第1話 滅びた世界の|始祖《オリジン》 改稿2/7
世界は、かつて一度、音もなく死んだ。
ある晴れた昼下がり。 それはあまりにも唐突に、慈悲なき静寂として訪れた。
『大消失』。 後にそう呼ばれることになる災厄が、惑星全土を覆い尽くしたのだ。
前触れはなかった。 警報も、伝令も、神に祈る猶予さえもなかった。
東の島国の喧騒も、大陸の摩天楼も、砂漠の静寂も。 あらゆる場所で、あらゆる人々が、その瞬間に活動を停止した。
石畳に、床に、広場のベンチに。 人類は地面に自身の「影」だけを黒々と焼き付け、その肉体を光の粒子と化して消滅した。
八〇億の命が、瞬きする間にただの「影」へと変わったのだ。
悲鳴すら上がらなかった。 ただ、衣擦れの音と、肉体が崩れ落ちる砂のような音だけが、世界最期の音楽として響き渡った。
風が止んだ。 鳥が鳴くのを忘れた。 波の音さえもが、世界から遠慮するように静まり返った。
完全なる静寂。 絶対的な無。
神が描いたキャンバスを、黒い絵の具で乱暴に塗りつぶしたかのような、唐突な終焉だった。
◇
それから、どれほどの時が流れたのだろうか。
主を失った文明の残骸は風化し、大地は再び緑に飲み込まれた。 かつての摩天楼は苔むした墓標となり、瀝青は樹木の根によって砕かれた。
大気中に満ちた未知のエネルギー粒子――後に「魔素」と呼ばれることになる物質――によって、地球上の動植物は異形の魔物へと進化を遂げた。
かつての青い星の面影は消え失せ、弱肉強食の理が支配する世界へと変貌していた。 世界が移り変わってから、「悠久の時」が経過していた。
そんな悠久の静寂の中で。 世界に刻まれた八〇億の影のうち、たった一つだけ、揺らぐものがあった。
深い森の奥。 苔むした灰色の巨大な石柱――よく見れば、それは「窓」が規則正しく並んだ、かつての高層ビルの成れ果てだった――の足元に焼き付いていた、小さな影。
それが、泥のように盛り上がり、立体を取り戻していく。
ズズ、ズズズ……。
粘着質な音が響く。 影はコールタールのように蠢き、やがてひとつの**「人」の形**を成した。
影から人の形を取り戻した最初の存在。 滅びた世界の「始祖」が、ここに誕生した。
◇
目覚めた時、彼は五歳の肉体を持っていた。
記憶はない。 自分が何者なのか、ここがどこなのか。 「親」という概念も、「人間」という種族名さえも知らない。 思考の海は凪ぎ、ただ白い闇が広がっているだけ。
だが、不思議と「言葉」だけは脳裏に浮かんだ。 そして、強烈な「飢え」が、生物としての緊急警報を鳴らしていた。
「……腹が、減った」
幼い唇から、言葉がこぼれ落ちる。
乾いた喉が、焼けつくように痛む。 胃袋が、何かを入れろと悲鳴を上げている。 まるで、内側から見えない獣に胃壁を齧られているような、暴力的な飢餓感。
カサカサカサ……。
足元で無数の音がした。 見れば、周囲を埋め尽くすように、数百匹もの蜘蛛が蠢いている。
「……くれるのか?」
そのうちの一匹が、赤い木の実を捧げ持っていた。 彼は手を伸ばし、蜘蛛から恭しくその実を受け取る。
恐怖はなかった。 なぜなら、彼らは敵ではないからだ。 魂にあるのは、彼らを従える絶対的な王としての感覚。
彼が目覚めと共に認識した力。 それは『蜘蛛操作』という才能であった。
彼は木の実を齧り、わずかに空腹を満たすと、眼下の蜘蛛を見つめた。 こいつらは、自分を知っているようだ。 ならば、自分も自分を定義しなければならない。
「……そうだな」
彼は呟く。 根拠はない。だが、魂の奥底から、一つの響きが浮かび上がってきた。
「俺の名は……シン」
口にすると、しっくりと馴染んだ。
