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第98話 |死の王権《デス・オーソリティ》、|鉄の古神《アイアン・ティターン》

鉄帝都(ガルガロッサ)の最深部、動力炉(コア)エリア。  そこは、生者の領域ではなく、死者の怨嗟が渦巻く冥府の入り口と化していた。


「ヒヒッ……! キヒヒヒヒッ!!」


帝国宰相モルガンの口から、壊れた楽器のような笑い声が漏れる。  彼が振るう髑髏の杖から、どす黒い霧が噴き出し、空間を埋め尽くしていく。  霧の中には、数え切れないほどの「顔」が浮かんでいた。苦痛に歪み、救いを求めて泣き叫ぶ、無数の亡者たちの顔。


「喰らえ! これぞ我が極意、万死の行進(デッド・パレード)!!」


モルガンが杖を突き出すと、死霊の群れが津波となってシンに襲いかかった。  物理的な質量はない。だが、その奔流に触れれば、生者の魂は瞬時に凍りつき、彼らと同じ亡者へと引きずり込まれる。  回避不能の精神汚染攻撃。


だが。  その死の波涛の前に立つシンは、15歳の少年の姿のまま、微動だにしていなかった。


「……五月蝿いな」


シンは、耳障りな羽虫を払うように、左手を軽く振った。


ブォンッ……!


ただそれだけの動作。  だが、シンの掌から放たれた衝撃波は、物理的な風圧ではなく、圧倒的な「生命力(オド)」の塊だった。  濃密すぎる生のエネルギーが、死の霧を正面から押し返し、消し飛ばしていく。


「な、に……ッ!?」


モルガンが目を見開く。  彼の死霊たちが、シンの魔力に触れた瞬間、恐怖の悲鳴を上げて霧散したのだ。  死者が、生者を恐れて逃げ出した。


「お前の術は、『死』を使役しているつもりだろうが……浅い」


シンが一歩、踏み出す。  カツン、という靴音が、モルガンの心臓を直接叩く。  Aランク相当の死霊術師など、シンの目には脅威とすら映らない。この程度の相手なら、擬態(Fランク)した器のままでも蹂躙できる。


「お前は死を恐れ、死から逃れるために、他者の命を盾にしているだけだ。  ……そんな臆病者が操る死になど、何の重みもない」


シンの背後から、漆黒の影が立ち昇る。  それは巨大な「顎」の形を成し、天井に届くほどの高さまで膨れ上がった。


「本物の『死』を見せてやる」


シンが右手を掲げる。  影の顎が開き、深淵のような闇がモルガンを見下ろした。


――【才能(ゼロ)深淵の王権(アビス・ルール)】。


「ひ、ひぃぃぃッ!? やめろ、来るなァッ!!」


モルガンは腰を抜かし、無様に後ずさる。  彼の死霊術師(ネクロマンサー)としての本能が、目の前の少年の正体を理解してしまったからだ。  これは人間ではない。  すべての生命の終着点。死そのものが意思を持って歩いているような、絶対的な捕食者。


「命乞いか? ……安心しろ、殺しはしない」


シンは冷酷に告げた。


「お前のその腐った脳味噌には、帝国の技術と知識が詰まっている。  ……無駄にするには惜しい」


「よ、寄越せというのか……!? 私の知識を、研究の全てを!」


「ああ。光栄に思え。俺の一部になれるんだ」


シンが指を曲げる。  影の顎が、モルガンへと殺到した。


「ギャアアアアアアアアアアッ!!!」


断末魔は一瞬。  モルガンの体は影に飲み込まれ、肉体もろとも、その魂と記憶、そして才能の全てがシンの内側へと吸収されていく。


ズズズッ……。


不快な咀嚼音と共に、影が元のサイズへと戻る。  シンは目を閉じ、新たに流れ込んでくる情報の奔流を受け止めた。


才能(ゼロ)死霊支配(ネクロ・ドミネート)】を獲得』 『才能(ゼロ)魂魄定着(ソウル・アンカー)】を獲得』 『帝国機密情報:鉄の古神(アイアン・ティターン)の制御術式を掌握(ハッキング)


