷たい。
俺は慌てて自分を拭く為に被ったままになっていた大判の布をノワに被せた。水分を拭き取るように全体を軽く叩いて、そして肩口をさする様に撫でる。
「この船の魔物は倒したよ。ノワは?気分はどう?少しは良くなってるといいけど」
俯く顔を覗き込みながらそう聞くと、口を尖らせながら小声で何かを言うノワ。
「え?ゴメン小さくて聞こえない」
聞き返すと、寄せた俺の耳を摘み上げて大声で言い直した。
「マシになったよ!」
キーンとする俺の耳。
ノワは、明らかに怒っていた。気分が悪いのにほったらかしにされたのだから、機嫌が悪くなっても仕方がない。
けど、と俺は思った。
仕方ないじゃないか。デカい魔物に船が襲われているのに、戦いの場に船酔いでグロッキーな8歳児を連れてなんて行けない。
まぁ、だからと言ってその正論をくどくどと説明しても火に油を注ぐだけなのは目に見えていた。困った末に俺は、とりあえず謝った。
「なんかゴメン・・・」
「・・・いいよ。もう気にしてないから」
そう言って、横を向いてプッと頬を膨らませるノワ。機嫌は悪いが一応許されたみたいだ。良かった。
ホッと一息吐いたところで、そう言えば、とノワが振り返った。
「トールはどうしたの?どこ?」
聞かれて気付く。トールがいない。
「あれ?おかしいな。一緒にいたはずなのに」
俺は周囲を見回した。確か大部屋の入り口を入る時には横にいた。だからその辺にいる筈なのだが。
その予想は正しく、トールはすぐに見つかった。
大部屋の入り口を入ってすぐの所で、沢山の女の子に囲まれている。その殆どが若くて可愛い子達で、手紙やらプレゼントなのだろう小さな包みを渡そうとしていた。
「なっ!」
ノワがビックリして声を上げた。
そうだ。このところ若い女の子のいない環境で過ごして来たから忘れていたが、トールはモテるのだ。俺と出会った最初の夜には女の子に寝込みを襲われていた程だ。(それでハザンに怒られていた)
「トールめ、現を抜かしおって」
ノワの機嫌が輪をかけて悪くなってしまった。言いながら握り締める手が、力み過ぎて血の気を失って行く。
俺はノワの気を沈めようとして肩をそっと叩いた。
その時だった。
「あの・・・」
慰め合おうとする俺とノワの横に、2人の女の子が立っていた。その片方の子が声を掛けてきたのだ。
ちょっと震えた、小さな声。
「?」
ノワが振り返って彼女達を見る。
女の子達は俺とノワを順番に見て、そして2人で顔を合わせて頷き合った。
「これ・・・」
言って差し出した手には、淡い色の薄い紙で包まれた物が乗せられている。
「良かったら受け取って下さい。2人で作った焼菓子です」
「さっき魔物倒してくれましたよね、ありがとうございました」
2人で手を合わせて、俺とノワに向かって焼菓子の包みを差し出して来る。
俺には、その包みが光り輝いて見えた。それはもう眩しくて直視がキツイくらいに。
ノワはそれを見て、俺の腕に掴まって固まってしまっている。相当驚いているみたいだ。
「えと、俺達にくれるの?トールじゃなくて?」
トールの方を指差しながら、俺は聞いた。それに対して恥ずかしそうに俯いてコクコクと何度も頷く2人の女の子。トールに渡して欲しい、でも無く、トールと間違えた、でも無いみたいだ。
それならばと、俺は「ありがとう」とお礼を言ってその包みを受け取った。2人はキャーッと小さく悲鳴を上げながら喜ぶ。何だか分からないが良い気分。
周りをよくよく見回してみると、大部屋の色んな所で同じ様な光景が繰り広げられていた。トール程集られている者は居ないが、若くてちょっと見目の良い男が女の子から何かを貰って談笑している。
今日は、こちらの世界のバレンタインディなのだろうか・・・。もしこれがバレンタインだとしたら、ひと月後にお返しをしなければならない。
そう思って俺は、目の前でもじもじしている2人に聞いてみた。
「えっとさ、聞いても良い?俺よく知らなくて。何かの行事?」
すると、2人は順番に口を開いて教えてくれる。
「『真ん中』からマジール王国への連絡船での恒例イベントなんです!船中で一泊した翌日、未婚の女の子から未婚の男の人にお菓子を上げるんですよ」
「それがきっかけで、移住先のマジール王国でお付き合いを始める人が多いんです!」
ね!っと顔を合わせて頷き合う2人。
ちょっと待て。それって、受け取ったら告白OK的な意味合いでは無いのか?ハッキリしないが、微妙なニュアンスな気がする。
考えていると、ノワが俺の手から包みを取る。取ってそのまま可愛くラッピングされたリボンを解こうとした。