「シン。……俺の名は、シンだ」
全てが【無】になった世界で、少年は自らに名を付けた。 それが、魔王の伝説が始まる最初の瞬間だった。
◇
最初の数年は、地獄そのものだった。
五歳の肉体はあまりに脆弱であり、森の生態系においては最底辺の存在に過ぎなかった。 走ればすぐに息が切れ、転べば膝を擦りむいて鮮血が滲む。 森には、見たこともない異形の獣たちが跋扈している。
鉄の鱗を持つ猪、酸を吐く巨大な芋虫、空を覆う怪鳥。 それらは皆、シンを「格好の餌」として認識し、涎を垂らして襲いかかってきた。
「……はぁ、はぁ……ッ!」
逃げるしかなかった。 泥水を啜り、木の根を齧り、腐った死肉に群がる虫を奪って食べた。 夜は木の洞に隠れ、寒さと恐怖に震えながら眠った。
記憶はない、何もわからない。 ただ「生きる」という本能だけが、そこにはあった。
死にたくないというその一点だけで、痩せこけた手足を動かしていた。 泥を啜り、地を這うその姿は、人というよりは、生き汚い獣のそれに近かっただろう。
だが、彼には唯一の味方がいた。 彼の「能力」に感応し、その支配下に入った数百匹の野生の『小蜘蛛』たちだ。
「……守れ」
シンが小さく呟くだけで、蜘蛛たちは即座に陣形を組んだ。 操り糸など不要だ。 彼らはシンの眷属。 この森で目覚めた瞬間から、シンは『蜘蛛操作』の才能によって、彼らにとっての「絶対的な王」として君臨していた。
彼らは小さな体で盾となり、時には囮となり、主であるシンを生かすために、自らの意思など介在する余地もなく次々と死んでいった。
そして、ある雨上がりの日。 運命の転機は、泥濘の中で訪れた。
シンの眷属たちが、怪我をして動きの鈍った一角ウサギを包囲したのだ。
「……やれ」
幼いシンの勅命が下る。
シュババババッ!
数百の黒い影が一斉に躍りかかった。 個々の力はFランクの最弱。だが、統率された軍団の暴力は、格上の獣をも凌駕する。
「キュッ!? キュイィィィ……ッ!」
ウサギは狂ったように暴れ、数十匹の蜘蛛を踏み潰す。 だが、残る数百匹がその手足に食らいつき、毒牙を突き立て、重しとなって動きを封じる。
数分後。 ウサギは痙攣し、泥の中に沈んだ。
「……死んだか」
シンは泥だらけの足で近づく。 蜘蛛たちが道を開け、王を獲物の前へと招き入れる。 初めての狩り。初めての勝利。
だが、シンの心を満たしたのは、勝利の喜びではなかった。
――渇きだ。
魂の奥底で、巨大な「何か」が口を開ける感覚。 空腹の限界にあったシンにとって、眼下の死体は肉塊ではない。輝ける「力」の塊に見えた。
シンはその手を、心臓にある「魔石」には伸ばさなかった。 魔石はこの世界の動力源。ランクが高いほど大きく強く輝き、魔素を溜め込む心臓のような器官だ。 だが、シンが欲しているのは、そんなものではない。
彼の手は、本能的に頭部へと伸ばされた。 脳髄の奥にある、生物としてのスペックが刻まれた中枢――「核」。
ここに、この生物の「才能」が詰まっているのでは、ないのか? と直感した。
「これは、食えるのか?」
シンは食べてみた。
ゾクリ。
指先から、目に見えない「奔流」が引き抜かれる。 『脚力強化』。 このウサギが、数ある才能の中からたまたま宿していた固有の才能が、根こそぎシンの魂へと移動していく。
一方で、ウサギが生きて培ってきた「逃走の技術」や「身体の使い方」といった『派生』は、指の隙間から砂のようにこぼれ落ち、霧散した。
技は残らない。経験も残らない。 残るのは、純粋で暴力的な「スペック」のみ。
(……あたたかい)
シンはほう、と息を吐く。 頭部の核から情報を吸い尽くされたウサギは、外傷もないのに、まるで抜け殻のように色褪せて見えた。
