受即砕破
「じゃあ……受けのやり方を変えてみます」
1人目の悪役のスタントさんが救急車で運ばれた後、空手家さんは、そう言った。
「だ……大丈夫ですよね?」
監督さんは……明らかに怯えた声。
「じゃあ、説明しますから、どなたか、ゆっくりと僕をバットで叩く真似をしてみて下さい」
……。
…………。
……………………。
いや、待て。
「パリィしただけで、相手が吹き飛ぶ」ような化物に「真似でいいから、殴り掛かれ」なんて言われても……。
おずおずと……すげ〜いいガタイからしてスタントマンの1人らしい人が、両手で何かを握ってるフリをして……早い話が、エア・バットで空手家さんを殴り付ける真似をする。
「さっきは、こうやったので……」
それに対して、空手家さんは、相手の攻撃を紙一重で躱して、相手の手首の辺りを、いわゆる「鉄槌打ち」で殴り付けるような動作をした。
「これだと、僕の捌技の動きの方向と、殴った人の体の動きの方向が、ほぼ一致してるので……」
「さ……捌技?」
「ええ」
「あれが?」
「はい。捌技です」
空手家さんの表情は「何で、わざわざ訊いたの?」的な感じだった。
「人が吹き飛ぶのが?」
「まぁ、ウチの道場の練習生でも、慣れてない内は、体のバランスを崩しますね」
「あ……ああ、なるほど。結果的に、相手の体の勢いを利用するようになって……つまり、さっきのアイツは、あなたが吹き飛ばしたんじゃなくて、自分の体の勢いで吹き飛んじゃった、と……」
「はい」
「それ……空手の受け技じゃなくて、合気道の技じゃ……」
監督さんが、ボソっと、そう言った。
「いえ、ウチの流派の伝統的な技です。沖縄から本土にウチの流派が伝わった頃には、既に存在してた技の筈です」
監督さんは、何か、しばし考え……そして、被ってた帽子を取ると頭を掻く。
「な……なんか……俺達、空手ってモノについて……その……何だ……何か根本的な勘違いをしてたのかも……。まぁ、いいや続けて」
「なので、今回は、動きの方向を逆にしてみます。もう一回お願いします」
「は……はい……」
そうして、スタントマンらしき人は、もう一度、同じ動き。
逆に空手家さんは……。
なるほど……。
ゆっくりした動きだと何となく判る。
今度は、バットで殴ってきた相手の攻撃を、下の方向から、文字通り肘で受ける。
それも、丁度、相手の腕が「肘で受ける」のに適した高さに有るタイミングで。
たしかに、空手家さんが言った通り、攻撃側と受け側の動きの方向が逆なら力は相殺され、さっきみたいに「自分の攻撃の運動エネルギー+受け技の運動エネルギーで、自分の体が跳ね飛んでしまう」なんて事は起きない筈だ。
今度は慎重に、空手家さんとスタントマンらしき人は、何度も何度も、ゆっくりした動きで、リハーサルの更にリハーサルを繰り返す。
「じゃあ、実際にやってみますか?」
「は……はい」
そう言って、スタントマンらしき人は、金属バットを握り、振り上げ……そして……。
「うりゃあああッ‼」
すさまじい咆哮と共に突撃。
空手家さんは……普通なら反射的に背後に飛び退きそうな状況なのに、あえて前に踏み込み……。
そして……受けた。
いや……空手家さんの肘が、相手のバットを握っている手に命中……。
待て……。
相手の表情が変る。
顔色も変る。
まず……真っ赤になり……そして、どんどん、血の気が引き……。
まるで、水から上がった魚のように、パクパクと口が何度も動き……。
そして、金属バットが地面に激突する音。
「うぎゃああああッ‼」
凄まじい叫び。
完全に悲鳴だ。
目から涙が出ている。
体をガタガタと震わせ……。
空手家さんは……「あれっ?」という表情。
あれ?
でも何か変だ。
どこかを怪我したなら、何で、その怪我した箇所を手で押えな……ああああああッ‼
お……おい、待て、そういう事かッ⁉
良く見ると……相手役の人の……さっきまでバットを握っていた指が……指が……指が……変な方向に曲がって……それも複数本……。
「ま……待って……」
監督さんが何かに気付いたらしいが……その声には動揺が……。
「すいません、服の袖、まくってもらえますか……その……肘が見えるぐらいまで……」
「は……はい……」
空手家さんは言われた通りにする。
そして……。
ゴクリ……。
全員が息を飲んだ。
「やる前に……気付くべきだった……」
うわあああ……。
素人の俺でも判る。
あ……あれは……人間の腕か?
ボディビルダーみたいな、判り易いマチョな筋肉の付き方じゃなかった。
で……でも……それでも……それでも……たった一つの事だけは確実に言える……。
それは……。
「流派は……どちらでしたっけ?」
監督さんは震え声で訊いた。
「剛柔流ですが……」
「たしか……その流派だと……『砕破』って技が……」
「はい、肘撃の事を、ウチの流派では、そう呼んでます」
つ……つまり……「受け」って言ってるだけで……あの岩でも砕けそうなゴツい肘が……手の指に命中した訳か……。




