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玄人仕事  作者: 千場 葉
#5 『パースペクティーフ・オブ・デザート』
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4.砂地からの使者


 仄暗い世界樹の空洞。彼がそこに運ばれてから三日が経った。


「……よし」


 ふっ、と息を吐き、「身長ほどの」長さにした白銀色の親指、人差し指、中指を支えに倒立していたダテがその指を軸に跳躍して地面に着地する。


馴染なじんではきたな」


 伸びていた指が人の指の色を取り戻しながら元の長さへと戻っていく。相変わらず感覚は薄いが動作させることには何も支障はなかった。

 裏、表と右手を見回し、確認していた彼の元へと光の玉が飛んで来る。続き、木々の根や草を踏む足音と、衣擦れの音が聞こえてきた。


「あれ……? 外へ出ていたのか?」

「ああ」


 時間の感覚のなくなる場所ではあるが、ダテの着けている安物のコルク板の腕時計によると今日の朝から老人は光の玉とともにいなくなっていた。迷路のような世界樹の空洞の中には果樹園や水飲み場となっているポイントが数カ所とあるそうだが、ダテは把握していない。

 だが、今の老人はそちらではなく、外に行っていたと一見で察せられた。


「ウイルスの濃度の計測と、世界樹の外観の確認だ。あと、周辺状況の把握か…… まぁ今更見ても変わるものではないのでどうでもいいがな」


 羽織っていたマントを一振り、老人は砂を払った。


「定期的に外に出ている…… そんな感じか?」

「ただの散歩、というか暇潰しのようなものだな。この間はたまたま遠出して、お前さんを拾った」

「……危険じゃないのか?」

「何……」


 離れた位置にいる老人から、白銀色の指が伸びる。指はダテの喉元数センチの位置で止まった。


「儂とて、普通ではないのでな」

「なるほど……」


 ダテと老人は互いに軽く笑みを交わした。


「まぁ危険には危険だ。だが、連中にはち合わせて、うまく処理出来れば拾い物にもなる」

「拾い物?」


 しゅるしゅると指を戻しながら老人は近づき、定位置になっている切り株に腰を下ろした。


「皮やら道具やら…… 世界樹では補えん物を、素材としてな」

「ウイルスまみれじゃねぇのか?」

「儂はワクチンを使っておるし、このウイルスは世界樹を含め植物には効かん。なんの問題もないさ」

「そういうもんかね……」


 脱いでいたブルゾンを羽織り、ダテもこの三日の定位置に座った。


「体の方はどうだ?」

「ああ、大分慣れてきた。キモくはあるが悪くはないな」


 人差し指を立て、『伸ばして』見せる。


「ほう…… やはりイメージが上手いようだ。少年の世界では魔法が進んでいるのか?」

「いや、俺が特別なだけだ。ちょいとゴチャゴチャと面倒くさい境遇にあるもんでね」


 伸ばした人差し指を先端で二つに分け、きりのように編み、そして戻した。


「興味深いな、少年は」

「俺からすればじいさんの方が気になるけどな。俺みたいなやつ、見たことあるのか?」

「ふむ…… 召喚魔法というものがあるにはある。異世界の住人を呼び出す魔法だ。儂は使えぬが使えた者の話によれば、この世界は異世界との境が薄く、行使は容易だったそうだ」

「へぇ…… 珍しいな」

「精霊とは世界観の曖昧あいまいな存在だ。他の世界とのリンクは難しくないのかもしれんな」


 和やかに話をしている二人の間に唐突に、光の玉がくるくると忙しなく飛び回り始めた。


「……? どうした?」


 光の玉はダテの目を引き、空洞内の天井の一辺へと飛ぶ。


「何……!?」


 老人は目を見開いた。切り株から立ち上がり、その双眸そうぼうを天井へと送る。


「あれは……!」


 一体、たった一体ではあるが、ダテにとって見覚えのある風貌の来客が天井に張り付いていた。


「馬鹿な……! どこから……」


 老人が焦りの声を出す。

 二人が見定めた来客―― 殺戮人形は天井を勢いよく離れ、跳びかかった。


「少年……!」


 狙いはダテ、鎌を抜き放ち、別の個体であるのにリベンジのように彼へと落ちる。


「はっ……!」


 ダテは一息失笑―― 悠然と、右腕を標的へと上げた。


 ――人形が振り下ろした鎌と彼の右腕がかち合い、硬質な金属音を発する。


「おお……!」


 その光景に老人が感嘆の声を上げた。


「プラクティスにはいい相手だぜ…… もうちょっと強くてもいいがな」


 ダテの右腕の甲ががしりと、鎌を受け止めていた。受け止めた体勢から、人形に前蹴りを放つ。


「硬化させれば傷一つ無し、痛覚も無し。やはりこいつは悪くない」


 空洞の端まで、十数メートルの距離を吹き飛ぶ人形を見ながら彼は呟いた。呟き、今度は右腕を「ジャバラ」に裂く。


「そらよっ!」


 すぐさまに起き上がって跳びかかろうとしていた人形が驚き、戸惑う様子が見えた。だが、数十に分かれて放たれた彼の触手は人形を突き刺し、絡め取る。身動きを封じた人形を、彼は「引き戻して」手繰りよせた。


「なるほど、うまく処理出来れば確かに拾いものだな」


 ダテはそいつの頭部を、紫に光る左手で掴んだ。左手が発光を強め、人形の全身が同色の光に染まる。

 ――やがて人形は、さらさらと白い砂になった。


「うん…… 少ないが、足しにはなる」


 腕を元に戻し、意識を自らの体の奥へと向ける。そこには今奪った魔力がほんの少し、ほとんどからっぽだった部分に満たされていた。


「見事な手並みだ…… 荒事あらごとには慣れておるようだな」


 老人は感心した様子でダテを見ていた。


「まぁな、それしか取り柄も無い」


 高い天井を見回し、ダテが言う。


「入ってきていたのは今の一匹だけか…… じいさん、ひょっとして侵入は初めてか?」

「……うむ、ワクチンの元になっているのも、この世界樹の中にいる微生物だ。この場所はやつらにとっては毒のようなもの…… 近寄ることもない」


 目元のシワを深く、老人は目を伏せる。


「……世話になった。ここらが潮時のようだ」

「んん……?」


 カチリと、ライターの音が聞こえると同時、老人は目を上げた。


「今まで無いってことなら、今まで無いことが引き金だ。俺のことだよ」

「少年…… 出ていくつもりか?」

「ああ…… ここでもう少し魔力の回復を待ちたかったところだが、砂漠でカラになっちまったせいか戻りが遅い。これ以上は待てないようだ」

「出て…… どうする? 死ぬ気か?」


 煙を吸い込み、吐き出すとダテは笑った。


「んなわけないだろ、ケリをつけてくるだけさ」

「決着…… まさか……」


 ダテは話も中途に、背を向けて歩きだす。

 二歩、三歩――


「待て! 少年!」


 強い声色に、一本を口に咥えた状態でダテが振り返った。


「……準備はしてある。せめて持っていけ」


 言うと老人は、相も変わらず意図の読みづらい、不適な笑みを浮かべていた。


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