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第10話 神の座

視界を埋め尽くす白濁色の霧。  それは、Sランク魔物『不死王ノーライフキング』が放った『広域死滅魔法・死のデス・クラウド』だった。  触れたそばから肉を腐らせ、骨を塵に変える絶対的な死の宣告。


「あ……ああ……」


 アレスは失った右腕の激痛に耐えながら、左手で泥を掴んだ。  終わった。  Bランク最強を自負していた自分の旅路が、こんな薄暗い地下の底で、誰にも知られずに幕を閉じる。  出血で霞む視界の端で、ミラやボルトスが絶望の悲鳴を上げているのが見えた。


 ――だが。  いつまで待っても、死の痛みは訪れなかった。  代わりに聞こえたのは、パリンッという、薄氷を踏み割るような乾いた音。  そして、空気が悲鳴を上げるほどの強烈な突風だった。


「……え?」


 アレスが恐る恐る顔を上げる。  そこには、信じられない光景が広がっていた。


 迫り来ていたはずの死の霧が、消滅していた。  いや、「弾かれて」いた。  アレスたちの目の前に立つ、小柄な荷物持ちの少年――シンの、たった一振りによって。


 シンは、顔の前の羽虫を払うかのように、無造作に右手を振った体勢のままだった。  その裏拳から放たれたのは、魔法ではない。  ただの「風圧」。  そして、その身から溢れ出した、空間さえも歪ませる圧倒的な「覇気」だった。


「……なんだ、今の魔法は」


 シンは退屈そうに呟き、手の甲についた見えない埃を払った。


「術式の編み方が雑すぎる。魔力の変換効率が悪すぎて、ただの汚い煙幕にしかなっていないぞ」


『な……!?』


 玉座に座る不死王の思考が停止した。  我が魔法を弾いただと? 人間ごときが?  いや、あれは魔術による防御ではない。純粋な暴力的な質量によって、魔法ということわりそのものをねじ伏せたのだ。


『き、貴様……何者だ……?』


 不死王の声に、初めて動揺の色が混ざった。  ただの荷物持ちではない。Fランクの弱者などではない。  その少年の内側から溢れ出しているのは、死の超越者である自分さえもが本能的に畏怖する、底なしの深淵。


 シンは被っていたフードを脱ぎ捨てた。  露わになった黒髪が、魔力の余波で揺らめく。  彼はアレスたちを一瞥もせず、ただ真っ直ぐに「王」を見据えていた。


「……遊びは終わりだ。このからだは少し窮屈でな」


 シンが首をコキリと鳴らす。  次の瞬間。  ドクンッ!!  心臓の鼓動のような音が、ダンジョン全体を揺らした。


 シンの影が爆発的に膨れ上がり、彼自身を包み込む繭となる。  バリバリバリッ!  空間に亀裂が入るような音と共に、シンの肉体が変貌を遂げていく。


 五歳の幼さも、十五歳の未熟さも消え去る。  骨格が軋み、筋肉が躍動し、背が伸びる。  擬態解除。  数万年の時を経て完成された、始祖としての「真の姿」へ。


 黒い光が晴れた時。  そこに立っていたのは、一人の青年だった。


 年齢は十八歳ほど。  透き通るような白磁の肌に、夜空を切り取ったような漆黒の髪。  整いすぎたその顔立ちは、美しさを通り越して、見る者に畏怖を与える「魔王」の如き威厳に満ちている。  そして何より、その瞳。  深紅に輝く瞳孔は、縦に裂け、人のそれではない。


「……あ……」


 アレスは失血の目眩も忘れ、言葉を失った。  誰だ、こいつは。  さっきまでの弱々しい荷物持ちとは、存在のくらいが違う。  同じ場所に立っているだけで、魂が押し潰されそうになる。


 シン――真の姿となった彼は、自分の両手を見つめ、軽く握りしめた。


「……ふむ。やはり、この姿の方が馴染むな」


 声色も変わっていた。  低く、腹の底に響くような、絶対者の響き。


『き、貴様……人間では、ないな……!?』


 不死王が叫んだ。  本能が警鐘を鳴らしている。逃げろ、と。  だが、プライドがそれを許さない。自分はこの迷宮の王だ。死を統べる者だ。  正体不明の小僧に膝を屈するなど、あってはならない。


『消えろォォォォォッ!!』


 不死王は全魔力を解放した。  杖が砕け散り、その先端にどす黒い太陽のような球体が出現する。  『極大消滅魔法・虚無の崩壊ヴォイド・カタストロフィ』。  単体攻撃ではない。このダンジョンの階層ごと空間を削り取る、自爆覚悟の最終奥義。


『塵も残さず、虚無へと還れェェッ!!』


 放たれた黒い太陽が、空間を歪めながらシンへと迫る。  アレスたちは絶叫すら上げられない。  世界の終わりだ。そう確信させるほどのエネルギー量。


 だが、シンは動じない。  避けることもしない。  ただ、ゆっくりと右手を前に差し出しただけだった。


「……騒々しい」


 ズォォォォォォォン……!  黒い太陽が、シンの掌に衝突した。  だが、爆発は起きない。  シンの手が、その巨大な破壊の塊を「受け止め」ていた。  まるで、投げられた手毬を掴むように。


『な……ば、馬鹿なッ!?』


 不死王の顎が外れんばかりに開く。  質量を持たない魔法エネルギーを、物理的に掴むなどあり得ない。  だが、シンの掌には、目に見えない無数の「糸」が展開されていた。  【ゼロ:魔力掌握】。  かつて喰らった魔導竜の能力を、始祖の魔力で極限まで強化した権能。魔法の構成を読み解き、その制御権を強制的に奪い取る。


「この程度の出力で『極大』とは。……現代の魔法水準も落ちたものだな」


 シンは冷めきった目で言った。


「返してやるよ。いらないから」


 シンが掌を軽く握り込む。  パリンッ。  Sランク最大魔法が、ガラス細工のようにあっけなく砕け散った。  余波の風が、不死王のローブを激しく煽る。


『ひ……』


 不死王が後ずさった。  玉座に座る王が、恐怖で後退したのだ。  魔法が通じない。物理も通じない。  目の前にいるのは、戦う相手ではない。  ただ一方的に蹂躙されるだけの「天災」だ。


 シンは静かに歩みを進めた。  一歩踏み出すたびに、床の石畳が重圧でひび割れていく。  その姿は、アレスたちにとって、不死王よりも遥かに恐ろしく、そして神々しい「絶望」として映った。


「……さて」


 シンは不死王の目の前まで歩み寄ると、見下ろすように言った。


「圧倒的な格の違いというやつを、教育してやろう」


 シンが右手を高く掲げる。  その指が、パチン、と鳴らす形を作った。


「光栄に思え。この技を見るのは、数千年ぶりだ」


 アレスたちは理解できなかった。  彼が何をしようとしているのか。  だが、魂だけが理解していた。  これから起こることは、世界のルールそのものを書き換える御業であると。


 シンが不敵に微笑む。


「――『時よ(タイム)』」


 指が鳴らされた。

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