ドクン。
心臓が跳ねた。 血管の中に、熱い泥が注入されたような感覚。 枯渇していた生命力が爆発的に満たされ、痩せこけた手足に力がみなぎる。
シンはその場で軽く跳躍してみた。
ダンッ。
土を蹴る感触が違う。 バネが入ったかのように体が宙に浮き、今まで届かなかった高い木の枝に、いとも簡単に手が届いた。
体の中に、自分のものではない強靭な「脚力」が備わっている。
シンは理解した。 自分の才能は、核を捕食すること。 それによって相手の才能を奪い取り、自分の力とする貪欲な捕食者。
『才能捕食』こそが、俺の才能なのだと。
その瞬間、世界の色が変わった。
ただの風景だった森が、無限の「食材」が並ぶ食卓に見えた。 恐怖の対象だった魔物たちが、自分を強化するための「栄養素」に見えた。
涎が溢れた。 胃袋が、もっと食わせろと咆哮した。
「……足りない」
少年の瞳に、初めて「捕食者」としての昏い光が宿った。
◇
それから、永い永い「食事」の時間が始まった。
森に棲む魔物を片っ端から罠にかけ、小蜘蛛|の軍団で圧殺し、毒液で溶かし、頭部の核から才能を啜り尽くす。 亀の個体を食らって『甲羅硬化』を得た日もあれば、毒蛇を食らって『猛毒生成』を得た日もあった。
ありとあらゆる森羅万象を喰らい、解析し、自らの力として統合していく。
失敗もあった。 毒に耐えきれず七日七晩高熱にうなされたこともあれば、強すぎる魔物を取り込もうとして身体が破裂しかけたこともあった。 だが、そのたびにシンは死の淵から蘇り、より強靭になって帰ってきた。
いつしか、彼は森の生態系の頂点に立っていた。 魔物たちはシンの影を見ただけで逃げ出し、森の王たる彼にひれ伏すようになった。
だが、それでも満たされなかった。 もっと強い力が欲しい。もっと美味い才能が欲しい。 この世界を構成する理そのものを喰らい尽くしたい。
最大の転機は、肉体年齢が十三歳を迎えた時。 森の最奥、「時知らずの谷」と呼ばれる禁足地でのことだった。
シンはそこで、この森の真の支配者と遭遇した。
位階Sの魔物、『時霧』。
それは実体を持たぬ霧の怪物だった。 虹色の靄が不定形に揺らめき、触れたものの時間を無慈悲に奪い去る最悪の厄災。 周囲の木々は一瞬で枯れ果てて砂になり、岩は風化して塵になる。
「……ッ!?」
シンが咄嗟にバックステップを踏んだ。 だが、遅かった。 霧の先端が、シンの左腕を掠めたのだ。
シュウウウ……。
皮膚が乾き、皺が刻まれ、瑞々しかった少年の腕が一瞬にして老婆のように枯れ木と化した。 激痛すらない。 ただ、「若さ」という概念そのものが剥ぎ取られる喪失感だけがあった。
「時間を……食うのか」
シンは即座に腰の短剣を抜き、枯れた左腕を肘から切断した。 鮮血が噴き出すが、すぐに再生能力が働き、傷口が塞がる。 だが、切断された腕は地面に落ちる前に塵となって消滅した。
勝てる相手ではない。 本体であるシンが近づけば、即座に寿命を吸われて塵になる。 物理攻撃はすり抜け、魔法攻撃も時間遡行によって無効化される。 無敵の怪物。
逃げるべきだ。本能がそう告げている。 だが、シンの足は動かなかった。 恐怖以上に、強烈な「食欲」が彼をその場に釘付けにしていたのだ。
(あれを食えば……俺は『時間』を手に入れられる)
寿命という名の首輪。老いという名の呪い。 それら全てから解き放たれ、永遠の存在になれるかもしれない。
「……食ってやる」
シンは唇を舐めた。 彼には、それまでの数千回の捕食で得た、二つの切り札があった。 【眷属召喚】と【分身作成】。
シンはこの二つの才能を体内で合成し、一つの新才能を作り出した。