脳内でパズルのピースが組み合わさるように、帝国の技術体系が解明されていく。  鉄に魂を宿す禁忌。その非人道的なプロセスと、効率化された魔力回路の設計図。


「……なるほど。構造は理解した」


シンは目を開けた。  その瞳は、以前よりも深く、昏い輝きを帯びている。


彼は視線を、奥に鎮座する巨大な鉄塊――『鉄の古神(アイアン・ティターン)』へと向けた。


全長百メートル。  全身を魔鋼(アダマン)の装甲で覆われた、人型の要塞。  その内側には、数百万もの死者の魂が、動力源として無理やり封じ込められ、永遠の苦痛の中で燃やされ続けている。


「……聞こえるぞ。お前たちの悲鳴が」


シンは巨神の足元へと歩み寄り、その冷たい装甲に手を触れた。  掌を通して、内側から伝わってくる怨嗟の振動。  「痛い」「熱い」「殺してくれ」という、無限の呪詛。


「帝国はお前たちを『燃料』としてしか見ていない。……だが、俺は違う」


シンは、モルガンから奪った【死霊支配(ネクロ・ドミネート)】の力を行使しようとして――止めた。


(……いや、この規模だ。15歳の器(Fランク)のままでは制御しきれんか)


数百万の魂。その憎悪と魔力を受け止め、統率するには、今の少年の器では「パイプ」が細すぎる。  無理に接続すれば、魂の質量に耐えきれず、器が破裂するだろう。


「仕方ない。……着替えるか」


シンは、深く息を吐いた。  周囲の魔素を肺いっぱいに吸い込む。  ここは帝都の地下深層であり、超大型魔導炉の直下。魔素濃度は極めて高い。  ここならば、真の姿を晒しても、周囲の魔素を食い尽くして世界を壊す心配はない。


「モルガン程度なら片手間で済んだが……お前たちを従えるには、こちらも礼儀(本気)を見せる必要があるらしい」


シンが指を鳴らす。


「――擬態解除(ミミクリ・オフ)


バヂヂヂッ!!


空間に黒い稲妻が走った。  シンの輪郭がブレる。  15歳の少年の姿が霧散し、中から溢れ出したのは、闇を凝縮したかのような漆黒のコートを纏った、18歳の青年。


始祖(オリジン)・シン。


「……ふぅ。やはりこの姿の方が馴染む」


シンは首をコキリと鳴らし、真紅の魔眼で古神を見上げた。  その全身から放たれる覇気(オーラ)は、先ほどまでとは次元が違う。  Gランク(神域)。  それは、数百万の死霊の怨念さえも、一睨みで黙らせる絶対王者の威圧。


「俺は、お前たちの怒りを肯定する。  ……燃やされるだけの燃料で終わるな。その熱を、その痛みを、力に変えろ」


シンの(ささや)きが、巨神の内部に囚われた数百万の魂へと届く。


「復讐したいだろう? 自分たちをこんな姿にした帝国を。  ……ならば、俺に従え。俺が新しい『王』となり、お前たちを導いてやる」


ドクンッ……。


巨神の胸部、巨大な魔導炉(マギ・ドライブ)が、大きく脈打った。  それは、今までの不規則で苦しげなリズムではない。  明確な「意志」を持った、力強い鼓動。


魂たちが、シンの呼びかけに応えたのだ。  彼らにとって、シンは救済者ではない。だが、少なくとも自分たちの憎悪を解放してくれる、新たな支配者であると認めたのだ。


「いい子だ」


シンは満足げに笑い、巨神の装甲を撫でた。


「では、目覚めの時間だ。……その産声で、帝都を震わせてやれ」


シンが神域の魔力を注ぎ込む。  【魂魄定着(ソウル・アンカー)】により、暴走しかけていた魂たちが、一つの巨大な「意思」として統合され、鋼鉄の肉体と完全に同調する。


ギギギ……ガシャァァァァァンッ!!


