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第3話 紅炎の精霊

2014.4.18 内容を大きく修正しました。

「おい、そろそろ起きようぜ」

「ああ、すまない。もうそんな時間か」

 敏文以外はもう起き出していた。


 今日、敏文はブンゾーと一緒に猟に出掛けながら、誰か他にこちらに来ている人がいないか探して見ようと思っていた。


 その間サラはキクエと山菜取りに行って、その後シーバの里の市場に出かける予定だ。



「はい、トシフミ。これでどうだろうね」

 キクエが敏文にブレザーと、グレーのシャツを渡す。

 狼に襲われた際に、牙で穴が空いた部分を繕い、シャツは血も落としてくれている。

「水魔法や生活魔法の洗濯が使えればもう少し綺麗に落ちるんだけどねぇ。あたしは使えなくてね。手で洗うとそこまでかね。我慢しとくれ」

「いや、十分に綺麗ですよ。ありがとう。生活魔法にはそういうことが出来るものもあるんですか?」

「ああそうさ。服を洗ったり繕ったりは生活魔法で出来るのさ」

「へぇ。魔法ってほんとに便利なんですねぇ」

 敏文はそう言ってブレザーとシャツを受けとる。


「それにしても、その服、とても綺麗に縫われてるねぇ。あたしじゃここまでは無理だねえ。奥さんが縫ったのかい?」

 キクエは感心しながら聞いてくる。


「いえ、それは買ったものです。俺の世界では機械で作ることが殆どなんですよ。手縫いのシャツの方が珍しいですね」

「でも、高いんだろう?」

「いや正直それほどではないですよ。機械でたくさん作られたものの一つですから」


 するとブンゾーが興味を持ったのか、敏文に尋ねた。

「そのキカイってのは何なんだ?」


 敏文ははたと考え込む。どう説明すればいいか。

「この世界の布はどうやって作られるんだ?」

「そりゃ、糸を紡いではた織りの道具を使うさ」

「そのはた織りの道具を動かすのに人間の力じゃなくて予め決まった動きをする道具にやらせるんだ。その決まった動きをする道具を機械って言うんだよ」

 言いながらこれでイメージが伝わるのか疑問に思っている敏文。

 案の定、ブンゾーとキクエには理解できなかったらしい。頭の上にクエスチョンマークがいくつも浮かんでいるようだ。


 そこでサラが補足する。

「この世界に魔法で動く物はないかしら」

「ああ、それなら……船とか……」

 キクエの答えにサラはにこりと笑って言った。

「それを魔法の代わりに雷を弱くしたような力や燃料を燃やした力を使って、魔法が使えない人でも動かせるようにしてるのが機械って言えば何となくわかるかしら」


「何となく……」

「そうだな。何となく……だな」

 二人は腹には落ちていないが、取りあえずはイメージしてくれたようだ。



「よく分かんないけどトシフミ達の世界は凄いんだねぇ」

 キクエは感心している。


「いや、魔法の方が驚きですよ」

「うんうん」

 サラも同意する。


「おっと、思わず話し込んでしまったな。そろそろ出掛けようか」

 ブンゾーが立ち上がった。


 敏文は受け取った長袖のグレーのシャツを着た。あとはチノパン、トレッキングシューズを履いている。山歩きにブレザーは向かないから小屋に置いて行くことにした。


 ちなみにサラは福岡に着いてから着替えるつもりだったようで軽装だ。ティーシャツにジャケットの袖を少し捲って着ている。あとは七分丈のデニムのパンツにスニーカーを履いていた。肌が出ている脚の部分が少し心配だが、かろうじてアウトドアに耐えられるってレベルだ。


 もし二人がシーバに行った時、サラの格好をみて里の人達は驚かないのだろうか。

 敏文がそう心配するとブンゾーが言う。


「里のもんとしちゃ変だが、王都からの旅のもんって事にしておけば変わった格好でもいいんじゃないか? コーベンには色んな流行の服装があるって言うし。キクエ、それでどうだ?」

「ちょっと微妙だけどそんなところかね」


「そうか、王都はコーベンだったよな」


 敏文は頭では理解しつつも、まだ気持ちが整理出来ないのか、確認するように呟いた。



◇◇◇◇◇



 この2日間、敏文とサラはブンゾーからこの国の様子や生活について簡単に教わっていた。


「俺達も普通のことしか教えられねえけどな。詳しい事は今度ダイカクにでも聞いて貰おうか」


 この世界はローメリアで、この国はホーエン。ホーエンは大きな5つの島と小さな島々で構成されている。西の海の向こうにはサヘールという大陸があって、トリアードという大きな国がある。