――【分身体】。
それはシンの魔力と肉体の一部を編み上げて作られた、命なき人形。 姿形すら意のままになるその器を、シンは巨大な蜘蛛の形へと変貌させ、自身の持つ膨大な才能を惜しげもなく付与した。
本来、全ての生命体は一つの才能しか持てない。許容量を超えれば魂の器が壊れるからだ。 だが、この分身体は紛い物ゆえに、壊れるまで無限に力を注ぎ込むことができた。
「行け」
シンは岩陰から操り、蜘蛛の形をした分身体を特攻させた。
『時霧』に触れ、分身体の装甲が急速に老化し、錆びつき、崩れ落ちる。 だが、その崩壊するまでのわずかな数秒間に、分身体から放たれた数億の小蜘蛛たちが霧に食らいつき、その魔力を削り取る。
分身体が壊れれば、また作る。 自らの肉を削り、血を流し、魔力を注ぎ込んで、新たな兵隊を生み出す。 そして突撃させる。 何度も、何度も、何度も。
「はぁ、はぁ、はぁ……ッ!」
シンの消耗は激しかった。 分身体が破壊されるたびに、魂を引き裂かれるようなフィードバックが襲う。 だが、止まらない。 蜘蛛たちが運んでくる『時霧』の魔力を吸い、自身の才能を強化しながら、泥沼の消耗戦を続けた。
一日。二日。三日。 森の一角が消滅し、地形が変わるほどの死闘。
シンは血反吐を吐き、意識が飛びそうになりながらも、決して目を逸らさなかった。
そして、四日目の夜明け。 最後の一瞬。 数千体目の、ボロボロに劣化した分身体の一撃が、『時霧』の頭部にある核――時空結晶を砕いた。
パリン、という硬質な音が、静寂を取り戻した森に響く。 霧が晴れ、そこに残されたのは、虹色に輝く小さな結晶――時間の概念そのものが凝縮された核だった。
◇
シンは這いずりながら近づき、震える手でその石を掴んだ。 熱い。 数千年、数万年分の時が、その小さな石の中に渦巻いている。
「……いただきます」
シンはその結晶を口に放り込み、ガリリと噛み砕いた。
溢れ出す時間の奔流。 過去、現在、未来。あらゆる事象が走馬灯のように脳裏を駆け巡り、喉を焼いて胃袋へと落ちる。
位階S【時間操作】の捕食。
ドクンッ!!!!!
心臓が、早鐘を打つどころではない、破裂しそうなほどに脈打った。 全身の細胞が沸騰し、組み替わっていく。 その日、シンは「寿命」という生物の限界から解き放たれた。
「……時間を、進める」
シンは自身の肉体に流れる時間を操作した。 未熟な十三歳の肉体を、細胞分裂を加速させることで強制的に成長させる。 骨が軋み、筋肉が盛り上がり、背が伸びる。
少年から青年へと移ろう、最も生命力に満ち、可能性に溢れた瞬間。
一五歳。
成長期を終え、大人の入り口に立ったその瞬間の肉体で、シンは時間を「固定」した。
「――時間凍結」
カチリ、と世界から切り離される音がした。 彼の肉体は、これ以降、老いることも、朽ちることもない。 永遠の時間を手に入れたのだ。
◇
――それから、数万年。
不老となったシンは、森に君臨し続けた。 時間の流れから外れた彼にとって、年月など意味をなさない。
だが、次第に彼は退屈を感じるようになっていた。 強くなりすぎたのだ。 戦う相手も、喰らうべき未知の味も、この森にはもう残されていない。 天変地異すらも、今の彼にとってはただのそよ風に過ぎなかった。
虚無。 絶対的な力を持て余し、シンはただ玉座のように積み上げた岩の上で、空を見上げて過ごしていた。
だが、ある日。 風に乗って、微かな匂いが届いた。
鉄の臭い。 焼けた油の臭い。
そして――。 これまでに嗅いだことのない、奇妙な匂い。
「……ほう?」
シンは立ち上がった。
彼の鋭敏な感覚が、森の外の世界を捉えていた。 シンより遅れること数万年。ようやく森の外で文明を築き、国を作り、争いを始めている「何か」がいる。
