第57話 堕ちる戦乙女《フォール・ダウン・ワルキューレ》
「――緊急告知! 緊急告知ィィィッ!!」
合成魔獣が子犬のように手懐けられて退場するという、前代未聞の珍事から数分後。 困惑冷めやらぬ闘技場に、司会者の絶叫が響き渡った。
「大会主催者であらせられる、第一王女エレオノーラ殿下より、特別なる勅命が下りました! 決勝トーナメントの組み合わせを、これより『変更』いたします!」
観客たちがざわめく中、闘技場の中央にある巨大な魔法映像板に、新たな対戦カードが映し出された。
【第一試合】 Fランク冒険者:シン VS Aランク(英雄):エレオノーラ・ゼノリス
「な……なんだってええええええ!?」 「王女殿下が、自ら戦うだと!?」 「しかも初戦から、あのFランクの雑用係と!?」
会場が揺れるほどの歓声とどよめきが巻き起こる。 通常、主催者や王族が予選上がりの平民と戦うなどあり得ない。だが、相手はあの「戦乙女」と謳われる武闘派の姫だ。 観客たちは即座に理解した。これは試合ではない。王家の威信を傷つけた不届き者への、公開処刑なのだと。
「……フフッ。始まりましたね」
貴賓席の最上段、影になったバルコニーで、一人の男が優雅にグラスを傾けていた。 彼こそは、組織レギオン【蜘蛛】における最高幹部の一角。 十王・第一席、『黄金の支配者』ジェイドである。
彼は眼下の闘技場を見下ろし、憐れむように目を細めた。
「自ら蜘蛛の巣に飛び込むとは、なんと愚かで、愛らしい蝶でしょう。……ねえ、麗しの戦乙女?」
ジェイドの呟きと同時に、ファンファーレが鳴り響く。 貴賓席から直接伸びた階段を降り、一人の女性が闘技場へと足を踏み入れた。
燃えるような真紅の礼装鎧。 腰まで届く炎色の髪をなびかせ、手には身の丈を超える巨大な炎槍を携えている。 その全身から放たれるのは、Aランク特有の圧倒的な魔力奔流。 第一王女、エレオノーラ・ゼノリス。 この国における「武」の頂点であり、人類の到達点とも呼ばれる天才だ。
「わぁーお。……本気だね、お姫様」
対するシンは、相変わらずやる気のない立ち姿で、頭をポリポリと掻いていた。 武器は安物の鉄剣一本。防具は布の服だけ。 黄金の鎧に身を包んだエレオノーラとは、あまりに対照的すぎる。
「光栄に思いなさい、下賤な子供よ」
エレオノーラが、切っ先をシンに向けた。 その瞳には、侮蔑と殺意、そして絶対的な自信が宿っている。
「貴様のような詐欺師に、この私が直々に引導を渡してやるのです。……感謝して死になさい」
「へぇ。随分と自信がおありで」
シンは鼻で笑った。
「でもさ、アンタ勘違いしてるよ。俺は詐欺師じゃない。ただの……『掃除係』さ」
「黙れッ! 魔弾で騎士を吹き飛ばし、睨んだだけで合成魔獣を手懐ける……そんな出鱈目が、Fランクの(ただの)人間に可能なものですか! 貴様は禁忌の魔道具を使っている犯罪者よ!」
エレオノーラが叫ぶと同時に、彼女の足元の地面が爆ぜた。 魔力放出。 彼女の怒りに呼応して、大気が赤く染まる。
「証明してあげるわ。その薄汚い小細工が、本物の『才能』の前では無意味だということを!」
「試合開始ッ!!」
審判の声が響いた瞬間、エレオノーラの姿が消えた。 否、速すぎるのだ。 Aランクの身体能力による超高速移動。
「――炎雷ッ!!」
刹那、シンの目の前に真紅の閃光が迫る。 炎を纏った槍による、音速の刺突。 岩盤すら貫くその一撃は、間違いなく必殺の威力を持っていた。
だが。
「……遅いよ、戦乙女さん」
シンは、あくびを噛み殺しながら、半歩だけ左にずれた。
ヒュンッ!!
