無題
ここはロウスタスから十三キロ離れた農村地帯、兼採掘鉱山のある場所。鉄の武器や工具などを村々で製造して街に送る、いわば鉄鋼業の要。
だが今っ! この地帯に危機が迫っていたっ!
背後には古城、そして月、全身を鎧に包んだ兵士に囲まれる彼、だが彼は極めて冷静だった。いや違う――焦る必要が皆無なのだ。――なぜなら彼は完全なる存在! 背後の月明かりをも支配せんとする存在なのだからっ!
纏った手練れの兵士百人! だが実に滑稽そのもの! 彼にとってはなんの障害にもならない! 彼にとっては蚊のようなものだ、いや違う――蚊のような目障りな何の役にも立たないモノではない、食べることのできる獲物だ。
彼が今握る赤い臓物、月明かりでテラテラと怪しく輝くそれは、人間の命の輝き! 血を循環させる生命の象徴! 心臓だ!
美味! 実に美味だ! これが心臓の味!
手に掴んでいる、既に息絶えた男を宙に放り、指を鳴らす! すると男の身体は一瞬で真っ二つに! あらゆる臓物が飛び出すその姿は悲惨の一言!
無常! 非常識! 残酷非道!
どの言葉を取っても彼を語るには程度が低い! まさに彼は悪魔だった!
「ひぃい……!!」
彼を取り囲んでいた兵士の何人かが逃げ出すと、それに続いて逃げ出す者が増え、やがて全員が逃げ出した。当然だ。あんな化け物相手に戦えるハズがない! が、しかし!
「待て待て君たチィィイ、まだ帰るには早くはないかねぇ!?」
グァシ! 無常にも捕まれる男たちの腕! 彼から伸びる腕! 二本の腕が枝分かれするように分裂して何百という腕になる!
「ガァァア!?」
「ヒギッィイ!!」
「離せ! 離してクレェェエ!!」
「う、腕がアァァ!!?」
鎧姿の男たちは口々に悲鳴を上げる。だが彼にとってはその悲痛な悲鳴さえもが最高の美味となるのだ!
「いいぞォ! 泣き叫べッ! 許しを請え! ぐははははハァっ! ヒァアハハハハ!!」
彼はしばらくその悲鳴を楽しんだ、が……。
「ハハァ――飽きた……、死ね」
彼は飽きた、なので彼らを喰うことにした。
途端に彼の腕は男達を全員、宙に持ち上げる。腕に走る痛みに悲鳴を上げる彼らを彼は地面に打ち付ける!
バシッ!! 上がる血飛沫! 上がる悲鳴! まさに阿鼻叫喚! 彼はそれを見て少し笑みを浮かべるもすぐに飽きたように、つまらなそうな顔になる。
弱った彼らを順番に喰らう彼。その可食部分は極めて少量、心臓のみである! 手で鎧を切り裂き――そう。枝分かれしたとはいえ、生身の腕である。一般の人間と同じような腕である、当然手は極めて普通、爪も一般的なものである、決して悪魔のような鋭い爪ではない! そのような手で文字どうり硬い鉄製の鎧をまるでバターを切るように切り裂いたのだ!
その際、鎧の下の腹も同時に切り裂く! 「あぐグァァ!! あァァァ……」と叫びを上げる鎧の男! だが無慈悲にも切り裂かれた腹に手が捻じり込まれる!!
男は体内を捏ね繰り回される痛みに声も出ない! 既に死にかけ……、しかし余りの痛みに気絶することさえ許されない!
グチグチ! グチャリ! ブチンっ! 心臓が切り取られる音っ! その音を最後に男は意識を永遠に失う。
彼は取り出した新鮮な心臓を――バクリっ!! 口を大きく開けて丸のみにする! 口から溢れる血! モキュモキュと心臓を咀嚼する度に彼が着ている真っ白なワイシャツの開いた襟に零れ落ち、みるみる朱に染まるシャツ。
「光栄に思いたまえ諸君っ!! 君たちはこの私の糧となり私の血肉となれるのだ! 誇っていいぞ!! 私が許可しようっ!!」
横暴っ! あまりに傲慢っ! 彼は自分の血肉となった者への慈悲は一欠片もない。あるのは自らのことだけっ! いたって単純明快っ! 自己中心的考えのみっ!
彼にとって、殺しとは、日常的な動作に過ぎないのだ! 言うなれば朝昼晩の食事のための動作!
そこには楽しみ以外の感情はない、子供が好物を楽しんで食べるような無邪気さだけが存在するっ!
それから始まるのは残酷な食事、順番に腹を裂かれる騎士達、彼等は自分の番が来るのを逃げることも出来ずにいる。
自分の真横で腹を裂かれ悲鳴を上げながら死ぬ仲間を見て、自分の番が迫るのを見る! 目を閉じて悲鳴を聞く! 逃げ場など何処にもないっ! あるのはあの世への片道キップのみだ。
ある者のは無様にも泣き喚き、ある者は必死に腕をほどこうともがく、またある者は仲間の死に顔を青白くする。
しかし、いくら泣き喚こうと慈悲などなく腹を裂かれて心臓を抜き取られ、いくら必死にもがこうと腕を振りほどくことは出来ずに同じように殺される。
全くの理不尽っ! 彼等はみな、彼を倒すために集まった者達、勇敢なる戦士達だった! 彼はある日突然現れ、この城に住み着き、周辺の村々の人を次々に襲い殺したのだ! 日に日に増える犠牲者に彼等は切れたっ! 家族が友人がっ! 突然腹を裂かれて死ぬ様を見てきたっ! やがて彼の居場所を突き止めた者は討伐のための勇士を募った、そして集まるは総勢百人あまりの者達っ!
だが、今の状況は余りにも一方的っ! 何故ならば相手は捕食者、対してコチラは捕食対象っ! 蟻が百匹集まろうとも勝てないのと同義っ! 逃げ惑うしか手段はないのだ!
やがて全員が心臓を抜き取られ死に絶える! 無残っ! 余りに無残っ!
彼は最後の心臓を咀嚼する、既にシャツは真っ赤に血の色に染まる、犠牲者のドス黒い血でっ! 食べ終えた彼は次なる獲物を求めて獲物が多くいる場所を目指す! 次なる獲物は周辺の村々である!