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玄人仕事  作者: 千場 葉
#4 『スクール・スーパーバイズ』
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28.始まりの休校日


 昨日の魔力の消費による不調にもめげず、生徒達は熱心に部活を行っている。

 伊達はそんな彼らの様子を、一歩引いた場所から見つめていた。


「大将! 大将!」

「ん……?」


 二月が真唯と何か話している。その間に抜けてきたのか窓辺にもたれる伊達にクモが声をかけてきた。


「みんな頑張ってますね! 昔の大将みたいです!」

「昔の俺……?」

「そうっス! 今や自らの能力に慢心し、トレーニングもすっぽかして酒ばっかり飲んでる大将とは大違いな! 若くかわいらしかったころの――」

「ぶっとばすぞてめぇ」


 プロとして力の発展に余念の無い伊達にとっては、見過ごすことの出来ない発言だった。


「昔の、伊達さんですか……?」

「おお、興味ある。伊達さんの昔!」

「……? なんだ?」


 クモの声が大きかったのか、真唯や栄作達がそこによってきた。


「なんだよみんなして……」


 急に皆に詰め寄られ、ちょっと伊達がたじろいだ。


「いやいや、そういや伊達さんって何者なのか全く聞いてないなと」

「魔法使いなんですよね? どうやってなられたんですか? 学園の生徒じゃないみたいですけど」

「ん、う~ん……」


 ここで来たか、と伊達は思った。

 ほぼ必ずと言っていいほどに飛んでくる質問。何度となく飛んでくる質問で当然の質問。いつものことであるのにいつもなぜか明確な答えが用意出来ない。

 これを聞かれる度に伊達は思う。自らは嘘をつくのが苦手なのかもしれないと。

 そしてこういう時、いつものように妖精は気を遣ってくれるのだ。


「ふっふっふ! 聞きたいですか聞きたいですか! 私めが大将、伊達 良一の武勲の数々! ならば私がお答えいたしましょう! 最強の勇者たる我が大将のその栄光の――」


 ――すぱこん! ぺちゃ!


「つまんねぇことに興味持ってんな、ほれ部活に戻った戻った」


 ありがたく伊達は妖精を床に叩き落とし、手を叩いて生徒を散らしにかかる。

 しかし、生徒達はその場を辞さなかった。


「でも、聞いてみたいっすよ! 伊達さんの武勇伝の一つくらい!」

「む……」

「な、内緒にしますから、ちょっとだけお話」

「魔法って興味あるな……」

「おいちゃん、他にもクモってどっかにいるの?」

「んん……?」


 驚くほどに彼らは積極的だった。これまであらゆる場面で無理矢理に力押しで誤魔化してきた伊達だったが、ここまで詰め寄られたのは初めてだった。


「大将、たまにはいいんじゃないスか?」

「……わかった。適当に何か話してやるとするか……」


 伊達は仕方無く、昔話の中で、当たり障りのなさそうなものを一つだけ話してやった。



~~



 昨日までより少し早い、まだ夕陽の残る空き教室を後に充孝達は帰っていった。

 部活だったはずが途中から伊達の昔語りになってしまい、彼としては申し訳無くも思ったのだが生徒達には概ね好評だったようで、栄作は伊達の漫画のような活躍に興奮し、充孝と二月は同じようにぼーっとしながらも楽しそうだった。

 いつも一番気合が入っていたはずの未沙都はついに現れることはなかったが、あの体調では無理だったのではということで皆の意見は一致していた。


 後に残ったのは伊達とクモ、そして二月。


「はぁ、あんなんでよかったのかね……」

「いいと思いますよ? 大将の通って来た道は今やベストセラーじゃないっスか」

「そりゃ書いてるやつが脚色してるからな……」

「おいちゃん、面白かった」

「ありがとよ」


 伊達からしても背が低い、その頭を撫でてやった。「むふー」と嬉しそうに息をもらした。


「でもなんか、穂坂だけは納得出来てなさそうだったんだが…… いや、むしろ途中からイラッと来てたようにも……」

「……そりゃ大将が病気なんスよ」


 クモがしらーっとしたジト目で明後日の方向を見ながら言った。


「やっぱり、問題あるか……?」

「自覚してるならなんとかしてくださいっス。渡り鳥的な女の子とのつきあい方を喜んで聞けるのは男だけって、いつも私口を酸っぱくして言ってるっスよね?」

「ああ、こっちも耳にタコだ」


 彼の境遇からすれば仕方無い、しかし当人はたまったものではない。ベストセラーになってはいても、そっちでさえその点のご批判が尽きることはなかった。


「だいたい大将はヒロインに対していつもいつも冷たすぎるんスよ。だったら最初から冷たくしたらどうなんスか? かわいそうじゃないっスか。大将が去った後一生独身だったらどう責任とるつもりなんスか?」

