死ぬ花
小学生のころは男子も女子も一緒くたみたいな感じに見なされて、お互いのことなんか全然興味ありませんけど? って感じだったくせに、中学に上がった途端、何が影響してなのかよく分からないけれど、男女2人で一緒にいる奴らが出始めてきた。
または、付き合うには至らなくても、「○○くんが好き」だとか「イケメン」だとか、新しいクラスなのに、新学期初日から周りの女子たちはもうそんな感じのことで結託して、どうしても同調はできなかった。せめてお兄ちゃんみたいな良い人がいるんだったら話は違ってくるけど、どこを向いてもうるせー猿みたいなのばっかりだし。
家でやるはずの宿題プリントを忘れたと思って教室にもどったら、なぜか同じクラスの女子が椅子に座って何かやっていた。
私が引き戸を開けるのとともに、ペンらしきものを持ってきょとんと目が合ったその子。放課後の夕焼けが長い髪のてっぺんに天使の輪を映し出していて、可愛い子だなと思った。多分モテる。
でもその可愛らしさから豹変して取り乱したかと思えば、使っていた机に手を全力でバンと叩いて威嚇されてびっくりした。……こんな凶暴そうな子だったっけ? って、朝の自己紹介タイムのときとのギャップを不思議に思った。そしてその弾みで私の前に一枚の衝撃的な絵が飛んできたのだった。
絵の主は早口すぎて何言ってるのか全然聞き取れなかったけど、私が懐疑的に感じていた男女関係を基盤からボコボコに崩して更地に戻されような、そんな衝撃を受けたのを覚えている。小さい頃から王子さまとお姫さまが結婚するのが当たり前だと思っていたから、女同士のキスだなんて考えつきもしなかった。
自分のことはともかく、こういう関係もあってもいいんだなあって思えると、少しは男女の恋愛そのものに対しても選択肢の一つとして受け入れることができた。まあ今の男子どもは例外だけど。
X子の描く絵はとても上手で(こういうのはユリっていうらしい)、ストーリーとしても面白かったし、いつも続きを楽しみにしていた。X子もまんざらじゃなさそうだったのがもっと嬉しかった。感想をはっきり言ってくれるところ、周囲に媚びないで流されない私が良いらしい。あまりクラスの他の女子とは関わっておらず、私は可愛いX子を独り占めできる優越感さえ覚えていた。私も広く交流はせず、できるだけいつも2人でいた。
家に帰ってきてもルンルンな私を見て、お兄ちゃんも嬉しそうにしていた。
「楽しそうだな**子」
「うん、楽しいよ。学校」
「そうか、それはよかった」
学校にはX子だけいればそれでいい。
2人でいる時間が増えていくうちに、「あの漫画と同じことができたら、私は幸せになれるんだろうか?」と考えるようになっていった。でも、X子から女の子が好きという話を一切聞いたことがない。……私を気持ち悪がって、X子が離れていくのだけは嫌。切り出すのは、やめよう。しばらく心に閉まっておくことにした。
それから夏になっても秋になっても相変わらず男子はバカばっかりだし、合唱コンの練習で真面目に歌わない男子に腹が立って、X子の前で愚痴をぶちまけた。だったはずなのに、なぜか気づいたら、告白まがいのことをされていた。
「Y子が男子だったら、私はぜったい付き合ってた!」
それは私に対する告白であって、そうではなかった。嬉しかった反面、ほんの少し失望した。だって今の私は女の子なんだよ? どうしてIfの話をするの? 女の子だったら、好きじゃないってこと?
