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第56話 猛獣使いのイカサマ師

 「――次こそは、言い逃れなどさせないわ」


 貴賓席で、第一王女エレオノーラは扇子をへし折らんばかりに握りしめていた。 先ほどの試合。Fランクの少年シンは、不可解な衝撃波デコピンでBランク騎士を撃破した。 あれは間違いなく、何らかの強力な魔道具による不正行為だ。


「人間相手なら、闇討ち用の道具も通じるでしょう。……けれど、言葉の通じない『殺戮兵器』相手に、小細工が通用するかしら?」


 彼女が冷酷な笑みを浮かべて合図を送ると、闘技場の巨大な鉄扉が、重々しい音を立てて引き上げられた。


「グルルルルルルルッ……!!」


 地響きのような唸り声とともに、その怪物は姿を現した。 ライオンの頭、山羊の胴体、そして蛇の尻尾を持つ四足歩行の異形。 王家の魔術師たちが生み出した人造の魔獣――合成獣(キメラ)である。


「ひ、ひぃッ! あれは『準Aランク』指定の災害獣だ!」「逃げろ! 結界が破られたら観客席まで殺されるぞ!」


 観客たちがパニックに陥る中、キメラは血走った眼で獲物を探す。 その凶暴性は、調整により極限まで高められている。目の前の動くもの全てを肉塊に変えるまで、その暴走は止まらないはずだった。


 そう、相手が「ただの人間」であれば。


◇◇◇


 対峙するシンは、暴れまわるキメラを見て、ふむと頷いた。


「元気なワンちゃんだな」


 そして、あろうことか。 シンはその場にどっかと胡座をかいて座り込んだのだ。 武器を構えるどころか、完全にリラックスした姿勢。


「な、何をしているんだあのバカは!?」「腰を抜かしたのか!?」


 観客の罵声が飛び交う中、エレオノーラも呆れ果てて吐き捨てた。


「愚かね。……死を受け入れたの? それとも、犬とじゃれ合うつもりかしら?」


 キメラがシンを認識した。 殺意の塊となって、巨大な爪を振り上げ、猛然と飛びかかる――はずだった。


 ピタリ。


 シンの数メートル手前で、キメラの巨体が急ブレーキをかけた。 その全身の毛が逆立ち、ブルブルと激しく震え始める。


 キメラの本能(センス)が、理解してしまったのだ。 目の前に座っている「それ」が、餌などではないことを。 自分たち魔物を創造した根源的な「何か」。逆らえば細胞の一つ残らず消滅させられる、絶対的な捕食者であることを。


 シンはニコニコと笑いながら、手招きをした。


「よ~しよし、こっちおいで」


 会場が凍りついた。 あいつ、今なんと言った? 準Aランクの殺戮兵器に向かって、子犬を呼ぶように声をかけたのか?


「バカじゃないの? あれは犬じゃないわよ、殺せッ!」


 エレオノーラが叫ぶ。 だが、次の瞬間。 信じられない光景が広がった。


「クゥ~ン……」


 キメラが、甘えるような情けない鳴き声を上げたのだ。 そして、巨大な体を地面に擦り付けながら、ズルズルとシンに近寄っていく。 その姿は、飼い主に怒られるのを恐れる捨て犬そのものだった。


 シンは近づいてきたキメラの鼻先を、よしよしと撫で回す。


「いい子だ。……ほら、ゴロンは?」


 ドスンッ。


 キメラが仰向けに転がった。 無防備極まりない腹を、天に向けて晒け出す。 それは、魔物としてはあり得ない、完全なる服従のポーズだった。


「は、はあぁぁぁぁッ!?」


 会場中から、絶叫に近い素っ頓狂な声が上がった。 あの凶暴なキメラが。 多くの騎士を食い殺してきた怪物が。 少年に撫でられ、腹を見せて、気持ちよさそうに目を細めているのだ。


「可愛いね~」


 シンはキメラの腹をワシャワシャと撫でながら、満足げに笑った。 キメラは恐怖と安堵で失禁しそうになりながらも、必死に尻尾(蛇)を振って愛想を振りまいている。


「な、な、な……」


 エレオノーラは、言葉を失っていた。 ありえない。 魔獣使いのスキルを持たない者が、これほど完璧に魔物を制御するなど、魔法理論上不可能なはずだ。


「……テイムだわ」


 彼女はギリギリと歯ぎしりをした。


「あの卑怯者……! 魔物を強制的に従わせる、高位の『支配の魔道具』を使ったに違いないわ!」


「な、なるほど! 昨今の闇市場では、そういった違法魔道具が出回っていると聞きます!」


 側近たちが我が意を得たりと頷く。 誰も、「シンの格が高すぎて魔物が怯えている」という真実にはたどり着かない。 なぜなら、そんなことができるのは「魔王」か「神」だけだからだ。Fランクの少年にそれができるはずがないという常識が、彼らの目を曇らせていた。


「勝者、シン!!」


 審判が、困惑しつつも勝利を宣言する。 シンは立ち上がり、名残惜しそうにキメラの頭をポンと叩いた。


「じゃあな。……あとで肉あげるから、向こうで待ってな」


 「ワンッ!(御意!)」と一声鳴いて、キメラは大人しく退場ゲートへと走っていった。 その背中を見送りながら、シンは観客席に向かってペコリとお辞儀をする。


 ブーッ! ブーッ! 会場からは、称賛ではなくブーイングの嵐が巻き起こった。


「インチキだぞー!」「魔道具ばっかり使いやがって!」「真面目に戦え卑怯者!」


 罵声を浴びながら、シンは首を傾げた。


(……なんで怒ってるんだ? 動物愛護的な観点か?)


 どこまでも噛み合わないまま、少年は悠々と予選を突破していく。 その姿を見て、エレオノーラの中で、ある決意が固まった。


「許さない……。私の神聖な儀式を、汚い手で汚す害虫め」


 彼女は立ち上がり、冷徹な瞳で次の命令を下した。


「決勝トーナメントの相手を変更なさい。……一回戦で、私が出る」


「で、殿下が!? しかし……」


「構わない。あのイカサマ師の化けの皮を、私が直接剥いで、処刑してやるわ」


 Aランクの英雄、第一王女エレオノーラ。 彼女自らが、制裁の剣を抜く。 だが彼女はまだ知らない。自分が剥ごうとしている化けの皮の下に、国をも飲み込む深淵が広がっていることを。

あとがきお読みいただきありがとうございます!キメラさん、生存ルートおめでとうございます(笑)。シンの前では、凶悪な魔獣もただの「お腹を見せるワンちゃん」でした。しかし、これによって王女の怒りは頂点に。次回、いよいよ予選終了。そして本戦にて「Aランク王女 vs Fランク魔王」の直接対決が始まります!「勘違い展開最高!」「キメラ可愛い!」と思っていただけたら、ぜひ【ブックマーク】と【評価(☆☆☆☆☆)】をお願いします!皆様の応援が、執筆の糧になります!

続きます。

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