「い、いや…… さすがにそれは無いと思う…… だがクモよ、最初から冷たく接したらそっからどうするよ? イベントが進んでくれないだろ? 毎回二秒で目の前から追い出されろってのか?」

「そりゃそうっスけども、大将は――」


 なんの話をしているのか飲み込めない二月が首を捻っていた。


「ん、やめとこうクモ。二月の前だ」

「……そっスね」

「おいちゃん、お話終わり?」

「ああ…… 終わりだ」

「じゃあ、私との話をする?」


 伊達は思わず、ぴたりと動きを止めた。

 そう、彼女に残るように言ったのは他ならぬ自分だった。覚悟を持ってそうしたのは自分だった。今それを思い返す。


「ああ、そうだったな…… 俺は二月に聞かなきゃいけないことがある」

「うん……」


 伊達は二月に向かい、身を屈ませ、彼女と目を合わせた。


「おいちゃん……」


 二月の瞳が彼の瞳を捉える。そして――


「ここまでだ」


 ――バツン、と、旧式のテレビが消えるように彼女のビジョンを切った。


 二月は目に手を当てていた。


「二月、聞かせて欲しい。今、何が視えた?」


 伊達は優しく、彼女に問いかけた。ビジョンは途中で切った。その確信があった。


「……ピエロ?」

「ピエロ?」

「……? なんかおいちゃんが戦ってた。すごいつらそうに」


 伊達はクモに目をやった。クモは伊達に対し、哀しそうにうなずきを返した。


「とりあえずだ、二月。何か視えたんだな? 俺が死にそうになる感じか?」

「……?」


 わけもわからず、二月はうなずいた。


「そうか」


 伊達は二月の頭に手をやり、撫でてやった。その表情は優しくもあり、泣きそうにも見えた。


「おいちゃん……?」


 どうして痛そうな表情をしているのか、二月にはわからなかった。


「気にするな、明後日はどうする?」

「明後日?」

「梢が死ぬと、君が予知した日だ。別に見にこなくていいぞ、俺が報告してやる」

「……行く。見に行く」


 伊達は何も言わず、静かにうなずいた。


「そういや明後日に商店街の方に遊びに行く途中の道で、トラックに跳ねられるんスよね? フタッキー、無理して来なくてもいいんスよ?」

「ううん、行く。見なきゃダメ」


 彼女は頑なに、見ることを選んでいた。


「なぁ二月、どうしてそんなに見たいんだ?」

「……変わるなら、見なきゃダメ。変えられるんだって知りたい。でも、私はおいちゃんの方が気になる」

「俺……?」

「どうしてみっちーを守ってくれようとする? わからない」

「……当然だろ? じゃダメか?」

「いいけど、ダメ。おいちゃんつらそう、そこまでしてみっちーを守ろうとする理由が知りたい」


 伊達が辛そうに見えるのは彼女の言う理由ではなかった。だが、伊達は答えてやる。

 それは二月のお願いであった半面、確かに彼自身の意思で充孝を守ってやる理由だった。


「梢は…… いいやつなんだ」

「いいやつ?」

「ああ、俺な、実は前の日曜日、商店街でバイクに轢かれそうになったんだ」


 それは伊達がここへと現れて直後、商店街に現れた時のことだ。丁度彼のもとに、アーケードを無法に走り抜けようとする単車があった。


「俺ここに来たばかりでちょっとぼーっとしててな、咄嗟のことに避けるだのなんだの考えられなくてな、そんな時に梢が現れたんだ」

「みっちーが?」

「あの子が俺に手をかざした瞬間、俺の体が突き飛ばされてバイクをかわしてたんだよ。それで俺は助かった。でも梢はその場から…… 今ならわかるが校則違反を怖れたんだろうな、逃げるように駆け出した。だから俺はお礼を言いにここに来たんだ。そしたら礼を言う前に君に未来予知を聞いたってわけさ」


 その言葉には嘘がある。伊達はお礼を言いに来たわけではない。充孝の特異性を見て彼を追うことに決めたのだ。だがその言葉に嘘は無い。全て終わり、言えるのならば礼を言いたい。少なくとも、バイクの運転手の命は救えた。そして充孝はいいやつだから救いたい。


「そういうわけだ。助けてくれたやつは助けてやんなきゃな?」


 そう言って、伊達はもう一度二月の頭を撫でた。


「わかった。おいちゃん、がんばろう」

「そんなに気合い入れなくてもいいぜ、俺に任せとけ」


 伊達は二月の髪から伝わる体温から、彼女の優しさを感じていた。


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