思わずムキになってしまった。
「漫画の中だったら、女同士でもふつーに付き合ってたりするじゃん。だから、私が男じゃないからって諦めるのは、ちょっと、ちがうと思う」って、真っ赤になりながらとんでもないことを言ってしまった。X子も私も、そのまま何もできないままでいたけれど、少ししてから、要するにキスしていいかということを聞かれた。
他人はともかく、別にX子なら嫌じゃないなと思ったので、その気持ちをそのまま伝えた。
X子との体の密着やら胸の鼓動やひどい全身の熱さばかりに気を取られて、残念ながらキスそのものの感触はよく覚えていない。でも、これはX子を正式に自分のものにできるための儀式なのだと思い返すと、私は興奮せずにはいられなかった。
冬になっても、次の春がやってきても2人でどきどきを持ち越したまま、色んなところにいって、色んなことをした。お互いの「好き」という気持ちの種類を確認しないまま、ここまで来ていた。私がX子に感じる気持ちは恋愛としての好きなのか、一人で考えてもよく分からなくて、答えを出せないでいた。でも、でも、この上なく幸せなことは確かだ。この世にお兄ちゃんとX子さえいれば、あとは何も望まないくらいの気持ちでいた。
中3の冬休みに、受験前の最後のデート(デートっていっていいのか分からないけど)をする約束を、X子としていた。X子のために、普段は履かないスカートを私は引っ張りだして、寒いけど我慢するんだと意気込んでいた。ばっちりおめかししてから玄関を出る直前、お兄ちゃんが見送りにきてくれた。
「お、似合ってるなぁ」
「でしょ! お兄ちゃんの言うとおり、こっちのスカートにしてよかったわぁ〜〜」
「デートなんだろ? 頑張れよ!」
受験前のこの時期に遊びにいくなんて、と苦言を吐く両親とは違い、お兄ちゃんはいつも笑顔で優しくしてくれる。
「うん。ありがと」
頑張れってどういうことなのかよく分からないけど。もしかしてまだ付き合ってないって思っているのかな? まあ実際、X子とは付き合っている状態なのかも分からないから、お兄ちゃんの言うことは合っているっちゃ合っている。
じゃあいってきますといいかけたとき、背後からお兄ちゃんがしみじみと呟いた。
「いやぁ〜〜、ついに **子にも彼氏ができるのかぁ。男嫌いなこいつの心を射止めるくらいなんだから、きっと、すっごくイイ男なんだろうな!」
ーーあ、だめなんだ?
お兄ちゃんの何気ない言葉が、すとんと私の心の中心を撃ち抜いて、今までの気持ちを全部ひっくるめて精算してくれたように思えた。
お兄ちゃんの中に、きっと女同士のアレコレなんて概念はない。
ってことは、今の私ではだめ、正しくないってことなのか。
お兄ちゃんは決して間違えない。小さい頃から、いつも正しいことを教えてもらってきた。……人には優しくしろ、広い心を持て、言いたいことははっきり言え、そのほうが人間関係うまくいくから、って。
お兄ちゃんのように、私はまっすぐな人間になりたい。そのために私は正しく恋愛をして、いつか異性を通じて本当の幸せを見つけなければならないのだろう。お兄ちゃんの揺るぎない笑顔を見て、きっとそうなのだと確信した。見つかるのか、今はまだ分からないけど。
ごめんね、X子。もう今までの曖昧な関係をずるずる続けていくわけにはいかなくなっちゃった。とっても幸せで、心地よいものだった。X子、好きだよ。お兄ちゃんから見ると正しい好きの気持ちではないけれど。
約束通り、お出かけには行こう。X子も楽しみにしているだろうし、私だって楽しいのには変わりないんだから。だからせめて最後のお出かけくらいは普通に接していよう。無意識にこみあげてくるものがあるけど、考えだしたら大変なことになりそうだからやめる。…………本当に、2年間の答え合わせがこれでいいのかなんて分からない。私一人じゃ判断できない。
「あれ、行かないの?」
「ううん、行く。いってきます」
ドアを開けた瞬間吹雪が舞いこみ、誰のためでもなく履いたスカートは、私の脚と脚の隙間をただ凍えさせるただの布だった。
「いってらっしゃい。雪ヤバいけど大丈夫か? 気をつけてな」
お兄ちゃんは今日も変わらない笑顔だった。この人は、いつも私や弟たちの幸せを願ってくれている。その無償の家族愛に、安定した暖かみを覚えながら雪を踏んだ。一歩踏みしめたその瞬間に、何かが死んだ音が聞こえた気がした。
「えっ」と思って立ち止まる。踏みしめた雪には何もいなかった。
もしかしたら、お兄ちゃんの暖かみによって私の大切な何かが死んでしまったのかもしれなかった。そこまでは自分でも分かっていた。けど、気づいてしまったものは仕方ない。お兄ちゃんのあの一言に、何も悪意などないのだから。
〈 終り 〉