 今いる場所は5つの大きな島の内、西側にあるニシノベ島。そしてこの場所はニシノベ島の南側、ノーギ男爵が治める領地でシーバの里の近くになる。


 季節は日本と同じように春夏秋冬の4つに別れていて、今は春だった。1年は12ヶ月に別れていて1ヶ月は綺麗に30日に分けられていた。


 月の名前は色で呼ばれていた。

春:桃の月、黄緑の月、緑の月

夏:紫の月、青の月、金の月

秋:黄の月、赤の月、茶の月

冬:黒の月、白の月、銀の月


「今日は黄緑の月の10日だ。俺達の記憶違いじゃなきゃな」

 そう言ってブンゾーは笑う。


(そうか、桃の月を3月とすると、今は4月の10日。日本にいたときと季節的にも近いのか)

 敏文は暮らし慣れた気候と季節感に少しだけほっとする。


 次に敏文は人や場所の名前が日本語の響きに似てるので、文字がどんなものか聞いてみた。

 この世界には統一された共通の音にあてた文字があった。二人は簡単なものを教えてもらったが、知っているものとはまったく違っていて読めない。


 敏文は疑問を感じていた。

(そう言えば普通に日本語を話しているつもりだったが、今話している言葉は何語なんだろう?)


 そこでブンゾーとキクエに確認したところ、敏文とサラは普通にこの世界の共通語を話していた。


 どうしてローメリア共通語を自分達が話せるのか。

 ただ直ぐに敏文はこの点を考えることを放棄した。どうせ考えても解らないし話せるだけありがたいと思うことにしたのだ。


 最低限、文字と数字の読み方、書き方を習ったところで昨日はそこまでとなった。


「ブンゾーとキクエさんはどこで文字とかを勉強したんだ?」

「この国では身元さえ誰かが保証してくれりゃ最低限の事は初等学校で無料で教えてくれんのさ」

「私達は初等学校で読み書きを教わったのよ」

「なるほどな」


 そうして、ブンゾーの即席ローメリア講座が終了した。


「よし、じゃ明日はお互いに出かけるとするか。キクエ」

「そうだね。シーバにも出かけて見よう。ねえ、サラ」

「はい、よろしくお願いします。キクエさん」

「ワンッ、ワン!」

「おお、そう言えば、こいつもいたか。おい、お前はどっちについてくんだ?」


 仔犬は敏文のあぐらをかいた脚の上に乗ってきてパタパタとしっぽを振っている。

「じゃ、お前はトシフミと一緒だな」

「そうだ。山の中を仔犬にそのままで歩かせるのは動きづらそうだね。トシフミ、あんたの腰に籠をつけてやるから、それに入れてったらどうだい」

 キクエが提案する。

「じゃあ、そうさせてもらいます」


「ところで、その仔犬の名前はどうするんだい。いつまでもお前じゃかわいそうだろ」

「そうだな。考えてなかった」

「トシフミ。カッコいい名前つけてあげてね」


 敏文は考え込む。

(そうだなぁ、どんなのがいいんだろう。家のはタロウだったけど……)


「よし、お前の名前はコウ(煌)にしよう」

「どんな意味があるんだい?」

 キクエが聞く。


「俺達がもといた国の言葉で、確か炎が“きらめく”イメージの言葉なんだ。こいつ全体が紅くて炎みたいだろう」

「ふーん。そうなんだ。よくわかんないけどサラはどうだい?」

「いいんじゃないかなぁ」

「じゃ、お前は今からコウだ。解ったか?」

「ワンッ!」

 コウは嬉しそうに激しく尻尾を振っている。


「ほー。トシフミの言葉がわかってるみてぇじゃねえか。意外に賢いな、こいつ」

「ブンゾー。コウだよ」

「わっはっは。そうだな。わりぃわりぃ。じゃ、明日は出かけるし、もう休むとしようか」

「そうだね」


 そしてそれぞれが休む仕度をして、板の間に固めの枕をおき、簡単な掛け布をかぶりながら休むことにした。

「じゃ、おやすみなさい。トシフミ」

「おやすみ。さあ、コウも休もう」


(ん、なんとなくコウの瞳がきらきらしてるような気がしたが気のせいか)


