表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

68/200

第68話 『玉座に座る孤独な道化』

迷宮都市ネメシス。


大陸の中央に位置するこの城塞都市は、冒険者たちにとっての聖地であり、今や大陸最強の『レギオン・蜘蛛(アラクネ)』の実効支配下にあった。


その一等地は、今や『レギオンハウス』と呼ばれ、市民から畏敬の念を集めている。


だが、その地下に広がる「真の拠点」を知る者は、構成員の中でもごく一部しかいない。


空間転移。


物理的な地下ではなく、次元の裏側に隠された亜空間。


裏組織・細蟹(クモ)の本拠地――『地下宮殿(アンダー・ネスト)』。


無限に広がる闇と、妖しく輝く黒曜石の柱に囲まれたその空間は、今日、ひとつの「儀式」の終わりを迎えていた。


「……ふむ。悪くない味だ」


最奥に鎮座する漆黒の玉座。


そこに座るのは、闇色のコートを纏った一八歳の青年――シンである。


彼は掌に浮かぶ、毒々しい緑色の光球を握り潰した。


それは先ほど討伐された第三王子カインの魂から抽出された、才能(ゼロ)の結晶だ。


才能(ゼロ)生体錬金(バイオ・アルケミー)】の解析(アナライズ)完了』


『既存の才能(ゼロ)眷属強化(ファミリア・ブースト)】との統合(ミックス)を開始します……』


脳裏に響く通知音と共に、シンの体内で膨大な魔力が渦を巻く。


カインが非人道的な実験で磨き上げた狂気の技術は、始祖(オリジン)であるシンの手によって、より洗練された「進化の力」へと昇華された。


「これで、兵隊たちの『質』を底上げできるな」


シンは満足げに呟き、虚空に指を走らせた。


パチン、と乾いた音が響くと、何もない空間に長方形の映像(ウインドウ)が浮かび上がる。


シンの才能(ゼロ)幻影の窓ファントム・ウィンドウ】。


そこに映し出されたのは、ここネメシスから遠く離れた北の地――王都ゼノリスの様子だった。


「報告を、ネモ」


シンが虚空に呼びかけると、玉座の傍ら、柱の影がにゅるりと動いた。


影の中から姿を現したのは、一人の女性だ。


顔を不気味な笑みを浮かべた道化師ピエロの仮面で覆っている。


身体のラインを強調する漆黒のボディスーツに、極彩色の道化衣装を重ね着したその姿は、妖艶でありながら、どこか不安を煽るような危うさを秘めていた。


十王(デケム・キング)第三席、【(ドッペル)】のネモ・ローズ。


「はぁい、マイ・ロード♡ お呼びでしょうかぁ?」


仮面の下から、鈴を転がすような甘ったるい声が響く。


彼女はその場でくるりと一回転し、芝居がかった動作で深々と頭を下げた。


「事後処理は完璧だよん。カイン王子の死は『禁忌の実験による暴走事故』として処理完了。証拠も死体も、綺麗さっぱり消しておいたからねぇ」


「ギルバートの反応は?」


「ウフフ……傑作だよぉ。見せてあげる」


ネモが細い指先を振ると、【幻影の窓ファントム・ウィンドウ】の映像が切り替わった。


映し出されたのは、王都ゼノリスの王城最上階にある「玉座の間」だ。



王城「白亜の宮殿」。


その中枢である「玉座の間」は、異様な静けさに包まれていた。


だが、それは厳粛な静寂ではない。誰もいないことによる、寒々しい空虚さだった。


「……なぜだ。なぜ誰も来ないッ!!」


広い広間に、男のヒステリックな絶叫が響き渡った。


第一王子ギルバート。


豪奢な軍服に身を包み、父王の代理として玉座に座る彼は今、顔を真っ赤にして肘掛けを殴りつけていた。


今日は、カインの不始末を受けての「緊急御前会議」のはずだった。


弟が王都の地下で化け物を飼っていたという不祥事。それをカイン個人の暴走として切り捨て、自身の潔白を主張し、さらなる権力基盤を固める。


そのための招集だったはずだ。


だが。


定刻を過ぎても、広間に現れたのは数名の側近と、震える侍従だけ。


国を動かす主要な大貴族たち――公爵も、侯爵も、誰一人として姿を見せていないのだ。


「へ、陛下……いえ、殿下……」


老齢の侍従長が、脂汗を拭いながら恐る恐る進み出る。