豪快な風切り音と共に、槍がシンの横を通り抜ける。 髪の毛一本触れさせない、最小限の見切り。
「なッ……!?」
エレオノーラの目が驚愕に見開かれる。 まぐれだ、と思う間もなく、彼女は第二撃、第三撃を繰り出した。 横薙ぎ、突き上げ、回転斬り。 目にも留まらぬ連撃の嵐。その全てが、触れれば即死の破壊力を帯びている。
しかし、当たらない。 シンはまるで散歩でもするかのように、ゆらりゆらりと体を揺らし、その全ての攻撃を紙一重で回避していた。 剣すら抜いていない。 ポケットに手を突っ込んだまま、退屈そうに避けているだけだ。
「ふ、ざけるな……ッ! なぜ当たらない! 貴様はFランクでしょう!? ただのゴミでしょう!?」
「動きに無駄が多いんだよ。……ほら、足元がお留守だ」
シンが、トン、と軽くエレオノーラの足先を踏んだ。 それだけで、彼女の体勢が大きく崩れる。
「きゃっ!?」
つんのめる王女。 その無防備な背中に、シンは優しく手を添えた。
「――強制着席」
ズドンッ!!
物理的な重圧ではない。 シンの掌から流し込まれた「絶対服従」の魔力が、エレオノーラの運動神経を術式掌握し、強制的に「正座」をさせたのだ。
砂煙が舞う中、観客たちは信じられない光景を目にした。 あの最強の王女エレオノーラが、Fランクの少年の前で、ちょこんと正座させられている姿を。
「な……な、に……?」
エレオノーラは顔を真っ赤にして震えた。 立とうとしても、足が動かない。金縛りにあったように、体が言うことを聞かない。
「い、いつの間に拘束魔法を……! 卑怯者ッ!」
「魔法じゃないよ。ただの『躾』だ」
シンはしゃがみ込み、王女の目線に顔を合わせた。 その瞳の奥にある深淵を覗き込ませるように。 そして、周囲の観客には聞こえないほどの小声で、彼女の耳元に囁いた。
「(さて、第一王女殿下。……アンタは自慢していたな。『本物の才能』とやらを)」
シンが指先で、エレオノーラの自慢の炎槍を弾いた。 パキンッ。 国宝級の魔剣が、まるでガラス細工のように粉々に砕け散る。
「ひッ……!?」
「(これが、アンタの言う『本物』か? 脆すぎる。……俺の配下の、使いっ走りの方がまだマシな強度だぞ)」
シンは砕けた槍の破片を拾い上げ、砂になるまですり潰してみせた。
「(教えてやるよ、戦乙女。……本当の『格の違い』ってやつを)」
ゾクリ。 エレオノーラの背筋を、氷のような悪寒が駆け抜けた。 目の前の少年から、人の形をした「何か」が溢れ出してくる。 それはAランクなどというちっぽけな枠組みではない。 世界そのものを捕食する、絶対的な上位存在の気配。
「あ……あ、あ……」
エレオノーラの口から、言葉にならない音が漏れる。 理解してしまった。 自分は、戦士と戦っていたのではない。 最初から、神の掌の上で踊らされていた道化だったのだと。
観客席のジェイドが、満足げにワインを飲み干した。 その唇が、音もなく動く。
(さあ、堕ちなさい。プライドの高い戦乙女ほど、泥に塗れた姿は美しい)
絶望の王女と、それを見下ろす魔王。 国盗りの仕上げとなる「教育」の時間が、今まさに始まろうとしていた。
本日も読んでいただきありがとうございます!
ついに第一王女エレオノーラ、陥落です。 「戦乙女」と呼ばれた彼女が、Fランクの少年に手も足も出ずに正座させられる……。 書いていて非常に筆が乗るシーンでした。
圧倒的な力でプライドをへし折られた彼女が、この後シンによってどのような「教育」を施され、レギオンの忠実な手駒へと生まれ変わるのか。 次回の展開も、どうぞご期待ください。
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続きます