 そうして敏文達は昨日の夜、眠りについた。


◇◇◇◇◇



 朝食の後、敏文が山小屋の前に出て背伸びをしていると、ブンゾーが聞いてきた。 

「おい、トシフミ。お前さん武器は扱った事はあるのか?」

「小さい時にちょっとだけ剣道って言うのを習った事はあるけど、ほとんど経験ないのと同じだな」


(サッカーのほうが楽しくなっちまって止めちゃったんだよな。こんなことになるってわかってたら続けてたのかも知れないけど、ま、想像できないよな普通)


「じゃ、とりあえずこれとこれを持っとけ」

 ブンゾーが渡してくれたのは、刃の部分が指先から肘ぐらいまでの長さの少し短めの剣ともうひとつは普通の包丁位の長さの短剣だ。

「少し短けぇほうが扱い易いだろ。後は万一のためだ。剣は腰に、短剣は利き手の方の脚につけときな」

「すまない。借りておく」

「なに、それはお前にやるよ。後、こいつを着てくれ。気休め程度だが獲物に引っ掛かれたりしたときにちっとは役にたつだろう」

 そう言ってブンゾーは、革のベストのようなものを敏文に渡す。


「何から何まですまないな」

「ほんとは熊の毛皮のやつでもよかったんだが、動きづらいだろうしな。あと……」

「あと?」

「あれは慣れねえ奴には臭いがくせえ。多分お前さんじゃ、まだ耐えらんねえだろうさ。あっはっは」

「それに誰かさんに熊と間違えられたら困るな」

「そっか、違えねえ。あっはっは」


「なになに、なんだか楽しそうじゃない。誰が何を間違えるの?」

 サラとキクエがやって来た。

「いやいや、こっちの話だよ」

「ふ~ん。まあ、いいけど」


「はいトシフミ。昨日言ってたコウ用の籠。多分大丈夫だと思うんだけどどうだい?」


「どれどれ。おっ、ちょうどいいな」

 なんだか、頭だけちょこっと覗かせてるから、ティーカッププードルみたいだ。


「あ~なんだか癒される~!」

 都会のお姉さんは癒しに飢えていたようだ。


「さて、じゃ、行こうか」

「ブンゾー、気を付けてね!」

「トシフミも!」

「ああ、そっちも山菜取りって言っても山の中だからな。気を付けろよ。サラ」

「トシフミ。心配なのはわかるけど、私がついてるよ。まかせときな」


 そうやって、4人はお互いに別の方向に歩き出した。


◇◇◇◇◇


 1時間後、サラはキクエと山の中を進みながら、山菜を摘んだり、果物や木の実を採ったりしていた。


「あ、そこにビタミの葉が。その葉の先が黄色いの採ってくれる?」

「これは、食べられるの?」

「そうだね。後、風邪を引いたり、疲れてるときに食べたり、お湯に入れて煮出すと体にいいね」


 サラは少し葉が固く丸みを帯びたビタミの葉を空にかざしながら尋ねた。

「ふーん。よく知ってるんですね。どうやって覚えたんですか?」

「ブンゾーが教えてくれたのさ」

「へー。ブンゾーさんがー」

「ああ見えて、色々知ってるのさ。山で暮らすには必要だからね」

「そう言えば、どうして山の中で暮らそうと思ったんですか? 里で暮らして必要なときに山に入ってもいいとおもうんですけど」

「うーん、何でかねぇ。あの人があそこで暮らしたいって言ってたからね」

 そういうとキクエは遠くを眺めて、その当時を思い出しているようだった。


「前からあの山小屋に住んでいた訳じゃなかったんだ」

「ブンゾーと私は幼馴染みでね。ミヤザの町で暮らしてたのさ。そのうち猟師をやってたあの人のじい様が亡くなってね。ブンゾーはじい様が大好きでよくあの山小屋に泊まりに行ってたんだけど、あの場所が使われなくなるのが嫌だからって、住みながら猟師をやることにしたんだよ」

「へー」

「私はブンゾーがあそこで暮らすようになってから、ときどき会いに行って町に戻らないかって話したんだけど、そのうち私のほうが居着ちまった。あの人といるのが居心地が良かったんだね」