「そ、それが……各家より、急な欠席の伝令(しらせ)が届いておりまして……」


「欠席だと!? 余の招集だぞ!? 国家の緊急事態だぞ!?」


「は、はい……。ですが、バルムント公爵は『領地の鉱山でストライキが起きたため』と……。


ミランド侯爵は『急な病で床に伏せっている』と……」


「ふざけるなッ! ミランドの狸め、昨夜の夜会では酒を浴びるほど飲んでいたではないか!」


ギルバートは手元のワイングラスを床に叩きつけた。


ガシャン! と赤い液体が絨毯に広がり、まるで血痕のように染み込んでいく。


「なめているのか……! どいつもこいつも、余を軽んじおって!」


ギルバートは理解していなかった。


これが単なるサボタージュではないことを。


バルムント公爵の鉱山でストライキが起きたのは、細蟹(クモ)の息がかかった労働者たちが一斉に蜂起したからだ。


ミランド侯爵が病と称して引きこもったのは、彼の莫大な借用書を握る「黄金の支配者」ジェイドから、『今日の会議に出れば、明日の朝には屋敷を差し押さえる』という丁寧な手紙が届いたからだ。


経済封鎖。


十王(デケム・キング)(ミダス)】ジェイドによる、音のない暗殺。


王都の物流、金融、そして貴族たちの裏の資産。その全てが、既に細蟹(クモ)の手によって握られている。


今のギルバートは、舵を失い、船員に逃げ出された泥船の船長に過ぎない。


「カインめ……! 死んでまで余の足を引っ張りおって……!」


ギルバートは爪を噛んだ。


弟の死を悼む感情など欠片もない。あるのは、自分の立場が危うくなったことへの焦りと怒りだけだ。


「ええい、軍はどうした! 近衛騎士団長を呼べ! 軍さえあれば、貴族どもなど力ずくで従わせてやる!」


彼が呼んだのは、現在の近衛騎士団長である男の名だった。


だが、侍従は青ざめた顔で首を振る。


「そ、それが……騎士団長も、本日は『部隊の再編のため』と称して、兵舎に籠もっておられます……」


「貴様もか……ッ!!」


ギルバートは絶叫した。


騎士団長は、ギルバートが金で釣った腰巾着に過ぎない。その腰巾着さえもが、沈みゆく船から逃げ出したのだ。


「おのれ……おのれぇッ! レギオンめ……! あの薄汚い冒険者どもが、裏で手を回しているに違いない!」


誰もいない広大な広間で、豪奢な衣装を着た男が一人、見えない敵の影に怯えて喚き散らしている。


それはまさに、滑稽な道化の姿だった。



その道化の踊りを、王城の一角から冷ややかな瞳で見つめる者がいた。


「白百合の離宮」と呼ばれる、王族のプライベートエリア。


色とりどりの花が咲き乱れる庭園のテラスで、一人の女性が優雅にティーカップを傾けていた。


ゼノリス王国第二王女、ソフィア・ゼノリス。


艶やかな黒髪を複雑に結い上げ、喪服を思わせる漆黒のドレスを纏った美女だ。その美貌は、見る者を惹きつけると同時に、触れれば死に至る毒のような妖艶さを秘めている。


「……兄様ったら。あんな大きな声を出して。喉が枯れてしまうわ」


ソフィアはクスクスと笑った。その瞳には、兄を心配する色は皆無だ。あるのは、出来の悪い玩具を見るような侮蔑と、冷徹な計算のみ。


彼女の背後には、顔を隠した黒装束の従者たちが数名、影のように控えている。


王家の影として動く、彼女直属の諜報部隊「毒蜘蛛の糸」だ。


「報告を。……カイン兄様は、本当に事故死?」


ソフィアが問いかけると、従者の一人が音もなく進み出る。


「いいえ、殿下。現場の痕跡を調査しましたが、あまりに不自然です。


実験施設の破壊痕、キメラたちの死骸……何者かによる『戦闘』の痕跡が色濃く残っています」


「やっぱりね。あの臆病な兄様が、自分ごと施設を爆破するなんてありえないもの」


ソフィアは角砂糖を紅茶に落とす。ポチャン、と甘い波紋が広がる。


「やったのは……『レギオン・蜘蛛(アラクネ)』ね?」


「十中八九。現場付近で、レギオンの幹部と思われる人物の目撃情報があります。それも複数名」


ソフィアは目を細めた。


ここ数ヶ月で急速に台頭してきた新興組織、レギオン・蜘蛛(アラクネ)


