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玄人仕事  作者: 千場 葉
#4 『スクール・スーパーバイズ』
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26.休みの前日


 火曜日、水曜日と降り続いた雨の後は既になくなり、その影響の下、気温は初夏のような上昇を見せた。

 照りつける太陽を受けながら歩む生徒達はいつものように白い建物に吸い込まれ、彼らにとってそれぞれの三年分の一日を過ごしていく。


「おはようございまーす!」

「おはようございます」


 中庭の花壇の手入れをしている伊達に、生徒達が挨拶をしていく。

 学校の中にいる間の学生服の彼らは、外にいる彼らよりも大人に対して柔らかい印象を受ける。学校を囲む壁をくぐれば壁が無くなり、出てしまえば壁が出来る。考えてみれば学校という場所も、一つの異世界ではあるのだなと伊達は思った。


「さて、こんなもんでいいか」


 引き抜いた雑草をゴミ袋に入れていく。ここが終われば、裏庭の草刈りに蛍光灯の交換。やるべきことは山とあるが、「仕事」としてやるべきことは特に無い。


 週末の連休に浮き足立つ金曜日、それは彼にとっては束の間の安息の時だった。


「伊達さーん!」

「ん……?」


 門から校舎までのレンガで舗装された道に、見知った人影がある。

 女生徒の呼び声に軽く手をあげてやると、日の浅い弟子達が集まってきた。


「伊達さん、おはようございます」


 真唯が先駆けて挨拶すると、後に続く二人の少年もそれに習った。


「おう、おはよう。みんな、今朝は結構辛いんじゃないか?」

「あ、えへへ……」

「いや、ほんとに…… 実は頭痛くて」

「うん、オレもちょっと、ダルい」


 真唯は耳の後ろを押さえ、栄作は額に手を当てており、充孝が気怠そうなのはいつものことだが、彼は胃のあたりをさすっていた。

 場所はそれぞれでも、原因は共通だった。


「魔力だ超能力だって言っても結局は「力」だからな、使えば筋肉痛みたいなものにはなるさ」

「んー、でもあのくらいの練習量なら授業の方が長いくらいっすよ……?」

「編入したばっかりの頃はよくなってたけど…… すごく久しぶりです」


 力を使えば翌朝どこかしらが痛くなる。それは伊達でなくとも、学園の講師達でさえ常識として教えているレベルの話で、それを乗り越える事によって力を長時間使えるようになることも授業で得られる知識の範囲だった。

 しかし、正しくはその知識は間違っている。長時間使えるようになるのではなく、魔力の容量が増えるのだ。これは力のもとである「魔力」を測定する技術がなく、この世界が自由自在に魔力を扱える優れた能力者を排出出来ないことによる誤解だった。


「座学で教えてやった通りさ。同じ超能力でも俺がコツを教えて、前より精度が上がったろ? その分魔力の消費が激しくなったってわけさ。ゲームで言うなら同じ系統の一個上の魔法を使えるようになったって感じだ。使いまくりゃマジックパワーも空になっちまうさ」


 充孝と栄作は、なるほどという顔をしていたが、真唯には例えの部分がいまいちわからなかった。


「ああ、昨日も言ったが気をつけろよ? ほんとにカラ寸前になると魔力切れっつって何日か寝込むことになるからな? 学校で教えてないのは驚いたが、そこまで使っちまうと魔力も伸びんし、下手すりゃ減っちまう。何事もほどほどにな?」

「はいはい、俺らの魔力って少ないんすよね? 減ってなくなっちゃうのはさすがに嫌です」

「……あれは、魔力切れではないんですか?」


 充孝が唐突に、一人の生徒を指差した。

 家族の持ち物なのか両手でステッキを付き、体を引きずるように校舎へ向かっている。時々「ぐへへ」という笑い声と痛みに呻く声が漏れ、はたから見ていてかなり不気味だ。


「会長さんだ……」

「うわ…… ひどいなありゃ……」

「昨日『衝撃波』とか言って嬉しそうに何発も撃ってたんで心配してたんですが」

「うん、魔力切れではなく、アフォだな。みんなはああならんようにな」


 その壮絶な様に、一同は無言でうなずいた。


「あ、伊達さん。それでちょっと、伊達さんに聞いてみようってみんなで言ってたんすけど」

「どうした?」

「いや、これって結構何日も続くししんどいじゃないですか? 当然医者なんかにはわからないし、講師達も寝てろとしか言わないし…… 伊達さんならこういう時どうするのかなって」