金属が擦れ合う轟音。  百メートルの巨体が、ゆっくりと動き出した。



黒鉄宮(アイアン・パレス)、玉座の間。


皇帝ゼギオンは、玉座の肘掛けを握りしめ、足元から伝わってくる地鳴りに眉をひそめた。


「……なんだ、この揺れは?」


地震ではない。  もっと規則的で、巨大な何かが目覚めたような振動。


「へ、陛下! 大変です!」


伝令の兵士が、転がるように飛び込んできた。


「地下動力炉エリアにて、高エネルギー反応!  『鉄の古神(アイアン・ティターン)』が……勝手に起動しました!」


「なに!?」


ゼギオンが立ち上がる。  古神はまだ調整中のはずだ。動力の充填も終わっていない。  モルガンは何をしている?


「制御不能です! 外部からの操作を受け付けません!  まるで……古神そのものが『意志』を持ったかのように……!」


「馬鹿な……! あれはただの鎧だぞ! 中身などない!」


ゼギオンがバルコニーへと駆け出し、眼下の練兵場を見下ろす。


その時。  王城の地面が爆ぜた。


ズドォォォォォォォォォンッ!!!!!


凄まじい爆音と共に、地下から巨大な鋼鉄の手が突き出し、石畳を粉砕した。  続いて、山のような巨体が、土砂を跳ね上げながら地上へと這い出してくる。


「オ、オオオオオオオオオオオッ!!!」


大気を震わす咆哮。  それは機械の駆動音ではない。数百万の死者が声を揃えて叫ぶ、怨嗟の叫び。


鉄の古神(アイアン・ティターン)。  帝国の守り神となるはずだった最強の兵器が、今、帝都の中心で暴走を始めた。


「な……なんだ、あれは……」


ゼギオンは絶句した。  古神の全身からは、以前にはなかった赤黒い瘴気(オーラ)が立ち昇っている。  そして、その頭部――兜の奥で輝く眼光は、主である皇帝ではなく、破壊すべき敵を見据えるように、凶悪に輝いていた。


「モルガン! 貴様、何をトチ狂った!」


皇帝が叫ぶが、答えはない。  代わりに、古神の肩の上に立つ、黒衣の人影が、皇帝に向かって手を振った。


漆黒のコートを風になびかせ、深紅の魔眼で皇帝を見下ろす青年。  その姿は、この世の誰よりも禍々しく、そして美しかった。


「……貴様、誰だ」


ゼギオンの声が震える。  本能が理解した。あの青年は、人間ではない。  古神という怪物を手足のように従える、より上位の怪物。


「……初めましてだな、皇帝陛下」


シンの声が、魔力に乗って拡声され、帝都中に響き渡った。  その声色は、Fランクの少年のような軽薄さはなく、絶対者の重みを帯びていた。


「素晴らしいプレゼントをありがとう。……こいつは俺が有効活用させてもらうよ」


「レギオン……! 貴様が、レギオンの長か……!」


ゼギオンが歯噛みする。  まさか、敵の大将自らが単身で乗り込み、あろうことか帝国の切り札を奪い取るとは。


「返せ! それは余の国だ! 余の力だ!」


「残念だが、所有権は移転した」


シンは古神の装甲をコツンと叩いた。


「こいつは言っているぞ。『帝国の鎖はもうたくさんだ』とな」


シンが指を弾く。  古神が、ゆっくりと右腕を振り上げた。  その拳は、小山ほどもある鉄塊。


「さあ、始めようか。……帝国崩壊のカウントダウンだ」


古神の拳が、王城の城壁へと振り下ろされた。


ドゴォォォォォォォンッ!!


城壁が紙屑のように粉砕され、瓦礫が雨のように降り注ぐ。  帝都ガルガロッサに、防空警報のサイレンが鳴り響く。  だが、その音もまた、古神の上げる咆哮にかき消されていった。


魔王が、巨人を従えて都市を蹂躙する。  鋼鉄の国が誇った最強の矛は、今や彼ら自身の喉元を突き刺す凶器となっていた。

本日も読んでいただき、ありがとうございます!


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