 キクエはニコニコしながら話している。ブンゾーの話をするときのキクエは幸せそうだ。


「ウフフ、ごちそうさま」

「なんだい。お前さんはどうなんだい。イイ人はいないのかい? あ、そうか、突然こっちに来ちまってそれどころじゃないか。すまないこと聞いたね」

「いえ、大丈夫ですよ。それに向こうでも好きなひとは居ませんでしたから」

「そうなのかい。じゃ、トシフミみたいなのはどうなんだい」

「狼からも助けて貰ったし、頼りがいがあるって思っているんですけど会ってまだ何日も経っていませんし。それにトシフミは、向こうに奥さんと娘さんがいるそうですよ」

「そっか、まあ、とりあえず今は目の前の事をしようかい」

「そうですね! 今は遠くの誰かより、近くの山菜と果物です! もう少し頑張りましょう!」

「そうだね。後少し採ったら、シーバにそのまま向かおうか」



◇◇◇◇◇



 その頃、敏文とブンゾーは山の中の別の場所で、ブンゾーがしとめた野うさぎの鏃をはずしているところだった。


 今のところ、敏文達が乗っていた飛行機にいた乗客らしき人物とは出会えていない。そして、やはり残骸のようなものも見当たらなかった。

(この世界に来たのは俺達だけなのだろうか……)


 鏃を外したブンゾーに敏文は感心する。

「また仕留めたな。凄いなブンゾーは」

「それほどでもねぇよ」

「その腕は親父さんにでも仕込まれたのか?」

「いや、じい様だな。小さいころはミヤザの町に住んでたんだが、親父が商売やっててな。シーバにもよく来てたんだよ。そん時に商売が忙しい親父から離れてあの山小屋にいたじい様のところに遊びに行ってたのさ」

「なるほど」


「もっともじい様は遊んでくれた訳じゃなくて、狩の仕方とか、山で役に立つ薬草の見分け方を仕込まれた。ひでえ時は毒草をわざと教えずに口に入れさせて、解毒草はなんだとか質問して来たんだぜ。あん時は死ぬかと思った」


 そう言いながらブンゾーは仕留めた野うさぎを腰に括っていく。


「継いでくれない息子より、興味を持ってくれた孫に自分の技術を伝えたかったのかもな」

「ああ。ある時突然に、「自分の伝えたい事は全部伝えた。もしわしに何かあったら、この山小屋はお前が好きにしろ」って言ってよ。その2日後に死んじまった」

「そうか」

「ま、お陰で今こうして暮らせてるんだけどな」


 敏文はふっとブンゾーと一緒に暮らしているキクエの姿を思い出した。


「ところで、そんな山の中で暮らしてたのに、よくキクエさんを捕まえられたな」

 すると、ブンゾーは赤い顔をしながら照れている。

「あれは俺が捕まえたんじゃなくて、勝手に向こうからやって来たんだよ。あいつは幼馴染みでな。こっちで暮らすようになってからもときどきやって来ては、ミヤザに戻れって煩くてさ。気がついたらいつの間にか居着いちまった」

「その感じだと迷惑って訳でもなかったんだろ」

「ああ、感謝してるよ」

「それ言ったことあるのか?」

「そんなこっぱずかしいこと言えるか!」

 そう言うとますます赤くなってムキになっている。


「ウーッ!」

 その時、コウが唸り声を上げて警告してきた。

「(静かに!)」

 ブンゾーが小声でそう言うと、口元に手あてて様子を探っている。

 50mほど先のくぼ地に狼らしき動物が1頭現れた。毛並みが灰色で以前に敏文を襲った物より倍近い大きさだ。


 ブンゾーは驚いている。

「(あれは! 何でこんなところに!)」

「(どうしたんだ!)」

「(動くなよ。あれはただの狼じゃねえ。この辺にはいねえはずのグレイウルフ、俺達は灰狼って呼んでいる魔獣だ。こないだのは比べるだけ馬鹿げてるって奴だ。幸いこっちが風下だ。少しずつ下がって逃げるぞ)」