 栄作の問いに充孝も真唯もうんうんとうなずいている。使える者にしかわからない悩みだった。

 伊達は仕方無いなという体で苦笑いを交えて答えた。


「基本的には講師達の言う通りだな。体内の魔力ってのは自然回復が遅い、ちょっとでも早めたけりゃ寝てるくらいしかない。霊薬なんかは君らにはキツ過ぎるだろうしな」

「れいやく? お薬があるんですか?」

「一応な、あるぜ。もしものために俺も持ってる」


 伊達は内ポケットから皮製のポーチを取り出し、中から一本の、親指大の蒼いガラス瓶を取り出した。どこかファンタジーな意匠のそれにはコルクの栓がされており、いかにも中世を舞台にしたゲームの回復アイテムに見える。中の霊薬は太陽に反射し、きらきらと緑色の光の粒子を放つ。


「わぁぁ……! 綺麗……!」

「こ、こんなの持ち歩いてるんすか伊達さん……」


 見るからにマジックアイテムという感じのそれに真唯と栄作が目を惹かれる中、充孝は伊達のポーチの中身が気になって仕方なかった。一瞬見えた高そうな宝石も気になったが、うにょうにょ生き物のように先っぽを動かす鍵状の物体やら、爬虫類っぽいものの尻尾やら、自らの背の高さを嘆くに充分な内容だったように思えた。


「まぁ、俺でさえこれを一本飲めば充分な感じなんだが、君らなら多分、ひと舐めってとこか?」

「え? ちょっと舐めたら全快っすか!?」

「ああ、ひと舐めで、死ぬ」

「ぶっ……!」


 笑って言った伊達に栄作が吹いた。


「あっはは! それは言いすぎだが、世の中甘くは無いってことだ。どっちにしろ治るものを劇薬に頼るのはよくない。寝てた方がいい」

「はー、やっぱそういうもんすか……」

「治るまで何日かかるかなぁ……」

「劇薬は持ち歩いちゃダメなんじゃないか……?」


 残念そうに諦める二人だったが、充孝だけはやっぱり視点がちょっと違った。


「ま、一応聞かれたからには、今だけでも顧問なんだ。裏技的なものを教えといてやるよ」

「……? 裏技? なんかあるんすか?」

「そうだな、この近くにあればだが、神社に行け」

「神社…… ですか?」

「神社っていうと…… 赤い門の立ってるやつですね?」


 わざわざ確認する辺り、充孝は神社と寺の区別が微妙っぽい。


「ああ、神社っていうのは魔力じゃない力、神様の力を常に出している。それを浴びると少しずつ魔力が回復するんだ。場の強さにもよるが君らなら三十分か一時間くらいお参りしてりゃ症状は大分マシになるだろうよ」

「マジで? オカルトとかじゃなくて?」

「オカルトを使える君が言うかね……」


 我が目で見る超能力は「科学」になっても、まだまだ未知のものはオカルト。我が目に見ないと納得出来ない、人の認識というのはわがままなものだった。


「あっ、予鈴じゃん」

「それじゃあ伊達さん、また放課後に」

「かまわんけど、部活やって大丈夫か?」


 辛そうな状況でも、彼らは部活には出る気のようだった。

 三人は手を振って、校舎の中へと入っていく。


「明後日、か…… どうなるかな」


 最後の仕上げは日曜日。後はただ、今日、明日と待てばいい。

 しかし伊達の勘は未来予知の無い『空白の二日』に、言い知れぬ予感を感じずにはいられなかった。


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