5、優等生は嘘も上手い
「乗客に魔物退治を手伝って貰ったのは初めてだ」
船室に入ってタオル代わりの布を借りた。大判の手拭いとでも言ったところだろうか。未だタオルには出会っていない。
その布で濡れた頭やら体やらを拭いていると、ナイルが言った。
「あんな変わり種は初めてだったし、正直助かった。ありがとうな」
「いや、こちらこそありがとう。あんたら3人はこの船の用心棒なの?」
お礼を返しながら俺は聞いた。前ゴーシュは船員みたいなものだと言っていたから、当たらずとも遠からずだろう。
質問にはアンジェが答えてくれた。
「組合に所属している警備員ってところかな。この船に関わらず行き来してる連絡船に乗り込んで、乗客の安全を守ってる」
用心棒じゃなくて警備員か。
そう思って「へー」っと言った俺の横から、弦を張る音が聞こえた。見ると、先程トールが使っていた弓をゴーシュが持っていて、矢のないまま構えている。その目はトールに向いていて、空想の矢で狙っているみたいだ。
「さっきのあんた凄かったな。『真ん中』のどっかの領の兵か何かなのか?」
言い終わると空想の矢を放つ。ビーンと音がして張り詰められた弓が元に戻った。
トールは兵では無く騎士だった。それも『真ん中』王都のエリートであるところの近衛騎士。けれどもそれは言わない方が良いのだろう。何しろ俺達は近々お尋ね者になる予定なのだから。
「まぁ、そんな所です」
やんわりと濁すトール。ゴーシュとナイルは、少し目を細めて探るような目をしたが、それ以上追求することは無かった。全てを明らかにする必要は無い。そう判断したみたいに見えた。
「マジールには何しに?移住にしちゃ荷物が少ないが」
ナイルが聞いてきた。
乗客の殆どは移住希望者だった。『真ん中』よりもマジール王国の方が栄えていて、仕事も多くて暮らし易いらしい。しかも行く分には大したチェックも無く入国が可能なのだから、簡単に戻れないと分かっていても移住したいという者達は後を経たないのだろう。
そういう者達の荷物は多かった。そんな中で簡単な手荷物のみで乗り込んで来た俺達は、ちょっと異質に見えるのかも知れない。
なんと言えば良いかな・・・。
悩んでいると、トールが言った。
「魔物の調査です」
取ってつけたような嘘。それでも真面目なトールが言うと本当の事のように聞こえるから不思議だ。
「へー。そんな事してるんだ」
アンジェの呟きと共に、3人は驚いた顔をした。
「はい。『真ん中』では近頃、今までに無い頻度で魔物の活性化が起こっています。国内での調査もしているのですが、国外の様子も見てみた方が良いという事になりまして。我々3人が先行して調査を行う依頼を請け負って来たのです」
本当の事を混ぜ込んだもっともらしい嘘がトールの口からスラスラと出て来る。
嘘なんて吐けないタイプだと思ってたのにな・・・。
そう思ってトールを見ていると、顔に出ていたのか気付いたトールが咳払いをした。おっと危ない。
「今回の様な船上での魔物の出現は、頻繁なのですか?」
今度は逆にトールが3人に質問を投げる。
それにはナイルが答えた。
「虫の方はちょくちょくあるな。船に慣れない奴らはストレスの捌け口として虫に当たるから。だがあの蔓と種のヤツみたいなのは初めてだ。組合でもこんな話聞いた事ない」
「追い抜かれた船から来たと言っていましたよね?それについて何か思い当たる節は?」
「無いね。さっきも言ったが、追い抜く事も原則無いんだ。マジールの船の方がスピードは出るが、それをやったら船を選べずに乗ってるヤツ等が納得しない。それに、全部の船が好き勝手な速度で走ったら衝突事故が起こりやすくなるだろ?」
ナイルの説明に、うんうんと頷くアンジェ。
「乗組員の休憩時間も公平に取れなくなるしね。燃料や備品の補給とかもややこしくなる。組合で管理するなら、船の性能を無視した今の状態がベストだと思うよ」
ゴーシュがそう言った。確かに、船の性能の差を考慮して運行計画を立てるとしたら、複雑で個別に考慮しなければならない数多くの項目が増える事だろう。
「だからあのマジールの船、おかしいんだよ。きっと何かあったんだ」
そうアンジェが言った時だった。船室の奥の小さな扉が開いて、そこから顔を出した乗組員が大きな声で言う。
「おいナイル、ちょっと来てくれ」
呼ばれたナイルが立ち上がってすぐに向かった。
ゴーシュとアンジェもお互いに顔を見合わせてそれに続く。
・・・気になる。
「俺達も付いてって良い?」
そう聞いた俺に「勿論」と答えるゴーシュ。
トールと2人、頷き合って後に続いた。
小さな扉を潜り抜けるとすぐに狭い上りの階段になっていた。すれ違えない幅のそこを上り切ると、先は四方を窓に囲まれた狭い部屋。進行方向の窓のすぐ前には舵輪があって、そのお陰でここが操縦室だという事が分かる。
舵輪の前にはそれを操作する髭もじゃのオッサン。その斜め前には、同じ様に髭もじゃのオッサンが2人並んで窓の先を見据えている。ナイルはその横に立って、同じ様に前を見据えて何かを話していた。
「どうした」
背後から声を掛けるゴーシュ。それに付いて行くアンジェ。振り返ってナイルが言った。
「マジールの船がいる。追い付いた」
前の窓の先を指すナイル。その指先を注視してみると、豪雨に煙る水面のずっと前方に、確かに小さく船影が見えた。
それを見て、後からやって来た全員が息を呑んだ。小さく見辛いながらも、そこから天に向かって灰色の線が立ち昇っているのが見えたからだ。
「火事じゃ無いみたいだ」
そう言ってナイルが真っ直ぐな杖みたいなのをゴーシュに渡した。よく見れば細長い円錐形をしていて、側面に等間隔に溝が見える。受け取ったゴーシュは、それを船に向けて覗き込んだ。単眼望遠鏡だ。
「等間隔に3本、救援信号だ。この雨の中よく焚けたな」
言いながらゴーシュが単眼望遠鏡をアンジェに回す。
「止まってるのか?」
「ああ、さっきから進んで無い。じきに追い付く」
話し合うナイルとゴーシュの声を遮る様にして、アンジェが大きな声を上げた。
「ねぇ、あれジャッキーだよ!」
その声に、俺とトール以外の全員が反応した。
「ジャッキーって?」
俺がそう聞くと、望遠鏡を下ろしてアンジェが教えてくれた。
「ジャッキーってのはね、釣り師なの。世の中の魚全種類を釣り上げる為に世界中を旅して回ってるんだって。まぁ変人だよね」
「この河にもよく釣りに来るんだよ」
「時期や天候で違う魚が釣れるかもって言ってな。釣る為に乗船するんだ」
アンジェに続いて、髭もじゃのオッサン達も教えてくれた。ちょっと名の知れた変わり者らしい。
その釣り師ジャッキーが乗り合わせた船で、何かがあってSOS信号を出している、と。しかも、その船から生体兵器が飛び込んで来た。
「アキラ、注意した方が良さそうです」
トールがそう言って、腰に下げた剣の柄に手を掛けた。
俺は頷いて、前方の狼煙を見詰める。
少しずつ近付いて来る灰色の線から、俺は目を離せなかった。