「ま、待て待て!」
慌てて止める俺。ノワはニヤけた顔で肩で俺を小突きながら言った。
「何だよアキラ、僕とアキラの2人にってくれたんでしょ?だったら半分僕のじゃん。開けさせてよ」
機嫌が直って楽しそうな所悪いが、俺はノワの首元に腕を掛けて女の子2人から距離を取った。そして2人には聞こえないように小声で話す。
「待てよ。これ受け取ったらあの2人と付き合うって事になるんじゃないの?だったらダメだろ」
「何言ってんのアキラ、彼女達はこれがきっかけで付き合い始める人が多いって言ったんだよ?これ=告白じゃないよ」
確かにそう言っていた。でも、あの2人の盛り上がりようは、OK貰って喜んでいるようにしか見えない。
「思わせぶりで曖昧なのは良くないって。お前にはナナちゃんがいるだろ?」
ナナちゃんの名を出すと、ノワはハッとなり固まった。
「ナナちゃんがこの事知ったらどう思うか考えないと」
「うー・・・、多分、怒る・・・」
そうか。怒るタイプなのか。
「でも、せっかく貰ったのに突き返すのも悪いよ?」
まぁ、確かにそうだ。
ノワと2人でコソコソしていると、女の子達が近付いて来て俺の背中を軽く叩いた。
「あの・・・」
俺とノワは、同時に勢い良く振り返った。
「やっぱり、迷惑、でしたか?」
不安気な顔で不安気な声を出す女の子。
途端に芽生える罪悪感。
「そんな事無いよ!嬉しい。凄い嬉しい!」
慌ててそう言うノワ。でも取って付けたように嘘臭く聞こえてしまう。
ダメだ。誤魔化すような態度じゃ傷付けてしまう。
そう思って、俺は言った。
「お菓子貰えたのは本当に嬉しいんだ。ただ、俺達この恒例イベントの事全く知らなくて。間違いや誤解があったらゴメン。これさ、受け取ったら気持ちが通じてカップル成立って事なの?だったらこっちは彼女いるし、俺は気になってる子が居るから受け取れない」
変に隠したり誤魔化したりしようとするからダメなんだ。正直に誠意を持って伝えないと。
俺がそう言うと、一瞬3人が黙った。
その後最初に口を開いたのはノワだった。
「えっ!アキラ気になる子なんていたの?!誰?あ、まさかあの女?!」
大体誰を思い浮かべたかは分かる。けど今は関係無いので無視。
2人の女の子のうち、1人は明らかにガッカリした表情を浮かべた。けど、もう1人の方は俺を真っ直ぐに見詰めて、そして少し笑った。
「貰って下さい」
そう言って一歩前に出て俺の手を握る。
無意識にそうしてしまったのか、彼女は俺の手を握った事に気付いて慌ててパッと離して、そして頬を赤らめて両手で覆い、下を向いてしまう。
「ゴメンなさい、急に触っちゃって」
「いや、大丈夫」
俺の返事を聞くと、その子はノワの前に立ってノワの手から包みを奪い、そして俺の胸にそれを押し付けて来た。ビックリしつつ、包みを受け取る俺。
「お2人で食べて下さい」
そう言って小さくお辞儀をして、そしてもう1人の子の手を掴んで走り去って行った。
「・・・」
無言のまま、その後ろ姿を見送る俺。ノワがゆっくりと俺の手から再び包みを取って、そしてリボンを解いた。
「アキラってさー、何だか、罪作りだよね」
中を見ながらそう言うノワ。
「罪作り?」
聞いた俺の顔をチラッと見て、包みの中から一枚の紙を取り出した。そしてそれをそのまま俺に渡して来る。見ると、可愛らしい丸っこい字で書いてある文字が見えた。
「マジール王国にある小さな村の名前。あの2人そこに行く予定なんじゃないかな」
そうなのか。
「時間があったら、立ち寄ってあげたら?」
「え?何で?」
「・・・鈍感」
何がだ?
疑問に思って眉を顰めた。
「ムカつくから教えてあげない」
そう言って、ノワは焼菓子をひとつ摘んで口に放り込む。「美味っ」と呟いて大部屋の入り口を見た。
俺もつられて見ると、アンジェが駆け込んで来た所だった。
「トールさん達いるー?って、うぉ!」
探している人が目の前にいて、しかも大勢の女の子に取り囲まれているのを見付けて驚いていた。
「もうすぐ先行するマジールの船に追い付くから、ちょっと来て欲しいんだけど」
アンジェのその言葉を聞いて、俺はノワに目配せをして大部屋の入り口に向かった。
「ゴメンね、ちょっとトールを借りてくよ」
ノワが女の子達に向かってそう言い、俺が人垣を掻き分けてトールを連れ出す。
「ノワ様、アキラ、ありがとうございます。上手く断り切れずどうしようかと・・・」
泣きそうな声でそう言うトール。優し過ぎるのは相変わらずだ。
俺は、受け取った紙を上着の内ポケットの中にしまって、アンジェに続いて大部屋から出た。