 敏文とブンゾーが少しずつ逃げ出そうとしたときだった。

「ヒーッ!」

 一人の猟師が大声を上げて逃げ出そうとしている。

「(あのバカ!)」

「(知っているのか?)」

「(里の名主の伜でゴヘーって奴だ)」

「(俺の時みたいに助けないのか?)」

「(俺の矢で風魔法を使っても通用するかどうか……。えーい、やってやる!)」


 ゴヘーが腰を抜かしているところに、グレイウルフが近づいて行く。


 ブンゾーは何かを呟きながら弓をつがえている。そして、勢いよく放った。


 グレイウルフがゴヘーに飛びかかって襲いかかろうとしたその時、ブンゾーが放った矢がその左前足の付け根に突き刺さった。


 ゆっくりとこちらを振り返ったグレイウルフは、刺さった矢を物ともせずにこちらに向かって走ってくる。

「くそっ! 効いてねえ! トシフミ逃げろっ!」

 ブンゾーは背中に背負っていた手斧を手に持って構えている。

 敏文は腰の剣を抜いたが、正面に構えたまま震えが止まらない。


 そして、グレイウルフがブンゾーに飛びかかって来た!

 敏文はブンゾーを助けたい一心で持っていた剣をつきだした。


 だが敏文はグレイウルフの前足の一振りで体ごと吹き飛ばされて、近くの樹に背中を打ち付けられてしまう。


「うぐっ!」

 息が詰まる。


「トシフミっ! くそっ!」

 ブンゾーが手斧で応戦しているが、明らかに力負けしている。


敏文は気持ちではブンゾーを助けたいのだが体が言うことを聞かなかった。

(このままでは殺られてしまう!)


敏文は呟く。

「ここまでなのか……。俺はこのままここで奴の餌食になるしかないのか……」


その時、突然少年の声がした。

『左手を奴に向けてかざして! 早く!』

敏文は朦朧としながらも左手のひらをグレイウルフに向けてかざした。


「これでいい……のか……」

 その瞬間、籠にいたはずのコウが後からかざした左手の甲に飛び込んできた。

「えっ?」

 コウが飛び込んだ瞬間、左手の甲に炎のような形をした紋章が現れたかと思うと、コウの姿が消え、代わりに左手の手のひらから円錐形の炎の塊が飛び出して行った。


「グギャッ」

 グレイウルフの首が千切れ飛んで転がっていく。残された胴体は前足がブンゾーを押さえこんでいたが、ゆっくりと倒れて行った。

「はぁっ、はぁっ。本当に死ぬかと思ったぜ」

 ブンゾーはかなり息を荒げてつらそうだ。


「コウ?」

 敏文は見えなくなったコウを探してきょろきょろする。

『僕はここだよ』

 声が左手の甲の紋章から聞こえてくる。

『僕は紅炎の精霊。名前は君につけてもらったから、今はコウ。これから僕は君に力を貸すことにするよ。ただ、気を付けてね。まだトシフミの炎を扱う力はそれほど強くない。だから無理はできないよ。普段は仔犬のコウでいるか、紋章化して君の腕に宿るようにするよ』

 そう聞こえると紋章の光が消え、敏文の背後から仔犬のコウが現れた。

「コウ……」

 仔犬のコウはしっぽをパタパタしながら何も話さない。腰の籠を見ながら吠えているので、腰を屈めて籠のふたを開けると籠の中に戻ってしまった。


 その時、ブンゾーが体を擦りながらやって来た。

「お前、火魔法士だったのか?」

「いや、俺もまだ何がなんだか……。自分でもどうやったのかさっぱりわからないんだ」

「何はともあれ助かった」

「そう言えば、ゴヘーは?」


 二人はあたりを見回したが、ゴヘーの姿は見当たらない。

「いねえ。どっかに逃げやがった。アノヤロウ里に行ったら、こってりやってやる。奴のせいで……」

 ブンゾーははっとする。

「……おい、立てるか! 急いで戻るぞ!」


 突然のブンゾーの慌てぶりに敏文は驚いた。

「いったい、どうしたんだ?」

「確かグレイウルフは、単独で動くことはまれで、群れで動くことがほとんどだって聞いたことがあんだよ。ってことは、群れが近くにいるかも知れねえ。山小屋や里が危ない! 早く知らせねえと!」

「本当か! 急ごう!」


 敏文は痛む体をおして立ち上がった。

「サラ! キクエさん! 無事でいてくれっ!」

読んで下さってありがとうございます。

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