シンは、視界の先、森の切れ間に目を凝らした。 遠く離れた平原に、小さな影が見える。
二本の足で立ち、二本の腕を持つ。 体毛は少なく、滑らかな皮膚を持ち、身に纏っているのは獣の皮や織物。
「……なんだ、あれは?」
シンは眉をひそめた。 この森で数万年を生きてきた。ありとあらゆる魔物を見てきた。 巨大な牙を持つ獣、空を覆う翼竜、全身が岩でできた巨人。 それらは皆、強さを誇示する異形の姿をしていた。
だが、あの生き物は違う。 牙もない。爪もない。鱗もない。 弱々しく、柔らかく、吹けば飛ぶような貧弱な姿。
そして何より――。
「俺と……同じ形をしている」
シンは自分の手を見つめ、そして遠くの影を見比べた。 似ている。あまりにも似すぎている。 この異形だらけの世界で、なぜあの生き物だけが、自分と同じ姿をしているのか。
「……何者だ、あれは」
種族名も知らない。 敵か? それとも新手の魔物か? 森で生きてきた本能が、未知の生物に対して警戒心を抱く。
だが、それ以上に、強烈な好奇心が湧き上がってきた。
その肉体からは微弱な力しか感じられないが、彼らが築いた「巣(村)」からは、奇妙な秩序と、未知の文明の匂いがした。
「……行くか」
確かめに行ってみるか。 あの奇妙な生き物たちの群れを見てやるのも悪くない。 彼らは何者なのか。なぜ自分と同じ姿をしているのか。 そして、その肉はどんな味がするのか。
シンは歩き出し、ふと足元の茂みに目をやった。 そこには、風化し、苔むした「白い骨」が転がっていた。 かつてこの森に迷い込み、魔物に食い殺されたであろう敗者の成れの果てだ。
骨の周囲には、主を失った装備が散らばっている。 錆びついた剣、底の抜けた革靴、そして――泥と血にまみれ、色あせた「黒い布」。
「……丁度いい」
シンは躊躇なく、死体から布を剥ぎ取った。 古い血の臭いと、カビの臭いが鼻をつく。だが、今のシンに不快感はない。 彼は保有する【繊維操作】の才能を使い、瞬時にその布を自分の体格に合わせて再構成した。
見た目は継ぎ接ぎだらけで、ボロボロのまま。 だが、身体には吸い付くようにフィットし、動きを阻害しない。 死者の遺品を纏い、生者の世界へ。 それは、これから始まる「国盗り」に相応しい、不吉な船出の衣装だった。
シンはフードを目深に被り、森の出口へと歩き出した。
森は、異様なほど静まり返っていた。 鳥の声も、虫の羽音も、風の音さえもしない。 完全なる静寂。
この森に棲むSランクの魔物たちが、絶対的な捕食者の「動き」を察知し、恐怖で巣の奥深くに縮こまっているのだ。 姿を見せれば喰われる。音を立てれば殺される。 森全体が息を殺し、災厄が通り過ぎるのを震えながら待っている。
シンは、そんな怯えた気配を背中に感じながら、一度も振り返ることなく歩を進めた。
「留守は任せる。……俺が戻るまで、精々肥えておけ」
誰に言うでもない独り言。 だが、その言葉に反応して、森の奥から微かな、安堵のような震動が伝わってきた。
森を出れば、そこは未知の世界だ。 「Fランク」に見えるボロボロの布を纏い、弱者の仮面を被った怪物。 その正体に気づく者は、まだ誰もいない。
シンは口元を歪め、昏い笑みを浮かべた。
「さあ、始めようか。……世界を騙す、愉しい『ごっこ遊び』を」
滅びた世界で唯一の始祖が、今、人間という名の未知の群れへと解き放たれる。
「――いただきます」
風に乗って消えたその言葉は、世界に対する宣戦布告だった。
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