本拠地はネメシスだが、その影響力は王都にも深く浸透している。冒険者ギルドを掌握し、裏社会の経済を牛耳り、そして今、王族の一人を葬り去った。


ギルバートは彼らを「生意気な冒険者崩れ」程度にしか思っていないが、ソフィアの認識は違う。あれは明確な「国盗り」の意思を持った武装集団だ。


「優秀ね。……悔しいけれど、今の王家(兄様たち)じゃ勝てないわ」


彼女は冷徹なリアリストだ。


ギルバートは権力という幻想にしがみついているだけ。カインは力に溺れて自滅した。


ならば、この国を守れるのは――あるいは、新しく作り直せるのは、自分しかいない。


「でも、不思議ね。それだけの力を持っていながら、なぜ一気に攻め落とさないのかしら?」


ソフィアは指先で唇に触れ、思考を巡らせる。


経済も、軍事も、暗殺も。レギオンは全てのカードを持っている。その気になれば、今夜にでもギルバートの寝首を掻けるはずだ。


それをしない理由は一つ。


「……民意、かしら」


ただ暴力で王を殺せば、彼らは「逆賊」になる。


だが、王が民衆からの信頼を完全に失い、国が乱れに乱れたところで「救世主」として現れれば――彼らは「革命軍」になれる。


そこまで計算して、あえてギルバートを生かしているのだとしたら。


「恐ろしい相手。……トップは誰? 十王と呼ばれる幹部たち?」


「それが紅蓮の獅子(クリムゾン・レオン)リーダーのアレスという男です」


従者の報告に、ソフィアは妖しく微笑んだ。


紅蓮の獅子(クリムゾン・レオン)リーダーのアレス……ね。


他にも黒幕がいるんじゃないかしら? 十王ほどの化け物たちを束ねる存在が」


彼女は立ち上がり、テラスの手すりに手をかけた。眼下には、王都ゼノリスの街並みが広がっている。


その街のどこかに、自分と同じように盤面を見下ろしている「敵」がいる。


ゾクゾクするような焦燥感と、それ以上の高揚感。


「調べなさい。レギオン・蜘蛛(アラクネ)の全てを。……特に、組織の『弱点』になりそうな部分をね」


「弱点、ですか?」


「ええ。どんなに強固な組織でも、必ず綻びはあるわ。例えば……そうね、無理やり組織に付き合わされている『お荷物』とか」


ソフィアの脳裏に、以前入手したレギオンの構成員リストが浮かぶ。


Sランク、Aランクの猛者たちが並ぶ中、一つだけ異質な名前があった。


『シン。15歳。Fランク冒険者』


報告書によれば、彼はリーダーであるアレスのパーティに所属している荷物持ちだという。


だが、その扱いは奇妙だ。


アレスたち幹部は、彼を「弟君」と呼んで可愛がっているという噂もあれば、ただの雑用係として扱っているという話である。


「……ふふ。見つけたかもしれないわ」


ソフィアは手すりの上の蜘蛛を指先で弾き飛ばした。


強力な組織であればあるほど、内部に抱える「弱者」は重荷になる。


もし、その弱者が組織の幹部にとって重要な「人質(アキレス腱)」になり得るとしたら?


「私が救ってあげましょう。……そして、私の可愛い『小鳥』として、組織の情報をさえずらせてあげる」


ソフィアは知らなかった。


彼女が「弱点」だと目をつけたその少年こそが、彼女の想像を遥かに超える「絶望の淵」であることを。


毒蜘蛛は、自らより巨大な捕食者の巣に、足を踏み入れようとしていた。


「招待状を用意して。……最高のおもてなしをするわ」


王都の風に、甘い毒の香りが混じり始めた。


道化が踊る玉座の裏で、二人の「支配者」による知恵比べの幕が上がろうとしていた。

本日もお読みいただきありがとうございます!


今回の見どころは、なんといってもギルバート第一王子の孤立っぷりですね。 貴族に見捨てられ、騎士団にも逃げられ……広すぎる玉座の間で喚き散らす姿は、まさに「裸の王様」ならぬ「孤独な道化」です。 ここからの彼の転落劇ざまぁにもご期待ください。


そして、新キャラクターの第二王女ソフィアが登場しました。 兄たちとは違い、冷静に状況を分析できる知性派ですが……果たして彼女の「毒」は、我らが魔王様に通じるのでしょうか?


面白い、続きが気になる! と思っていただけたら、 ブックマーク登録と、広告下の【☆☆☆☆☆】から評価をいただけると執筆の励みになります!

続きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