8. 贈られた愛
「俺たちはとっくの昔に覚悟を決めていた」
聞き分けのない子供を諭すように柔らかく言葉を吐いたのはムツキの父だった。
村長は子供達に背を向けて、大人達の最後尾へと歩き邪竜と対面する。
皺の刻まれた手のひらを上に向け、手上で発光が始まる。
あれは命の輝き
「お前達は賢いから、秘密があることにも気付いてたと思う。悪かった」
家具を作るのが村一番うまいおじさんが眉尻を下げて申し訳なさそうに、笑みを浮かべて謝った
咆哮をあげた邪竜は直上に飛び上がり遥か天空を舞う
「外の世界は生きづらいからさ。守ってやりたかったんだ」
少しずつ、森が崩れていく。塵となり、その全てはしわがれた掌の上へ。命の光が輝きを増し熱と質量を伴って形を生み出す
「待ってよみんな!村長止めて!」
咆哮による恐怖で膝をつくセレナが涙を流しながら縋るがそれに応える声はない。
「テーレ!フォード!爺さんを力づくで止めるぞ!どけぇええ!」
咆哮に膝を折らなかったイヴォールトが、かろうじて同じく動けそうな2人に声をかけ怒声とともに突貫を仕掛けるが、大人達に阻まれる。
テーレはその声に応え村長のもとまで回り込みをはかった。走るテーレの頬を伝っている感情の雫は恐怖か悲しみか、それとも怒りか
フォードは無表情にうごかない
そして僕は、動けない
「しかしお前達は、羽ばたく翼を持っていた。こんな鳥籠、閉じ込めとくのも限界だったんだ」
テスおばさんが、ボイルのおっちゃんが、クリスのハゲが言の葉を重ねていく。丁寧に。まるで最後かのように
「どけてよ!邪魔しないで!」
テーレの絶叫が響く
戦闘を本職としないテーレは道を遮られ村長のところまで辿り着けない。
得体のしれない魔法で膝を折ったイヴォールトは地を舐める。その魔法が誰のものなのかすらまだ教わっていないのに。
空舞う邪竜が地上に向かって羽を打つ。隕石以外に例えようのないその姿は、いっそ美しくすらあった。
地面激突の寸前、さらに邪竜は羽を打つ。衝撃で周囲の木々が吹き飛び大量の砂塵が舞う中、邪竜は地面と並行の体勢へと移っていた。
超超高速低空飛行。音の壁を破りソニックブームが発生、木々を薙ぎ倒し生きとし生けるものをひき肉に変える。
シルバとシュナが一歩、前に出た
「思い出以外の何も残せないけれど、私たちはいつでも貴方達のそばにいる」
あぁ、全てが塵と化していく。両親の体が、崩れゆく
「飛び立て俺たちの子供達。未完の翼を広げて」
通り過ぎるだけで全ての生き物を轢き殺す化け物が、村に突っ込むその寸前。この盆地一帯の命を奪ったのは邪竜ではなく古老
「魔道の奥
命輝 天翔けの槍」
森や家屋が一瞬にして崩壊。肥沃な盆地は砂丘と化し、命の気配がない静寂に包まれて最後に人が掻き消えた。
全てが壊れるその直前、両親の口が
「誕生日おめでとう」と動いたのを、確かに聴いた。
極光が爆ぜる。土地一帯の命全てを代償に置いた魔道の究極形その一つ。世界最強の槍は全てを置き去りにする速度で飛翔した
そう、全てを置き去りにして